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柿の木の秘密

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 このことを考え始めると、夜も眠れなくなる。
 考えてみれば、隣の観察を始めてかなり経っているにも関わらず、武明は隣のことを何も知らないのだ。
 それは当たり前のこと、人様の家のことを、そう簡単に分かるはずもない。交流があるのであれば少しは分かるのかも知れないが、何も知らない相手の家を勝手に覗いているだけの一人の引きこもりの男に、何が分かるというのだろう。
 だが、想像や妄想するのは勝手なことだ。妄想したいから隣の家を覗いていたようなものである。しかし、今思い返してみれば、何を一体妄想したというのだろう。何か妄想で完成したものなどないではないか。佇んでいる老人を毎日同じように見つめているだけだった。
――一体、俺はどれくらいの間、老人を観察していたんだろう?
 観察を始めた最初の頃の記憶は、ほとんどなくなってしまっていた。
――あれは夏だったのだろうか? 冬だったのだろうか? 一年は一周したのだろうか?
 などと、いろいろなことを頭に描いてみた。
 ゆっくりと冷静に思い出せば、分かってくるのだろうが、ゆっくり思い出そうとすると、却って思い出せなくなってしまうような気がする、なぜなら、一つのことを思い出そうとするには、ほかの妄想も連携させなければ思い出せない。一つの妄想がさらなる妄想を呼んで、結局最初に何を思い出したかったのかが分からなくなってしまう。いわゆる、
――堂々巡り――
 を繰り返してしまうのではないだろうか。
 武明は、ずっと杉下老人が一人で佇んでいるところばかりを見てきたはずなのに、意識の中に、女の存在が見え隠れしているのが気になっていた。それは綾乃ではない別の女性だった。
――綾乃には似ても似つかないオンナだったな――
 その女性は、老人のそばにずっといて、話しかけるわけでもなく、時々膝枕をする程度だった。その時の彼女は、恍惚の表情を浮かべていた。膝枕をされている老人が恍惚の表情になっているのなら分かるが、女性の方が恍惚の表情を浮かべているというのも、おかしな気がした。
 老人は、あくまでも無表情だった。
 膝枕をされながら、彼女の顔を覗き込んでいる。その視線を浴びるたびに彼女は恍惚の表情を浮かべている。恍惚の表情の後は、哀れみの表情を浮かべたような気になったのだが、それは一体誰に対してであろうか。
 彼女の哀れみの表情を見た時、老人はしてやたったりの表情になっていた。本当なら恍惚の表情の時にする表情である。それを見た時、おかしな発想が頭に浮かんだ。
――二人の間には、距離だけではなく、時間差のようなものが立ちはだかっているのではないだろうか?
 と感じたのだ。
 二人は同じ時間に同じように存在しているはずなのに、本当はそうではないのかも知れない。隣の家の縁側には、そんな魔力が存在しているのかも知れない。ただ、それを感じることができるのは、自分だけではないだろうか。特殊な力を持っているというべきか、この場所にいるから、特殊な力が身に付いたのか、武明はその瞬間だけ、自分が人間ではなくなってしまったかのような錯覚に陥っていた。
――だから、ずっと老人から目が離せなかったんだ――
 目を離すことで、自分の神通力のようなものがなくなってしまう。
 本当はそんな力、自分は望んだわけではないはずなのに、
――もったいない――
 という思いを抱いていたのも事実だ。
 他の人にはない力を得ることができたとすれば、怖いとは思いながらも、失いたくはないという気持ちが人一倍強いのも武明ではないかと自分で感じていたのだ。
 そのオンナを見たのは、一度きりだった。しかし、今残っている記憶は一回だけだったとは到底思えないほど、たくさんの記憶で溢れていた。
 ただそれは、
――同じ時期ではなかったはずだ――
 という意識が強いからで、そんな意識さえなければ、一度きりの記憶だと言われても、一切の疑問を感じることなどないはずだった。
 武明はそんなことを思い出しながら、縁側に姿を現した綾乃をじっと見ていた。
 綾乃は、まったくの無表情で、老人の時と同じように、庭に生えている木をじっと眺めていた。
――おや?
 武明は、おかしな違和感に包まれた。
――何かが違う――
 綾乃が見つめたその先にある木が、どこか昨日までと違っているように思えた。
 そこにあるのは、明らかに昨日まであった柿の木に間違いない。しかし、その柿の木の様子が変わっているのだ。
――昨日までより大きくなっているような気がする――
 柿の木だけを見つめていると、昨日までと変わらないような気がするのだが、双眼鏡から目を離して庭全体を見つめていると、昨日までよりも木がかなり大きくなっているように思えた。
 倍の大きさとまではいかないが、庭がかなり小さく感じられるほど大きくなっていた。
 庭が小さくなるというのも、木が大きくなるという現象も、どちらも信じがたいことではあるが、まだ木が大きくなるという方が信憑性がある。垣根がたった一日で移動するわけもない、目の錯覚であっても、一番信憑性のあることに目を向けることで、その信憑性を自分に理解させる必要があるのだ。
――以前に感じた老人とオンナの間で時間差が生じているという発想を裏付けるような信憑性だな――
 冷静になって考えれば、そのとれも信じられることではないのに、一つでも信憑性に近づけるような関連性が見つかれば、強引にでも納得させるだけの発想に結びつけようとする。
――老人がいなくなったことに、何か関係があるのかな?
 そう思った時、自分が老人に対して、
――飽きてしまった――
 という発想を抱いたことが悪かったのではないかと思い、それでも、本能から感じたことなので、仕方のないことでもある。
 本当なら、自分が隣の家に乗り込んでいくくらいの度胸があればいいのだろう。しかし、老人がその部屋で見かけなくなったことで、自分が隣の家に入ることは不可能になったように思えてならなかった。
 それは、不法侵入などという法律的な問題ではなく、入ろうとしても入ることはできないというオカルトめいたものがあると感じたのだ。
 そういえば、武明は表で老人に出会ったことがない。息子夫婦やその子供とは毎日のようにどこかで出会っていたのに、老人とは出会うことはなかった。
 その頃は、それを不思議に感じなかった。縁側から見える老人の姿を見止めることで、満足していたのかも知れない。
 綾乃が縁側で佇んでいると、そこに一人の男が現れた。
――あれは確か、以前綾乃が最初にここに来た時、綾乃を連れてきた男ではないか――
 というのを思い出した。
 あの男の存在があったので、綾乃は派遣されたヘルパーだと思っていたが、実際にはどうなのだろう?
 綾乃は縁側で佇みながら、その男が現れてすぐには男の存在に気づいていないようだった。
 男が話しかけるが、綾乃は答えない。
 男がもう一度話しかけると、やっと綾乃はその男の方を振り返った。
 綾乃の表情には安心感があったが、男はあくまでも冷静で、綾乃の笑顔に答えてあげるつもりはないようだった。
 男は綾乃のすぐ横に座った。何かを話しかけているようだが、綾乃は柿の木を見つめながら、答えようとはしない。
作品名:柿の木の秘密 作家名:森本晃次