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柿の木の秘密

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 という言い訳をしようと思えばできなくもないが、そんな言い訳はしたくはなかった。
 別に風俗街に立ち寄ったことを後悔するわけでも、引き込みの男性に連れ込まれたことも、その場の雰囲気だった。
 最初は、
――最後には、何もなかったことにしてしまえば、それでいいんだ――
 と思いながら、武明は連れ込まれるまま、店に入った。
 受付で、ボーイのような男が、
「ご指名は?」
 と言いながら、女の子の写真を見せてくれた。
 別に好みを選ぶ必要もないと思っていたのでお任せにして、待合室で待つことにした。他に客は誰もおらず、それは武明にとってありがたいことであった。きっと目のやり場に困ったはずだからだ。
 すぐに、
「用意ができました」
 と言って、さっきのボーイが待合室に現れた。十分ほどの時間だったと思うが、それが長いのか短いのか分からなかったが、武明にはちょうどいい時間に感じられた。
――あれだけボーっとしていたのに、今のこの胸の高鳴りはなんなんだ?
 と感じていた。
 ただの性欲を満たすだけの場所に来ただけのことなのに、どうして胸が高鳴るのか、自分でもよく分からなかった。
 相手をしてくれる女の子と対面を果たすと、自分でも信じられないことが起こった。何とニッコリと笑顔になっているではないか。
 その笑顔は今までに感じたことのないものだった。
――笑顔というのは、相手の木を引くために、意識してするものなんだ――
 としか思っていなかったが、その時は相手の顔を見たとたん、無意識に笑顔になっていたのだ。
 部屋に通されると、思ったよりも狭かった。
――これじゃあ、自分の部屋の方が広いじゃないか――
 と思ったほどだった。
 そう感じると、さっきの笑顔になった気持ちが急に冷めてきた。なぜならその時に感じたのが、
――やはり、やるだけの場所なんだ――
 と感じたからだった。
 しかし、そんな狭い部屋でも女の子は狭い場所で一生懸命に動いている。いろいろ用意をすることもあるのだろうが、まずは、冷蔵庫からペットボトルのお茶を出して入れてくれた。
「はい、どうぞ」
 ただの冷えたお茶というだけなのに、ホッとした気分になった。
――ここに来てから少ししか経っていないのに、これだけの気持ちの変化はどういうことなんだ?
 いいこともあれば、冷めてしまうようなこともある。
 しかし、何もないよりも明らかに楽しいというものだ。
 武明には正直性欲は抑えているものだった。初めての風俗に心躍らないわけはない。女の子の献身的な態度にも好感が持てた。
 しかし、実際に果ててしまうと、思っていたとおりの虚脱感から、罪悪感のようなものがよみがえってきた。
「よみがえってきた」
 というのは、武明は何かがあった時、いつも何かがよみがえってくるという意識を持っていたからだ。それがどんな感覚なのか、その時によって違っている。しかし、
「よみがえってきた」
 という感覚は、ずっと持ち続けたような気がする。
 だから今度も脱力感を感じた瞬間から、何かがよみがえってくるということを意識していたのだった。
 だが、その思いは後悔ではない。
「行くんじゃなかった」
 という思いを持っているわけではない。
 確かに、使ったお金に比べれば、本当に満足できたのかということは言えないかも知れない。武明にとって何かを失うということは、それに対しての代償があることを前提としていた。
 だから逆も言える。
「何かを得るということは、その代償に何かを失うということだ」
 という考えであった。
 使ったお金が返ってくることはないが、それに見合うことは必ずあると思っている。それでなければ詐欺と言ってもいいだろう。
 武明は、今回の風俗で使ったお金も同じだと思った。
 最初は、フラッと何を考えていたのか分からないうちに、引き込みの男性に連れ込まれたのだ。
――このままなら後悔する――
 と思いながらも、その場の雰囲気に身を任せてしまった。
 きっと興味があったからに違いないが、実際に待合室で待っている間に心地よい緊張が溢れてきた。
 正直、
「店に入ってから出てくるまでに一番心地よかった時間はいつか?」
 と聞かれると、
「待合室にいた時間だ」
 と答えるだろう。
 それまで期待しながら、その裏に潜む後悔も覚悟していた自分が、待合室で待たされている間に後悔は期待に打ち消されていたようだ。
「風俗というのは、性欲を満たすところ」
 というのは分かっていた。
 それまで武明は彼女がいたこともあり、セックスも経験があった。しかし、決まった相手と過ごす時間の中でのセックスと、今ため込んでいるかも知れない性欲とでは違うものに思えてならなかった。
 武明はそれ以降、風俗に出掛けたことはなかったが、たまに出かけてみたいと思うこともあった。だが、それよりも、今は老人を庭から見ている方に興味を覚えていた。これは性欲に勝る何かがあるからに違いないのだが、それが何なのか、武明にもハッキリと分かっていなかった。
 武明が自分の経験を思い出していると、マスターも少し言葉を発せずにいろいろ考えているようだった。
「杉下さんはEDで悩んでいる時期もあったので、余計に性欲というよりも、疑似であっても恋愛に興味を示していたんでしょうね。でも、彼はこちらの心配をよそに、彼の方から好きになることはなかったようですね。馴染みの女の子もいたようですが、結構フリーで出かけて、なるべくいろいろな女の子の話を聞きたいと言っていましたからね」
「なるほど、杉下さんらしいというところでしょうか?」
「男というのは、口では性欲よりも楽しく話をしに行っていると言い訳がましいことを言いたいようなんだけど、杉下老人はそんなことはなかったですね。それが女性にも伝わるのか、風俗以外の女性からモテるようになったようなんですよ」
「モテると言って、どこでですか?」
「この店には、結構一人で来られる女性客もいるので、杉下さんはそんな女性の中で人気があるんです」
「杉下さんは、そんなに何度もここに来ているんですか?」
 常連のはずの自分が一度も会ったことがなかったのは、少し不思議だった。しかし、その理由もすぐに分かった。
「須藤さんは、朝が多いでしょう? 杉下さんは、夜が多いんです。うちの店は、夜になると、スナックのようなこともやっているので、その時間帯に来られるんですよ」
「そうなんですね」
 この店が夜はスナックになるのは知っていた。しかし、喫茶店として利用している店がスナックになったとしても、それは武明の意識の外のことだった。それこそまるで他人事のようだった。
「マスターは夜も?」
「ええ、毎日というわけではないんですが、時々入っています。元々、スナックでやっている時間に最初、入ってこられたんですよ、杉下さんはですね。でも、最近はほとんど喫茶の時間が多いですね。日が暮れてから、一時間くらいの時間がほとんどです」
 杉下老人の家で、夜に電気が消えている時があったが、なるほど、ここに来ていたということなのだろう。
「夜の時間帯は、昼の探知タイムからの女の子が入ってくれることが多かったのですが、そんな女の子から杉下さんは人気がありました」
作品名:柿の木の秘密 作家名:森本晃次