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短編集5

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 昼間通ると同じ場所でもターニングポイントは存在しない。同じように、歩いていながら時々振り向いても同じことなのだ。もちろん夜と昼とでは感覚が違いすぎて分からないということもある。街灯に照らされることで起こるいくつもの影が存在するわけではないし、昼と夜とでは近くを見るより遠くを見つめる方がより一層の距離的な錯覚に陥ってしまうことが多い。
――夜だと音も篭って聞こえるな――
 まるで温泉にいるかのような音が響くことがある。なぜかこの一帯にはいつも霧が立ちこめることが多く、犬の遠吠えなどが響くのがよく分かる。靴の乾いた音さえも、耳に響いていつまでも残ったままになっている。
 自分の靴音であっても、時々それが二重にも三重にも聞こえることがあり、後ろから伸びてくる影が自分のものと分かっているにもかかわらず、気持ち悪く感じられる。
 この道を昼間通ることは希である。
 どうしても通勤帰りが多くなり、しかもいつも同じくらいの時間帯になるのだ。
 それまで気付かなかった月も最近気になるようになった。特に満月の時などは、気がつけば月を見ながら歩いていることもあるくらいで、あまりにも白に近い黄色というイメージが私の中にある。
――子供の頃には、もう少し月が赤く見えたような気がする――
 満月というと昔から気になっていた。確かに明るさは今も昔も私の中で変わっていないのだが、歳をとるごとに月から赤みが消えていくような気がして仕方がない。
 さらに最近見る月で感じるのはまわりに掛かった雲の存在である。
 いわし雲のような感じがするのだが、月明かりに照らされ黄色に染まっている。時として「朧月」に見える時もあるくらいで、気がつけば見つめているのだ。それがどれくらいの時間なのか自分でも分からない。雲の流れが速いのか、自分の歩きが速いのか、時々分からなくなるくらいだ。それだけ月が遠くに存在することを思い知らされる。
 月を見ながら歩いているからなのだろう。気がついた時にいつもターニングポイントに嵌まってしまっている。
――普通に歩けば避けられるのかな?
 とも考えたことがあるくらい、月とターニングポイントはいつも対になってしまっていた。
 だが、私の考えでは避けることができないような気がする。きっと違うものに意識がいってしまい、ターニングポイントに落ち込んでしまう。それが何であるか何となく予想がつくが、考えたくないので、無意識に月を見るのではないかとさえ思えてくる。
 月を気にしなければ、どこからともなく聞こえてくるだろう靴音、明らかに自分のものとは違う靴音に神経が集中し、篭っているはずの音が、時々乾いたような高いトーンで聞こえることがある。最初に聞いた時がそうだったのだが、それが私には気持ち悪く、二度と聞きたくないと感じるのだ。
 早歩きになろうが、普通に歩いていようが、どうしてもターニングポイントに入ってしまうようで、ポイントは場所というよりも、自分が気にしてしまったその時に現れるような気がしてならない。
 それだけに、
――元々そんなものは存在しないのでは?
 と思えてきて、ただ一度だけ見てしまった幻を、ずっと頭が引きずっているがために見せる残像ではないかとも考えている。
 それに、何よりも不思議なのは、ターニングポイントに差し掛かった時の自分の影が薄く感じるのである。まわりがやけに暗く感じるからなのかとも思ったが、これも一回気になってしまうと残像が残っているのか、濃く感じることはない。
 最初から自分の影が薄いなどと感じたことはなかった。まわりが急に暗闇に包まれることをはっきりと意識し始めてからだったと思う。やはり錯覚の類なのだろうか?
――今までに見たターニングポイントは、そのうちの何回かは夢だったに違いない――
 目が覚めてから汗をグッショリと掻いている時がある。
 そんな時に限って、夢を見ているのだが、なぜかはっきりとした内容を覚えていることは希である。
 目が覚めていく段階で、次第に忘れていくのだろうという認識が自分の中にある。
――思い出したくない夢だから、忘れていくのだろうか?
 思い出したくない夢というのは、確かに夢から醒める瞬間に忘れようとするもののようだ。それに対しての自覚めいたものがある。
 しかし本当に印象に残る夢というのは、意外とそれが怖い夢であっても、完全に忘れることができないもので、しかも夢の内容があとから考えてはっきりと線になって繋がるのだから、忘れてしまおうとした部分も、後から思い出しているのかも知れない。まあもっとも余計、鮮明に記憶の中にインプットされているものかも知れない。それだけに、本当に夢なのかどうかが、自分の中で整理しきれないでいるのだろう。
 これも同じようなことなのかも知れない。
 しかし、夢で見ることは潜在意識が働いているのか、自分が信じられないようなことは決して記憶の中にとどめようとは思わないものらしい。言い換えれば、夢として記憶していることは、すべて現実に可能なことだけしか覚えていないことになる。
 例えば空を飛ぼうとしても、夢ならばできそうなのだが、潜在意識が邪魔をして、絶対に飛ぶことができないのだ。ただ、夢の中では飛ぶことができたとしても、現実の頭の中では飛べなかったとして覚えているのかも知れない。
 そこで思い出すのが、この間の清水の話である。清水の話では太陽だったが、話を聞いてとっさに思い浮かんだのは月だった。
 私がターニングポイントとして記憶している月は、いつも違う位置に存在している。しかも必ず満月なのだ。もし夢として記憶しているのだとするならば、同じ位置であってもいいはずではないか。しかも写っている影はすべて同じ形で同じ長さなのだ。街灯だけに写し出される影でないことは、あたりが暗くなることから分かっているのに、月の位置が違うのはなぜなのかということが、いつも私の頭の中にあり、ひょっとするとそれが一番気になっていることで、しょっちゅう思い出す原因になっているのかも知れない。
「君もどうやら同じような思いがあるようだな」
 私の表情から悟ったのか、清水は私の顔を見ながらニヤニヤしている。
 自分の中で聞いた話を噛み砕いて理解しているわけではなく、しかも自分の気持ちも漠然としているため、どう言葉を返していいのか分からなかった。喉の奥に言葉が挟まってしまい、何か言おうとしても、それが突っかえているかのようだ。
「分かるよ。何か言おうとして出て来ないんだろう?」
「ああ、そうなんだ」
 どうやら清水にはお見通しらしい。
「実は俺もそうだったんだ。こんな話は以前から疑問に思っていても、人から指摘されたりしない限り、自分で意識することは難しいよな」
「えっ? 君も誰かに指摘されて意識するようになったのか?」
「ああ、そうだよ。それも俺が子供の頃だったかな?」
「子供の頃から、こんな話に興味があったのか?」
「正確には指摘されるまでは意識はなかったな。あ、でも潜在的に持っていたのだろう?そうでなければ子供に理解できるような話ではないからね」
「理解できたのか?」
作品名:短編集5 作家名:森本晃次