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短編集5

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 自分の口から発せられた声というのは、振動として顔を伝って耳に入るものだ。したがって実際に空気を通して聞いた声とは若干の違いがあったとしても、それは当たり前であろう。
「しかし、ここまで違うとは……」
 さぞかし不思議そうな顔をして、その友達の顔を見ていたに違いない。しかしその友達は「いかにも当たり前」と言わんばかりに頷いている。
「俺も以前同じように他人から自分の声だと言って聞かされたことがあったんだよ。今のお前と同じようなリアクションを取ったっけな」
 そう言って苦笑していた。
 確かに自分の声を空気を通して聞くことなど不可能である。こうしてテープに採って聞く以外に空気を通しての自分の声を聞くことはできないのだ。
 今、こうして鏡で自分の姿を見ている私の脳裏には、なぞかその時の光景が浮かんでくるのだ。
 やはり最近、猜疑心が強くなったと思うからであろうか? どうも被害妄想が変な気分を起こさせているような気がしてならない。
 私が喫茶店に寄ったのは、本当に偶然だったのだろうか?
 確かに、気に入った雰囲気の店の前でちょうど喉が渇いていたのは偶然かも知れない。だが、ゆっくりとアイスコーヒーを飲みながら気分が落ち着いてくると、まわりからの話が次第に気になってきた。それは私が気にしていることそのままだったからである。
 さっきの噂話に対しての話もしかりであるが、さらにはこんな話も耳に入ってきた。それが聞きたい話かどうか最初は分からなかったが、とにかく耳に入ってきたのである。
「そういえば、山田課長の血色がいいとは思わないか?」
 声の主を見渡したが、あまりにも多くて限定するには難しい。しかし声の雰囲気や喋り方から判断するに、声の主は普段からパリッとしたビジネススーツに身を包んだ、どこのでもいるサラリーマンを思わせる。年齢としては二十歳代後半の、一番現場仕事に燃える年頃のイメージで固まっていた。
「そうですね。確かにそれは感じますね」
 敬語で返すその声は最初の人の後輩であろう。
「確かに課長は今が一番油の乗り切った三十歳代後半で、イキイキしていて当然なんだけど、入社以来ずっと見てきた俺から見ても、その頃とまったく変わっていないんだよ」
 血色がよいという表現は少し違うのだろうが、それだけ若く見えるということだろう。
「そうですね、まだ二十歳代でも通じるということですよね」
「ああ、そうなんだ」
「実は私もそれは感じてました。ところで先輩、僕は一度おかしな夢を見たことがあるんですよ。きっとバカにされるだろうと思って今まで誰にも話していなかったんですけど」「それはどういう夢?」
 先輩と呼ばれた人の声は明らかに興味津々だった。
 私はといえば、相変わらず聞き耳を立てている。さらに耳の奥に神経が集中していくのが分かるくらいに、である。
「夢の中で、どうやらセールスみたいな人が出てきたんですよ。その人がいうには、自分にあなたの歳を下さいというものだったんですよね」
「どういう意味?」
「それがはっきりと覚えていないんですが、今の先輩の話を聞いていて思い出したのが、その夢に出てきたこのセリフだったんですよ」
 私も人の話を聞いて、自分が見た夢を思い出すことがある。何しろ相手が夢という不確定なものなので、それが最近見た夢だったのか、かなり以前に見た夢だったのかすら、まったく分からない。話を聞いてある一部分だけを思い出したという後輩の話も、私には頷けるものだった。
 その話が耳についてしばらく離れなかった。それからの話が聞こえてこないのだ。
 私は目を瞑って考えた。
 最近、そういえば夢に対する記憶がない。以前はよく夢を見ていたのだが、最近は目が覚めて思い出そうとしても、夢を見たという記憶がまったくなかった。
 しかしどうしたことだろう?
 目が覚めて何となく記憶によみがえってくる夢がある。それはかなり前に見たことのある夢であった。ひょっとしてその日の夜に見た夢ではないかとも思ったが、どう考えてもその日に見た夢という感じがしない。それはただの感覚であるが、自分としてはかなりの確証を持った夢なのだ。
 ススキの生えた山道をひたすら歩いている夢を思い出したことがあった。
 山道なのは分かっていて、空を見上げればいわし雲が広がっていて、さらに空の広さを感じさせる。手を伸ばせば掴むことのできそうに近く感じるいわし雲を見ていると、実際に自分がいるところがどれほどの広さなのか、さっぱり見当がつかないでいた。
 風がススキの穂をなびかせるように、爽やかに吹いてくる。前方からまるでドミノ倒しのようにゆっくりとなびいているススキの穂が顔に当たるのだが、まったく触っているという感覚がないのである。
 逆に顔に当たる風の心地よさや冷たさは感じることができるのに、実に不思議なことである。
 しかしそれでもそれが夢であるということは、自分の中で確信めいたものが現れた時、夢から醒めるのだ。普段に見る夢にしてもそうなのだが「これは夢なんだ」と感じた時に醒めてしまうのが、夢というものではないだろうか。
 そして夢が醒めた時に感じるのは、
「あれはどこだったんだろう?」
 ということではない。
「果たしてススキの穂はどこまで続いているのだろう?」
 というものであった。
 そんな感じで見た夢は、
「必ずもう一度続きが見れるのでは?」
 と感じてしまう夢であった。
――そういえば、この喫茶店、夢に出てきたことがあるような気がする――
 今までに現実に近い夢というのを見たことはなかったが、この喫茶店に関してはそう思うのだった。だが、それは最初に見た瞬間ではなく、店に入ってからしばらくして感じたことだった。夢というものについて考えたりしなければ、きっとそんな思いにはならなかったであろう。
 確か夢の中では、ここで誰かと会うのではなかったかな? と感じていた。
 それが果たして知っている人だったのか、初対面だったのかは覚えていないが、たぶん会えば分かるかも知れない。
 そんなことを考えながら、氷を叩きながらアイスコーヒーを飲んでいたが、
「こちら、よろしいですか?」
「あ、ええ、どうぞ」
 他に席は空いている。なぜ、わざわざここを選んだのだろう。
 そこにはラフに見えるがキチッとカジュアルなスーツを着こなした、それなりのセンスを感じる初老といっては失礼な感じの男性が立っていた。何よりも驚いたのは。最初に発したその声を聞いた時、聞き覚えがあることだった。その時、「あれ?」と信じられない気分になったのだが、最初はそれがなぜだか分からなかった。しかし、顔を見ながら話しているうちに、それが以前テープに吹き込んで聞かされた自分の声に酷似していることが分かると、
「何だ、不思議に感じたのはそのせいか」
 と思ったのだ。
 私はその男の顔を見つめた。
 見つめられていることを分かっていないかのようであるが、見れば見るほどその人の顔が二十年後くらいの自分を思わせるような気がして仕方がなかった。
「ご注文は?」
「アイスコーヒーをお願いします」
 話し方、アクセント、聞いていて目を瞑れば、話している男の顔を容易に想像することができる。
作品名:短編集5 作家名:森本晃次