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短編集5

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 清水の話はいつも自分の感覚とダブっている。同じ感性を持っているといえばそれまでなのだが、それだけでは済まされない何かがある。
――ひょっとして、同じ時間帯に同じことを考えているのでは?
 と思えるほど、気持ちが接近している気がするのだ。
 昼と夜の違い、子供と大人の感覚の違いと、違い過ぎるだけに却って思いを深くして考えてしまう。
 目を瞑って状況を思い浮かべようとするのだが、なかなか思い浮かぶものではない。それは清水にしても同じことかも知れない。
「君は、この話は他の人にもいえることだと思うかい?」
 清水に聞いてみた。
「本当のことを言えば、そうは思わない。きっと君だから同じ思いをしていたんじゃないかと思ったくらいだよ」
「実は俺もそうなんだ。さっきまでは違ったんだけれど、今は特殊な感性を持った人間にしか感じないことのような気がして仕方がなくなってきたんだ」
「世の中には似た顔の人が三人いるというが、同じ感性を持った人が何人かいてもおかしくはない。僕は君がそんな存在のような気がして仕方がない」
「そうだな。まるで知り合う前からずっと知っていたような気がするくらいだからね」
 この言葉に敏感に反応したのか、清水は大きく二、三度頷いた。
「その彼女は君と同じ感性を持っているんじゃないのか?」
「そうかも知れない。だけど、一緒にいてそのことはなぜか感じないんだ。感じるとすれば、以前からずっと知り合いだったという感覚くらいだね」
「それは僕と君のような感じなのか?」
「いや、それとも少し違うんだな。君の小さい頃のイメージは頭に浮かんでくるんだけど、彼女の小さい頃のイメージがまるで浮かんでこないんだ。まるで彼女に過去がないんじゃないかって思うほどね」
 私はドキッとした。
 今、清水が言った言葉、それは私が清水に抱いている感覚そのものである。確かに以前から清水とは知り合いだったような感覚はある。しかし清水の昔のイメージがどうしても湧いてこない。それだけに今日清水からこの話をされるまで、以前から知り合いだったなどという感覚がなかったのも頷ける。
――清水の過去は私によって作られている――
 とまで言うと大袈裟だが、私にとって清水に対する感覚はそれしかなかった。
 時々感じることがある。
――自分の人生が本物なのだろうか?
 と、いう思いが頭に浮かぶのだが、あまりにも発想が飛躍しすぎていて、いつもすぐに打ち消してしまう。
「彼女が面白いことを言っていたよ。あなたの過去より未来のことが頭に浮かぶって。どういうことだろうな」
「きっと鋭い観察眼があって、それで見えるんじゃないか?」
「いや、それなら過去のことの方が見えて来そうな気がしないか? 現に僕は彼女の過去のことが手に取るように分かる時がある」
 言われてみればそうかも知れない。確かに現在から見れば、未来より過去を想像する方が容易な気がする。現在も一秒たったら、過去になるのだから……。
 清水は続ける。
「しかも、彼女には私の数年後の顔が分かると言うんだ。しかも、数年後の私に会ったことがあるとでも言いたげな口ぶりでね」
「真面目な顔で言うのか?」
「ああ、とても冗談で言っているようには思えない。未来の俺に会ったことがあると言われたその目で見つめられると、本当にそんな気になってくるから不思議なんだよ。しかもだよ、その目はどこかで見た覚えのあるもので、俺の頭の奥をくすぐられているような気がするくらいなんだ」
 そういえば、私も清水の真剣な眼差しを見ていると、とても笑ってすまされるものではない。
「俺もなんだが、どうも君の過去を今まで想像することができなかったんだけど、今日こういう話をしているからだろうか、小さい頃の君の顔が目の前に浮かんでくる気がして仕方がないんだ」
 私の話を最後までまともに聞いていたのか分からないほどほとんど同時に、清水は私の言葉が終わると間髪要れずに続ける。
「そうなんだよ。俺が彼女から聞いた言葉を君に話しているのも、俺が彼女から聞いた言葉をたった今感じているからなんだ。今の俺を見つめる君のその顔、それは遠い記憶の中にある、知っている顔なんだよ」
 すべてが偶然なのだろうか? 何かが繋がろうとしているような気がする。
 今二人がここでターニングポイントを思い出しながら話をしている。
 たぶん清水の頭にも私が感じたようなターニングポイントがあり、それを思い浮かべながら話しているはずである。何となくそれが私にも見えるような気がしてくるのは、気のせいだろうか?
 そこで会話が止まってしまった。
 言葉の内容を理解しているようであるが、漠然と頭の中に入ってきているだけのような気がする。言葉を噛み砕いているようで、これ以上の噛み砕き方もない。要するに次の言葉が出てこないのだ。
 ここまではお互いまるで堰を切ったように、捲し立てながらの話であったが、これ以上はなぜか言葉を選ばなければならないという感覚がある。
――口に出してはいけないことではないだろうか?
 そう感じる。頭に浮かぶことをそのまま表現できるのはここまでで、そこから以降は相手の顔色が気になってしまうのだ。
 会話のない二人は、ほぼ同時にコーヒーカップを手に取り、口に持っていった。
「あちぃ」
 先に清水が言った。
 清水が口に出さなければ私が言っていたことであり、その後の不思議そうな表情を、今の私もしていることを自覚していた。
 清水は苦笑いをしているが、私も同じ思いであることは、その表情の裏にある含み笑いで納得がいく。
 さっきから激論を闘わせているのでかなりの時間が経っていると思い込んでいた。当然目の前のコーヒーも冷え切っているだろうと思って当たり前で、清水もそうだったに違いない。それがまったく冷えていなかったのだ。お互い顔を見合わせて不思議がるのも無理のないことである。
 いつもであれば、
「おいおい、慌てるなよ」
 と言って笑い飛ばして終わりだろう。
 しかし、何かお互いに言おうとして喉まで出掛かっているのだが、言葉が出てこない。
 だが、最初は目をカッと見開いてびっくりした表情だったのだが、落ち着いてくるにしたがって、驚いたことに不思議な感じがしなかった。
 夢にしてもそうではないだろうか?
 大スペクタクルのような夢を見ていたとしても、覚めてくるにしたがって短く感じるようになる。夢から現へと引き戻される「儀式」のようなものだと思っていたが、ここでの話も似たようなものかも知れない。
 しかも夢というのは、いつも肝心なところで覚めるではないか。
 それ以降を見ていてまったく覚えていないのか、それともはっきりそこで終わってしまうのか不思議に思ったことがあった。すぐにもう一度寝て夢の世界に入ったとしても同じ夢を見ることがないのは、記憶にないだけで、前の夢で話が完結しているからではないかと思っていたからである。
――きっと、完結しているんだろう――
 今日のこの話も完結しているのかも知れない。しかし記憶に残るのは、肝心なところから以前のことで、それも熱いコーヒーを口にした時点で、すでに話が短かったという感覚に陥ってしまった後だった。
作品名:短編集5 作家名:森本晃次