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魂の記憶

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――もう、思い出すこともないんでしょうねーー
 と自分に言い聞かせてきたが、今回頼子のことを思い出して、その時の夢をまた意識してしまったが、
――今度こそ、思い出せそうな気がする――
 と感じた。
 逆に今度思い出せなければ、もう二度と思い出すこともないだろうと思うのだった。
 由紀子は頼子に対して、途中で急に興味が失せてしまったことを思い出していた。モノを捨てられないことへの反動のように思っていたが、ひょっとすると、頼子の中に恵の存在を見ていたからなのかも知れない。
 頼子と一緒にいる時ほど、由紀子は自分を考えてみたことはなかった。客観的に見てのことだったが、その思いが今の自分の性格に影響している。性格とは生まれながらのモノと育っていく環境によるものとがあるというが、頼子は由紀子に影響を与えたことに間違いはないだろう。
 由紀子は自分が男性にモテていたことで有頂天になっていた時期があった。しかしそれも、
――モテない男性から見れば、モノを捨てられない由紀子なら、フラれることはない――
 と思われているからであったが、逆に、
――モノを捨てないのだから、自分以外にも、他に付き合っている男性がいるかも知れない――
 という思いを持たれても当然だった。
 しかもモテてるのは、女性から相手にされない相手ばかりであった。そんな状態に由紀子は自分のプライドを傷つけられた気分にさせられるのも当然のことだ。
――まるでヘビの生殺しのようだわ――
 そんな思いがトラウマとなり、頼子に感じた男性不振を思い起こさせる。
 それなのに、啓介には安心感があるのはなぜなのか?
 啓介の女性っぽさは、男性から見ても同じなのだろうか? 啓介の過去にトラウマがあるのは、納屋に閉じ込められたからではなく、男性に襲われたからではないかという恐ろしい想像が由紀子の中にあった。
――ということは、私が納屋に閉じ込めたという相手は啓介さんではないんだ――
 と思うと、啓介が急に他人のように思えてきた。
 意識の中で負い目があると、その人に対して、
――私は一生、この人に尽くさなければいけない――
 と感じることだろう。
 それは、拘束されてしまうということであり、今までの自分の人生を思い起こさせるものでもあった。ただ、負い目を一度感じてしまうと、もしそれが後になって違うと言われても、簡単には解消できるものではないはずだ。
 由紀子は、啓介のトラウマが自分のせいではないということを感じて、ホッとした。こんなことなら、余計な心配なんてしなければよかった。十年以上の自分の人生を返してほしいとさえ思うようになっていた。
 だが、面白いもので、気持ちに余裕が出てくると、啓介のことが違う意味で気になってきた。
 もし、頼子が啓介と知り合いでも何でもなければ、気にもならなかった。
 頼子は男性に襲われる夢を見たと言った。その思いがまるで伝染したかのように、その後由紀子も同じような夢を見た。あの頃は、ショッキングなことを聞いてしまったので、気の弱い自分は気になったことを夢として見てしまったのだということを感じていた。
 しかし、本当にそうなのだろうか?
 由紀子は確かに気が弱いところがある。そのくせ、意地を張ってしまい、寂しくても寂しいと言わない性格を自分でも分かっていた。
――本当に因果な性格だわ――
 と、まるで他人事のように思っていたが、他人事のように思えるだけまだマシではないかと思っている。
 頼子と一緒にいると、頼子が自分の気持ちの奥底まで分かっているのではないかと思うこともあったが、本当に分かってくれていた方が気が楽である。
――私が考えなければいけないことを頼子が考えてくれる――
 つまりは、二人は以心伝心、考えることを頼子に任せていれば、それでいいのだと考えていた。
 その代わり、頼子に対して、逆らうことはできない。頼子に逆らうということは、自分の気持ちに逆らうことだと思うからで、それだけの代償はしょうがないことだと思っていた。
 頼子と一緒にいる時は、頼子だけがいてくれればよかったのだが、就職して頼子と離れ離れになってしまうと、由紀子よりも頼子の方が寂しいようで、連絡を入れてくるのは頼子の方だった。
 由紀子は、就職してしまうと、頼子がいなくても、もう自分は大丈夫だと思うことで、今度は頼子の影響を避けるようになっていた。逆に頼子の方は、今まで自分を慕ってくれていて当たり前だと思っていた由紀子が急にそばからいなくなったことで、焦りのようなものが生まれたのだろう。
 慕うと言えば、由紀子には学生時代に慕っていた恵がいた。
 恵は慕われていることを知っていたのか、由紀子が恵から離れても、別に焦るようなことはなかった。それだけに、頼子の態度が由紀子には不思議だった。
 だが、由紀子の態度に対して正常な対応をしたのは、むしろ頼子の方ではないかと思った。由紀子が恵から離れたのと時期を同じくして、恵も由紀子の前から姿を消していた。
 誰も恵のことを語ろうとしない。ちょうどそれが入院した頃のことだったに違いない。そんなこととは知らない由紀子は、
――これが自然の成り行きなんだ――
 と思うようになり、恵のことは、記憶の奥にそっとしまい込んでしまっていたのだ。
 まさか、啓介の登場で、恵のことを思い出させることになろうとは、思ってもみなかったのだ。
「僕の弟と姉さんは、実は出会っていたんだ」
 啓介がおもむろに話し始めた。
「どういうことなの?」
「姉はたぶん、無意識だったんだと思うけど、偶然姉がアルバイトしていた喫茶店の客として来ていた弟に声を掛けたみたいなんだ。お互いにまさか姉弟だなんて思ってもいなかったんだろうけど、でも、お互いに好きになってはいけない相手だということを意識したっていうんだ」
「それは誰から聞いた話なの?」
「お姉さんからなんだ。姉は、好きになってはいけない相手だということを分かってしまったことで、却って、弟のことが気になり始めて、本当に好きになりそうだって言っているんだ。でも、弟には好きな人がいる。それが実は頼子さんなんだ」
「それもお姉さんから聞かされたの?」
「弟が好きな相手を探していたら、そこで頼子さんにぶつかった。実は由紀子さんの存在も、頼子さんを通して、僕は初めて知ったんだ」
「それは、私たちが最初に出会う前からのこと?」
「ええ、まだ頼子さんと由紀子さんが友達だった頃ですね」
「私と頼子は、そんなに親しかったという意識はないんだけど?」
 本当は慕っていたのに、表向きはそうでもなかった。しかも興味が薄れていったのも事実である。一度慕っていた相手に対して興味が薄れてしまったのでは、複雑な心境だが、そこには由紀子の中に頼子に対してのコンプレックスがあったという証拠であろう。
――由紀子が、頼子に対して持っていたコンプレックス、それは、あまりにも自分に似ているということであり、しかも、最初から似ていたわけではなく、頼子の方が自分に似てきたということ。つまりは、慕うというだけの「価値」がなくなってきたということにあるんだわ――
 そのあたりが啓介の目にはどのように写ったのだろう?
作品名:魂の記憶 作家名:森本晃次