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短編集5

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 夢の中でのことのようにかなり長いこと続いていたように感じたが、気が付くと妖艶さを取り戻していた。それだけにその長さは夢の記憶が薄れていくように忘却の彼方へと消えていった。
 泰子の妖艶さは無表情に見える時に強く感じる。表情がない時というのはこれほど不気味なことはない。何とか表情の真意を探ろうとした時、最初に見つめるのは相手の目である。見つめた目が私をしっかり見つめ返してくれた時、その時に感じるのが「妖艶さ」ではないだろうか?
 手を引かれるまま着いていくが、相変わらず手の平が熱い。
 しかしなぜだろう? 熱い手の平同士を握り合わせているのに、彼女の手の平からは、相変わらず汗を感じない。私もさっきのぐっしょりと掻いた手の平の汗はどこへやら、べったり感が消えていた。そのため汗が吸い取る体温がなく、ずっと熱いままの手の平を握り合っている。
 泰子の脈を感じる。たぶん、泰子も私の脈を感じていることだろう。一つしかない脈の鼓動は二人の脈が重なっているようで、余計に激しく感じてしまう。普通なら不思議なことなのだろうが、その時の私に一切の違和感はなかった。
 いつもの通勤路に沿って歩いていた。
 いつもは駅から遠ざかるように歩くのだが、今日は反対に駅に向かって歩いているのでいつもと勝手が違うためか、さらに暗さが増しているかのように感じる。いつも朝、すでに太陽が昇った状態で見る景色とはまるで違っている。
 駅に向かうかと思いきや、泰子は途中で曲がった。その方向はまったく私の知らない場所ではなかった。むしろ毎日通る道であり、その先には毎朝立ち寄る例の喫茶店があった。
 店は閉まっていた。いつもであれば、まだ開いている時間帯なのかも知れないが、どうやら定休日のようで真っ暗だった。今まで、日が暮れたこの時間に立ち寄ったことのない私にとって、店の明るさがどれほどのものか見たことはなかった。しかし、白壁がきれいな店の外観を見ている限りでは、夜あたりのこの暗さを考えると、ライトアップされた様子は何となく想像がつきそうな感じがする。
 それにしても寂しいところだ。
 これがここの通りの夜の印象である。
 確かに住宅があまりなく、まだ開発途中のこのあたりは暗いであろうことは想像がついていた。しかしそれを補って余りある喫茶店の存在をしているだけに感じた第一印象であった。知らない人が通りかかれば、今日のように暗いと、誰もそこに喫茶店があるなど輪からいであろう。それほどの暗闇であった。
 おや?
 私の前を、手を引いて歩く泰子のずっと正面を向いていた視線が少しずつ左に向いていくことに気がついた。その先には言わず知れた例の喫茶店があり、私が見つめている視線の先と同じである。
 泰子はこの店に来たことがあるのだろうか?
 そんな疑問を持って泰子の表情を垣間見ようと努力したが、如何せん、暗さのためかはっきりとしない。そのうちに街灯のついているあたりに差し掛かったらはっきりするだろう。
 街灯のあるところに差し掛かって泰子の表情を見た。
 だいぶ店に近づいていることもあって、横顔がはっきり見て取れる。果たしてその表情は私の想像していたものとさほど変わりはなかった。
 まったくの無表情。ただじっと見つめているだけの彼女の表情はまさしく能面のように真っ白である。照明のあたり具合なのだろうが、たぶん、まともな明かりで見ても真っ白に違いないと私は信じて疑わなかった。
 泰子の歩みが少しずつ速くなる。
 喫茶店を振り返ることもなく歩いていく泰子に手を引かれていたが、まるでチラチラと喫茶店を見る私を戒めているがごとく、グイグイと手を引っ張られた。
 私は一体どんな表情なのだろう?
 泰子は私の顔を見ようとしない。何かに取り憑かれているかのように、ただひたすら前を向いている。これから女性の家に向かうというスリルはどこへやら、ただ連行されているだけの自分をどうすることもできないでいた。
「あそこです」
 喫茶店から歩くこと五分、まるで一時間にも感じられるほどの時間はたったの五分だったのである。遥か後ろの喫茶店を追いやり、泰子の表情は次第に和らいでいった。
「このあたりも住宅地なの?」
 小高い丘から見下ろすと、目の前には住宅街が並んでいた。明かりはポツポツと見えていたが、歩く人は誰もいない。
「そうね、でも大学が近くにあるから、私の部屋のようなコーポもたくさんあるわ」
 二階建てのコーポは白壁でできていて、女学生に人気がありそうなところだった。
「私は大学がこの近くだったから、大学の頃からそのまま住んでるの」
 彼女に手を引かれるまま階段を上がっていく。泰子の部屋は二階にあり、扉の前には木彫りのネームプレートが掛けられていた。部屋を見る前から、女の子らしい部が想像できる。
「どうぞ、お入りになって」
「おじゃまします」
 思ったより部屋の中はシックだった。派手目のものはほとんどなく、ブルー系統の色が多く配色されている。ただ、薄いブルーではあるが。
「あんまり女の子らしい部屋ではないでしょ?」
「そんなことないですよ。小綺麗に片付けられていて、さすが女性の部屋ですね」
 確かにそうである。私自身、今までに女の子の部屋というものに入ったことがない。兄弟も弟がいるだけなので、女性の部屋というと勝手に想像だけが暴走し、どうしてもピンク系統で統一されたハート模様などが多い部屋を思い浮かべてしまう。たぶん男性では私に限ったことではないだろう。
 しかし泰子に言われるまでもなく、部屋に入った瞬間、何となく違和感を感じていた。確かに泰子に言われなければそれがどこから来るのか分からなかったかも知れない。
 男性の部屋ではない。これははっきりしている。女性の部屋として見た時、男性っぽさが出ているのだ。
「私、時々趣味が男性っぽいって言われることがあるの」
「気質が男性っぽいんですか?」
「そうかも知れないわね。でも、自分ではなかなかそんな意識はなかったんですけど、学生時代に友達から指摘されて、意識するようになったの」
「自己暗示に掛かりやすいんですか?」
「どうなのかしら。自分では分からないわ」
 コーヒーを飲みながらそういった会話をしていた。だが、そんな会話をしながらでも、目の前にいるのは間違いなく女性である。時々はにかんだような様子を浮かべる可愛い女性なのだ。
 コーヒーの香りが部屋の中に充満してくる。クーラーが十分に効いているにもかかわらず、何となく身体の芯から火照りを感じるのは、泰子が発する女性としてのフェロモンが原因であることは分かっていた。それがコーヒーの香りとマッチし、私のオトコの部分が敏感に反応しているのだ。
 ここから先は「男と女」である。
 泰子の眼差しは明らかに私を求めている。トロンと酔ったような潤んだ目が、上目遣いに私を見つめる。しな垂れながら、私にもたれ掛かってくる泰子の身体は熱く火照っている。私の身体も先ほどから火照っているのが分かっていたので、たぶん泰子も私の身体の温かさを感じているに違いない。
作品名:短編集5 作家名:森本晃次