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魂の記憶

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 と思うようになった。
 その一番の原因が薬品の匂いにあるということは、間違いのないことだと思っている。
 今から思えば、よくケガをして、病院に行っていたものだ。
「あんたは、女の子なんだから、あまり危険なことをして、親を困らせないで」
 と、母親から言われたものだ。
 その言葉を聞いて、子供心に、
――理不尽だ――
 と思ったものだが、どうして理不尽なのかを、深くは考えてみなかった。今考えればすぐに分かることだが、親は子供がケガをして心配するよりも、子供の行動が親を困らせたということが重要なのだ。
「余計なことはしないで」
 と言っているだけのことだった。
 最初は病院が嫌だったが、なぜか途中から病院にいることに違和感がなくなっていた。嫌だというよりも、どこか楽しんでいる自分に不思議な思いを抱いていたのだ。それが親に対しての細やかな抵抗だということに自分では意識しないまま、優越感に浸っていたのかも知れない。
 外科というところは、薬品の匂いが強烈だ。由紀子も病院にいる時は、薬品の匂いでのぼせてしまうような気がした。気持ち悪くなるというわけではなかったのは、いつの間にか匂いにも慣れていたからなのだろう。
 その匂いは、いつの間にか自分の中にあるトラウマと一緒になったのか、薬品の匂いを嗅ぐと、トラウマがよみがえってくるような気がした。そのトラウマは、自分が意識しているものではなく、薬品の匂いを嗅いだ時にだけ感じるもので、薬品の匂いを嗅いでいる時だけが、その世界の扉を開くのだ。
――まるで夢を見ているような感覚だわ――
 と思うのも無理はない。薬品の匂いを感じたのが気のせいであっても、トラウマはよみがえってくる。逆に、
――トラウマを思い出したから、薬品の匂いを感じたんだわ――
 と感じることもあるくらいで、そんな時、
――遠い過去は思い出せるような気がするのに、近い過去を思い出せない――
 という意識に駆られるのだった。
 由紀子が薬品の匂いを感じた時、ある発想が生まれてきた。
――直近の記憶を思い出せないのは、その時に直近の未来までも見ようと思っているからではないだろうか?
 と感じることがあった。
 過去を見ているつもりで、未来を見ている。それは、今。この瞬間が、一瞬でも過ぎてしまうと、過去になってしまうという発想から来ている。
――時間の流れというのは、心臓の動きと同じで、止めることはできない。止めようなどと思ってはいけない――
 と感じている。
 逆に言えば、
――時間の流れを止められるのではないか、あるいは、止められるものであれば、止めてしまいたい――
 という発想の裏返しでもあるように思えた。
 どうして時間を止めようと思うのか、それは、未来が開けることに恐怖を感じているからだった。現在が次第に過去になっていき、次第に忘れてしまうことを怖がっている。今は、遠い過去になってしまえば、思い出すこともあると思っているのだが、それでは遅いのではないかと感じることが、恐ろしいではないだろうか。
 最近見た映画で、薬品の匂いを嗅ぐことで、過去の記憶を思い出せたり、逆に封印してしまい、思い出せないようにできるという、匂いによって意識や記憶をコントロールできる発明を巡って繰り広げられるサスペンスを見たことがあった。
 サスペンスでありながら、恋愛も絡んでいて、ミステリアスな内容が好きな人には好評で、人気ランキングの上位を占めていた。由紀子もその映画を見たのだが、その映画を見終わってから、自分が少し変わっていったのを意識した。
 映画には一人で行った。他の映画ならいざ知らず、この映画だけは、一人で見たいと思ったのだ。誰かと一緒に行って、自分と違う発想を抱いたことで会話になった時、お互いの意見をぶつけ合うと、せっかく感じた自分の思いが半減してしまいそうになるだろう。今までにも同じような理由で映画を一人で見に行くことはあった。意外とそういう映画には一人で来ている人が多い。女性一人というのも少なくなく、
――私と同じような意識の人も結構いるんじゃないかしら?
 と、思うようになっていた。
 そのことを思い出すと、自分が過去に見ていたものは、過去を思い起こしていたというよりも未来を探っていたのではないかと感じた。過去のことを思い出す時期が必ず来て、その時に想像したであろう未来と実際の今がどのように違うかを感じようとする。
 しかし、実際には同じであるはずもなく、現在との違いを思い知らされたことで、過去に未来のことを感じようとしたことをなかったことにしたいという意識が働いて、直近の過去を思い出せないという意識に繋がっているのではないだろうか。
 それは、
――モノを捨てられない――
 という自分の意識から、混乱してしまう頭の中を反映して、未来のことを考えているはずなのに、そちらを意識から遠ざけて、過去にばかり目を向けているのだ。そんな自分を情けなくも悲しくも思えない由紀子は、ただ、薬品の匂いを感じながら、病室のベッドの上で天井を眺めていたのだ。
――今他の誰かを思い出すとすれば誰なんだろう?
 病室のベッドを感じてからは、一人孤独な時間を味わっていた。嫌だという意識もなく、人のことを思い出すことが億劫に感じられたこの時間、忘れていたものを、思い出せたような気がして、他の人を意識する必要はなかったのだ。
――今までに思い出したこともない人を急に思い出すかも知れない――
 しかし、由紀子にはそれが誰なのか分からない。未来という意識を持ってしまったことで、
――これから出会う人を、今から感じているのだとすれば、これは特殊な能力なのではないかしら?
 と感じるようになり、こんな能力を持つことができたとすれば、それは、モノを捨てられないという意識から来ているものだということを感じないわけにはいかなかった。
 ただ、この能力が本当に自分のためになるのかということは、由紀子には分からなかった。むしろ今は、
――こんな能力いらないわ――
 と思える。
 自分の未来を知るというのは、いけないことなのだという思いが強い。
 タイムマシンで未来に行くことができない。そして未来の人が過去に来ることはない。いや、未来の人は過去に来ることがあるのかも知れないが、
――過去に影響を及ぼすと、未来が変わってしまう――
 という、タイムパラドックを考えた時、本当に未来にタイムマシンが発明されるものなのか知るすべはないのだ。
 タイムマシンができていなければ、むろん過去に来ることはできないが、もし、できていたとしても、過去に関わることができないということで、タイムマシンの存在を知るすべはないのだ。
――ひょっとして、この意識があるから、自分が未来を予見していても、それを認めることができず、直近の過去を思い出すことができないと思うようになったのかも知れない――
 とも考えられる。
作品名:魂の記憶 作家名:森本晃次