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短編集5

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「あの、私の知っている佐藤君ですよね?」
 普通ならこんな聞き方はしないはずである。それだけ私を見つめる目が私の知っている佐藤そっくりだったのだ。
「佐藤? 違いますよ」
 それだけ言うと、踵を返しゆっくりと歩いていく。歩き方は私の知っている佐藤とはまったく違うものだった。佐藤はどちらかというとせっかちな方だったからである。
 確かに彼は佐藤君ではなかった。苗字も違っていたし、同じクラスで接すれば接するほど違いを感じるようになるが、その都度彼が私を意識しているのではないかという気持ちが強くなっていった。
 名前を水野という。
 水野を見つめるほどに、佐藤を思い出すのはなぜだろう?
 佐藤もどちらかというと暗いタイプの性格だった。普通暗いタイプの友達は印象に残りにくいものだが、佐藤に限って言えば、はっきりと印象に残っている。それだけ同じ暗さでも他の人の暗さと雰囲気が違ったのだろうが、それよりも何となく私を意識しているような視線を時々だが感じていたからであろう。
 そこが佐藤と水野の共通点でもあった。私が水野を見た時、佐藤を思い出したのは、同じ視線で私を見ていたからに他ならない。
 どちらかというと被害妄想に近いところのある私は、人の視線に敏い方である。いつも誰かに見られているという前提で生活しているせいか、夜道など一人で歩くのが怖いこともしばしばだ。
 そういえば、高校三年生になり進学塾に通い始めたが、その時駅から家までの約数十分の距離を歩かなければならないことを余儀なくされた。父親も会社でやっと転勤のない部署に転属できたらしく、郊外の住宅地に念願の一軒家を持つことができた。
 家族全員の喜びは、それはそれは大きなもので、少々郊外であっても、車を買うことで不便さはなくなった。しかし、それにより母親もパートに出ることになったので、ちょうど塾からの帰り道、私を迎えに来ることまではおぼつかなかったのだ。
「もう、高校生なんだから、一人で帰れるわよね?」
「ああ、大丈夫さ。それほどの距離じゃないよ」
 実際、軽い運動になるくらいで距離的にはちょうどいいのではないだろうか? 母親もそう思っていたであろうし、私も最初はそうだった。しかし歩いてみると街灯があるとは言え、あまり気持ちのよいものではない。
 街灯だけが頼りの夜道の気持ち悪さが、自分の影にあると初めて知った。長く伸びた影は数本に別れ、歩いていくうちにそれぞれが微妙に違った動きを見せる。後ろに人でもいるのではないかと、ぎょっとして振り返ることもあったが、人がいるはずもない。ホッとした気分になるが、そんな時に限って顔に当たる冷たい風を感じ、背筋が寒くなってしまう。
 何度そんな思いを経験したであろうか?
 もちろんそんな経験は私だけではないだろうし、同じように歩いていて何も感じない人もいるだろう。そう思うと口に出すのも嫌な気がして、この気持ちを自分の中で抑える自分がいた。
 気持ちを抑えれば抑えるほどストレスが溜まってくるもので、それが居もしない幻を見せたのかも知れない。
 ある日同じように歩いていると、いつもと影の動きに違いを感じた。毎日ほぼ同じパターンなので、自然と歩く道の位置も同じになってくる。そのうちに影の動きを自然に把握できるようになるのも当然のことで、その日もそのつもりで歩いていた。
「おや?」
 何となくいつもとの違いを感じる。最初はそれがどこから来るものか分からなかったが、数歩歩いているうちに影がいつもより一本多いことに気がついた。
 反射的に後ろを振り向いた。
 頭の中で、
「これは気のせいなのだ。誰もいるはずはない」
 と思って振り向いたはずだった。
 しかし、私の意に反して、そこには一人男が立っているではないか。見た瞬間気持ち悪くなり、すぐに前を向いた。そしてもう一度影を見るが、今度はさっき感じたもう一本の影を見つけることはできなかった。
 再度後ろを振り返る。
「あれ?」
 するとどうだろう? 今度はさっき見た男の姿がどこにもない。
「やはり幻覚だったのか?」
 と思い目を瞑るが、瞼の奥にはっきりとさっきの男の姿が焼きついている。
「見たことは本当なのかも知れない」
 半信半疑だが、瞼の奥を信じないわけにはいかなかった。
「何かが違っている」
 先ほどまで歩いていたはずのいつもの道、幻を見たことさえなければ何てことにない道なのに、なぜかいつもと違う気がする。
 いったいどこの何が違うのかピンと来ない。もう一度後ろを振り返り、そして前を見る。
 何となく感じるのは、
――この道って、こんなに長かったのだろうか?
 ということであった。
 前を見ても後ろを見ても果てしない直線が繋がっているように見える。確かにそれほど太い道ではない、しかし住宅街に這うようにブロック塀が左右に伸びていて、街灯に照らされてはいるが、暗闇に消えるまで果てしなく続いている。交わるはずのない平行線がある一点で交わったように見えるほど、遠くに見えるのだ。
 後ろを振り向いても同じことだった。果てしなく続くブロック塀にまるで圧倒されそうで、まったく同じに見える前後の風景に頭や目が麻痺してしまいそうだった。
――自分は今いったいどこにいるのだろう?
 その思いが強く、混乱する意識の中、来た道が分からなくなりそうなくらいだった。
 するとどうだろう?
「コツッコツッ」
 靴の響く乾いた音が、耳鳴りとともに静寂を突き破る。それがまわりに反響し、どこからのものなのかを曖昧なものにしてしまっているようだ。
 気のせいか、あたりが暗闇に包まれていくのを感じる。
 街灯が消えるわけではなく、明かりの強さはそのままで、まるで自然と目を瞑っていくかのごとく暗くなっていくのである。
 そこから動くことができない。一歩でも足を踏み出せば、地面のないところに足を踏み出すような気がして恐ろしい。
 そんなことを考えていくうちに、意識が遠のいていくのを感じるのだった。
 そんな思いをしたことが、過去確かにあった。だがそれを思い出そうとすると記憶のどこかが飛んでいて、はっきりと記憶を繋げることができない。
 というよりも、それ以降に夢として同じシチュエーションを感じているのだ。そのために思い出すことは夢の方が多く、いつのことだったかまではっきりしないのだ。
――断片的な記憶――
 これほど曖昧なものはない。曖昧さが高じて、時には大きな記憶として頭の中に残りそうなものだが、記憶として覚えているのはそれだけなのだ。想像力を働かせるに及ばない記憶、それは、自分が忘れてしまいたいことがどこかにあるからではないかという思いが強い。
 私はそのままどちらに歩いて行ったのだろう?
 たぶんちゃんと家に帰りついたのは間違いないのだろうが、その時から、この道を通る時、何となく気持ち悪さを感じる。
 ふっと我に返る場所が道のどこかに存在し、一旦振り返ってしまうと、前も後ろも分からなくなってしまう。本当なら家のブロック塀にもきちんとした境目があるのを通っていて感じるのだが、その場所だけは、私をターニングポイントへと招いてくれるのだ。
作品名:短編集5 作家名:森本晃次