小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

柿の木の秘密

INDEX|22ページ/32ページ|

次のページ前のページ
 

 お腹は確かに減るのだが、腹いっぱいに食べると、今度は飽和状態が襲ってきて、この飽和状態が、本当は一番嫌だったりする。下手をすると、鬱状態に陥る可能性を潜んでいるような、どこかやるせなさのようなものを感じていた。
 支配欲など、最初からあるわけではない。支配欲というと、会社の上司だったり、官僚や政治家のような権力を持った人というイメージが頭にあった。
 しかし、本を読み漁るようになってから、支配欲の愚かさのようなものばかりが目立ってきた。
 特に歴史の本などを読んでいると、独裁者と呼ばれる人が長続きしないこと。そして末路の悲惨さは皆共通していることから考えると、とても支配欲など持つ気にはなれなかった。
「ヒトラー、スターリン……」
 もっとたくさんいるのだが、名前を挙げればキリがない。
 そこまで考えてくると、一番自分の中にあるかも知れないと思っているのは、性欲だった。
 性欲は女性との愛情を裏付けるものだと考えれば、人と関わることを嫌っている自分にはないような気がしてくるのだが、何も愛情がそのまま性欲に繋がるわけではない。
 逆に、
――性欲があるから、愛情が生まれる――
 と考えると、何も自分の欲を満たすだけの性欲には、人との関わりを感じなければそれでいいのではないかと思えてきた。
 そういう意味では、今の引きこもりになった自分に、風俗というのはピッタリではないかと思えていた。
 ただ、風俗に通うにはお金がいる。今の自分ではそれだけのお金を捻出することはできない。いくら親の残してくれたものがあるとはいえ、風俗に通い詰めていれば、いずれなくなってしまうことは、いくら武明にでも分かるというものだった。
 しかも、性欲を求めて風俗に通うと、そこで違った感情が生まれてきて、通い詰めなければいけない精神状態になってしまうことを恐れてもいた。今までに感じたことのないほどの恐怖心が、武明の中で沸々と漲ってくるのではないかと思うと、少し怖い気がした。欲に溺れるというのは、そういうことなのだろう。
 マスターが風俗に対して語り始めた。
「風俗というのは、あくまでも疑似恋愛なので、相手の女性に惚れてはいけないというのは、須藤君にも分かるよね」
「ええ、好きになってしまっても、相手はこちらを好きになることはないでしょう。もし好きになっても、苦しむだけだということを分かっているので、好きにならないようにしていると思います」
「そう、皆が皆そうではないと思うんだけど、相手は男のように欲だけで相手を見ているわけではない。そこにはもっと切羽詰まったものがあるから、男性のように猪突猛進というわけにはいかない」
「はい、もちろん分かっています。皆分かっていることじゃないんですか?」
「僕の場合はある程度割り切っているつもりなので、相手の女性に惚れるということはないけど、どちらかが好きになってしまうと、そこから先は抜けることのできない苦しみが待っているような気がするんだ。遊びだと思って割り切れるかどうかが、風俗通いの基本じゃないかって思うんだ」
「マスターはどうして、風俗の女性を好きにならないってそんなにハッキリと言い切れるんですか?」
 というと、マスターは少し考えてから、
「俺の場合は、すべてを時間とお金に置き換えて考えるくせがついてしまってね。特に風俗に行くというのは、自分の中で、『お金で時間を買う』という意識を裏付けているような気がしているんだ。そういう意味で風俗通いがやめられない。他の人のように欲望が抑えられないとか、相手の女性を好きになってしまったなどということではないんだよ」
 と答えてくれた。
 マスターの言葉に信憑性が感じられた。
 武明も、自分がマスターと同じ立場であれば、同じことを口にしただろうと思ったからだ。
――マスターも孤独ということを知っている人なのかM知れないな――
 と感じた。
 何でも自分の考えで割り切ってしまおうという人にとって、まわりの人は邪魔だった。集団の中に入れば、どうしても集団のルールに則って、守らなければいけない。しかし、自分の考えで割り切っている人というのは、集団のルールというものが鬱陶しくて仕方がない。守らなければいけないとは分かっているが、守ることで自分の信念を崩さなければいけないと思うと、大きなジレンマに襲われてしまう。
 小学校、中学校、高校時代というのは、大人からの押し付けだ。何も分からない子供を世間一般の常識に縛ってしまい、狭い世界の中に押し込んでいる。武明は高校時代にはそんな風に感じていた。その思いをじっと胸に収めていたといってもいいだろう。
「大人になったら、自分の考え通りにするんだ」
 と思っていた時期もあったが、実際にそんなことができるはずもなく、結局会社を辞めてしまう羽目になり、引きこもってしまうことになった。
 今が一人で自由だという認識もない。
 親が死んで少しの間は途方に暮れていたが、落ち着いてくると、自分が自由であることに気づくと、不安とは別に手に入れた自由を楽しみたいとも思うようになったのは無理もないことだろう。
 さすがに風俗に通うという選択肢はなかったが、この間、偶然見てしまった中学時代の同級生を思い出していた。
 その男は、中学時代、誰もが羨むほどにモテモテだった。スポーツは何でもこなし、勉強もそれなりにできた。さすがに万能というほどではなかったが、学年中の女の子から注目の的だったのだ。
 そんな彼は、学生時代とは違って、完全に別人だった。
「よく気がついたものだ」
 完全に見違えてしまったその男は、寒い日ではあったが、安物のジャンパーに手を突っ込んで、前のめりになり、見えているのは足元だけだと言わんばかりのいで立ちに、経ってしまった年月の長さを感じさせられた気がした。
 真下ばかりを見ているのかと思いきや、時々頭を上げて、まわりをキョロキョロと見ている。明らかに挙動不審だった。
 武明は彼がどこに行くのかを後ろからついて行ったが、彼は夜のネオン街に消えていった。
 そこは武明が今まで入り込んだことのない場所で、そこがどういうところなのか、ウワサでは知っていたが、実際に見るのは初めてだった。ネオンサインが煌びやかで、そのくせ、通りはその通りに面した店は、いかにも貧相に感じられた。
「これがウワサの風俗街」
 そう思って、男を見ていると、引き込みの男性にフラフラと連れ込まれて行った。
 別にその店が目的の店ではなかっただろう。目的の店など最初からなかったのかも知れない。フラフラ歩いていて、最初に近寄ってきた男によって、その日の店が決まる。ただそれだけだったに違いない。
 武明はそんな様子を見ながら、彼が消えていった後の街を見た。一人の男が連れ込まれただけで、何も変わっていない。
「殺されていたとしても、分からないだろうな」
 と、物騒な発想までしてしまうほどだった。
 武明もフラフラと吸い込まれるように歩いていく。
 言い訳がましいかも知れないが、元々風俗に立ち寄る気などなかった。
――中学時代の同級生のあまりの変わりように茫然としている間に、いつの間にか起こったことだ――
作品名:柿の木の秘密 作家名:森本晃次