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柿の木の秘密

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 一番自分が嫌いな言葉。元々引きこもりになり、一人きりの人生を選んでいる相手に、親という言葉はある意味では禁句だった。引きこもっている人間にだって、親を意識しないわけではない。相手はそこに付け込むつもりなのかも知れないが、すでに引き込んだ時点で、親への意識は他の人とは違うものになっている。普通に説得しようなどというのは、発想としては浅はかなものだと言ってもいいだろう。
「そうなんですよね。しょせんは人からもらった人生なんでしょう? あなたの言っていることは、矛盾していると思いませんか? 皆自分の人生を大切にしているのは、親からもらった人生だからなんですか? バカバカしいですよ」
 ここまでいうと、まずそれ以上の言葉を返してくる人はなかなかいないだろう。
 人によっては引きこもりから立ち直った人もたくさんいる。どうして立ち直れたのか、武明には分からないが、引きこもりではなくなったことを立ち直ったというのは、何かが違うと思う反面、それ以外に表現できないのも事実で、それはそれで別に構わないと思っていた。
「引きこもりって世の中の人はいうけど、そんなに悪いものなのなんだろうか?」
 というと、
「それはよくはないだろうね。私が思うに、人生を立ち止まって見つめ直すわけでもなく、ただ漠然と時間だけを浪費している。それが悪いと思うんだ」
「確かに、そう考えると、その時間を後になって後悔しないかと言われると、後悔する可能性は高いでしょうね。後悔というのは、する時にならないと分からない。過ぎてしまった時間を取り戻すことはできないのだから、これ以上のやるせない気持ちはないと確かに感じますね」
「そこまで分かっているのなら、どうして引きこもってしまうんですか?」
「先が見えないからですよ。皆さんは先が見えているんですか?」
「先が見えている人なんて、いるはずはないと思いますよ。予知能力でもない限り、先は見えません。先が見えないから面白いという人もいますけど、それは何か言い訳がましく聞こえてくるんですよね」
「それは私も同感ですよね。確固とした目的を持っていて、それに対しての計画もしっかりできている。そんな人がいう言葉なんだって思いますけど、そんな人が一度でも、そして少しでも道から外れてしまったら、どうなるんでしょうね?」
「それこそ、その人それぞれなんじゃないでしょうか? 思い悩んで、そこから新たな道を見つける人もいる。逆に挫折して立ち直れず、引きこもってしまう人もいる。絵に描いたような転落人生を歩む人だっているでしょうね」
「そうでしょう? だから、人生に目標を持つのって、すごいリスクを背負っているような気がするんですよ。さっき、引きこもっていた時間を後悔するんじゃないかって言われましたよね? でも、目標から外れてしまって、引きこもってしまったり転落人生を歩むことになる人は、どんな後悔をするんでしょうね。僕には想像もつきません。考えただけで身体が震えてきて、止まらなくなりそうなんですよ」
 自分が言っていることは、生きていく上で身も蓋もないことだということは分かっているつもりだ。しかし、自分も引きこもっているだけの自覚を持っている。それが自分に対しての自信になっていると言えば矛盾しているようだが、それ以外に表現する方法を知らない。武明は今までにこんな会話をした経験はないが、想像の中で時々会話をしていた。いわゆるシミュレーションとでもいうべきであろうが、誰かと話をしても、そうは内容は変わらない気がしていた。
 ここまでは想像だったが、今は妄想もしていた。それは、喫茶店でマスタから聞いた杉下老人の話の中で風俗通いの話が出たからだった。
 引きこもる前に、人生経験という程度の意味で先輩から連れていってもらった風俗。今でもその時のことは覚えているが、細かいところは実は記憶が曖昧だ。それだけ緊張していたということなのだろうが、今から思えば緊張というよりも、ワクワクした気持ちが空回りしていて、それを自分の中で照れ隠ししていることで、記憶が曖昧になったのだろう。それは自分だけに言えることではなく、他の人にも言えること。風俗以外でも、どこか後ろめたい気持ちを抱いていることに対して、照れ隠しをしたくなるというのは人間の本能のようなものなのかも知れない。ただ、そのことを意識している人は、そんなにはいないだろう。
 武明は、引きこもってしまったことで自分の欲望を抑えてきたというのを、今更ながらに感じた。引きこもりを自分の欲望からだと思っていたのは、実は引きこもるための口実として考えていた時で、実際に引きこもってしまうと、欲望を持っていないということに気づいていなかったのだ。
 引きこもり自体が満足に繋がると思わなければ、引きこもりを続けていくことはできない。なぜなら、引きこもっている間に我に返ってしまうと、鬱状態に陥ってしまうことは分かっていることだったからだ。
――引きこもっている時に鬱状態に陥ってしまうと、二重の苦しみを味わうような気がする――
 と感じたからだ。
 ということは、
――引きこもりを苦しみと感じている証拠ではないか?
 と感じてしまった。
 引きこもりを苦しみと感じないからこそ引きこもれるのであって、苦しみと感じた時点で、引きこもりから抜けられないことが確定してしまったようで、それ以上自分を苦しめることを躊躇ってしまう。
――引きこもりが永遠に続くものではないという考えがあるから、引きこもることができるのだ――
 この考えは、引きこもった最初から持っていたわけではない。引きこもってしまってからしばらくしてから感じたことだ。そのために何かきっかけがあったような気がしたが、それが何だったのか覚えていない。引きこもりというのは、永遠であれば、自分は引きこもりに支配されて、最終的には自分ではいられなくなることを分かっているような気がしている。何が怖いと言って、自分が自分でいられなくなることが、一番怖いと思っていたのだろう。引きこもりにはそんな危険性が孕んでいた。
 だが、引きこもっておらず、他の人とのコミュニケーションを密にしている人が、
「自分が自分ではなくなってしまう」
 ということはないという保証はどこにもない。
 引きこもってしまってからの武明は、テレビやゲームばかりをしていた時期もあったが、途中からは本を読むことを覚えた。時々表に出て行くこともあったが、その時毎回のように立ち寄ったのは本屋だった。雑誌を買うこともあれば文庫本を買うこともあった。時には手に持ちきれないだけの本を買い込んで帰ることもあったくらいで、読書に熱中した時期があった。
 もちろん、人との会話がない分、本を読むことで自分の欲求を満たしていた。人間というのは、人と会話をすることが大きな欲求であるということを、引きこもってから初めて感じた。
――欲求って何なんだろう?
 欲を満たすことであることは読んで字のごとしである。
――欲――
 食欲、性欲、支配欲……、世の中にはいろいろな欲が存在する。
 そのうち、自分に存在している欲が何なのか考えてみる時間があったが、どれが強いのかと言われると、ピンとこなかった。
作品名:柿の木の秘密 作家名:森本晃次