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短編集5

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「いや、最初はできなかったさ。でも、話を聞いて自分でその光景を思い浮かべているうちに、理解したと言った方が正解だね。何しろ、その人の話はただ漠然としたものであって、それを勝手に自分で想像しただけなんだから、元々の潜在意識としては持っていたはずなんだ」
 それは、今の私とまったく同じである。
 清水の投げかけた話題を勝手に自分で想像し、昔から感じていたことを思い浮かべただけなのだから……。そう考えると意外とこういう話は子供の方が理解できるのかも知れない。まだ疑う余地を持ちながら、何でも吸収しようとする感覚、柔軟性に富んだ感性でなければ理解できない世界のような気がする。
 そういう意味では私にもまだ感性に余裕があるのかも知れない。世の中の嫌な部分をいっぱい見てきていながら、心の中ではまだ進化しようという思いが強いのだということなのだろうか?
――清水にとってのターニングポイントとは、私のものとは違うのだろうか?
 当然清水にもあったはずのターニングポイント、彼はそれを覚えているのだろうか?
「君の潜在意識とはどんなのだい?」
「それが説明しろと言われると、漠然としていて難しいんだ。だけど、同じ思いをしたのは一度や二度ではないんだよね。もちろん、指摘されてからもずっと同じ思いがあって、今でも時々思い出すことがある」
「なぜ、君は僕にその話を?」
「それも不思議なんだが、君を見ていると話しておかないとって気になってしまったんだよ」
 清水の話を聞いて、不思議なことに、指摘されることを以前から予期していたような気になってきた。今日初めて意識したはずなのに、意識し始めることを分かっていたような錯覚に陥っていた。
「君たちは本当に以前にあったことはないのか?」
「もちろん、ないはずだよ。会っていてもいなくても、私が思っていることを言い当てたりするんだ。不思議なことなんだが」
「思っていること?」
「ああ、例えば最近よく学生時代のことを思い出すんだけど、そのことをずっと考えているでしょうって言うんだよ」
「どんなことだい?」
「それがさっき話した太陽のことなんだが……。他の人に話しても、とても信じられることではないらしいので、誰にも話していない。もし話すとすればこういう話をいつも真面目に聞いてくれる君くらいだろうね」
 私には清水がどういう話をするか分かっていた。話の内容までは、はっきりとした予想はできないが、きっと清水にとってのターニングポイントが存在するのであろうことは、何となく想像がついた。
「いつも太陽の位置を気にしているわけではないんだよ。もちろん朝は東の空に存在し、夕方は西の空にある。それくらいは気にしているんだけどね。でもいつも営業でM社に行くんだけど、そこはいくつもの大きなビル群を抜けていくんだよ」
 確かに清水の言うとおり、M社というのは都心部にあり、駅を降りてから大きなビル群を抜けていかなければならない。車で行ってもよいのだが、渋滞するのと社長が呑み事が好きなので、営業活動終了後の接待に備え、なるべく車を使わないようにしている。それだけにM社はいつもその日の営業の最後にまわり、必然的に同じ時間の訪問となる。当然電車もいつも同じ時間になるわけだ。
 清水は続ける。
「そのビル群なんだけどね。大きなビルというのは全面ガラス張りの窓になっているところが多く、太陽が反射してちょうど目を指すところがあるんだよ。しかもいつも同じビルで同じ階なんだけどね。判で押したようなというのはまさしくこのことのようなんだ」
「うんうん」
 私が清水の立場でも同じことを感じるかも知れない。いきなり差し込んでくる光が毎回続けば、いやが上にも意識してしまうというものである。
「ところが最近になって不思議に思うようになったんだ。差し込む光を感じ始めたのは、営業に行き始めた初夏の頃なんだけど、その気持ちがずっと変わらないんだよ。いつも同じ時間の電車で行っているのにだよ」
「それはおかしいな」
「そうだろう。普通、季節が変われば太陽の位置っていうのは変わってくるよな? それがまったく変わらないなんて実におかしなことなんだ」
 私の場合と酷似している話である。これが清水にとってのターニングポイントなのだろうか?
 それにしてもなぜ清水はこの話を私にするのだろう? 確かにいつも彼のウンチクを嫌な顔一つせず聞いているのは私だけだろう。だがそれならなおさら自分に関しての疑問をストレートにぶつけてくるのは、少し彼らしくない気もしてきた。
「しかも見なければいいものを、反射して差し込む光を見てしまうんだよね。明るいものを急に見るものだから、当然視界が暗くなる」
 急に暗くなる私の場合とは少しニュアンスが違うようだが、どうやらターニングポイントの共通点は暗くなることから始まるようだ。
「暗示に掛かるのかな?」
「そうなんだよ。視界が暗くなるからなのか。明かりの刺激からなのか、自分のいる位置が急に分からなくなるんだ。どっちから来て、どちらへ行こうとしたのかってね」
 清水にも私と同じ、いわゆる「ターニングポイント」があることはこれで判明した。
 しかし、私のターニングポイントと果たして同じものかどうか、私には分からない。
「自分にも同じようなことがあるんだ」
 清水に昔感じたことを話してみた。
 黙って聞いていた清水だったが、
「ターニングポイントとはいい表現だな。まさしくその通りだ。きっと君のターニングポイントと今話した僕が感じたこととは同じようなものなのかも知れないな」
「そうだとすれば、ものすごい偶然だな」
 同じ思いを抱いている人がいることで、同じ思いを分かち合えることの嬉しさを感じることができたような気がする。
「偶然? そうなのかな?」
「違うのかい?」
 清水は頭を傾げながら、コーヒーを口に運んだ。
 自分の中だけに溜めていた話を他の人にして、相手も同じ思いをしていたと知った時に感じる嬉しさは半端ではないのかも知れない。感情の昂ぶりが喉の渇きを早めるのであれば、コーヒーで潤すのも当然だろう。かくゆう私も清水の程よいタイミングでのコーヒーを飲む仕草に、同じく口にコーヒーカップを持っていった。その時、常に清水の表情を見つめている自分に気がついていた。
「偶然なんかじゃないかも知れないぞ。もし、俺たちだけが同じ思いをしているのだとすれば本当に偶然だが、他の人に同じような経験がないとは言いきれないからね」
 確かにその通りだ。
――こんな話をしても、誰も信じてくれるはずはない――
 と思い込んでいたから話さなかっただけで、同じような思いをしながら、話さないで心の中に封印している人もいるだろう。いや、いるとしたらほとんどの人がそうかも知れない。
「君はどうしてその話を俺にしようと思ったんだい?」
「どうしてなんだろう? いつも俺の話を一生懸命に聞いてくれるから、きっと信じてくれると思ったからかも知れないね」
 信じる信じないは別にして、今まで清水の話は真剣に聞いてきたつもりだった。それでもほとんどが共感できる内容なので、いつも真面目に聞くのだが、それは清水に対して以外の人でも同じことである。
 しかしなぜだろう?
作品名:短編集5 作家名:森本晃次