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魂の記憶

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――昔のことは思い出せるのに、直近のことが分からないことが多くなった――
 と感じるようになったが、その同じ思いを、自分の身近でも感じている人がいるということを意識していた。しかも、一人ではないと思っている。それが誰なのか分からなかったが、そんなにありがちな性格ではないと思っているだけに、不思議な感覚だった。
 限られた自分に関わっている人をいろいろ思い浮かべてみたが、なかなか思いつくものではない。ふとしたきっかけでその人と同じ意識がぶつかることもあるだろうと考えていた。
 ただ、モノを捨てられないという意識が自分を変えつつあることを意識してくると、不安と怯えから、
――昔のことは思い出せるのに、直近のことが分からないことが多くなった――
 という感覚が、自分の身近に渦巻いているという意識を持つことに繋がっているのではないかと思うようになっていった。
――一体、自分の過去に何があったというのだろう?
 何か、カギが自分の意識の中で引っかかっているような気がする。
 今思い出せるのは、子供の頃に捨ててしまったカギだった。納屋と聞いてドキッとしたのを思い出したが、納屋で閉じ込められた子供がいて、その時、カギがなくて開かなかったという話を聞いた。
――私が捨ててしまったカギは、その納屋のカギだったんじゃないんだろうか?
 そう考えれば、いろいろ納得のいくことがあった。しかし、カギは捨ててしまったのだし、子供は何とか助けられた。自分が捨ててしまったカギが本当にその時のカギだったのかということは、今となっては誰にも分からない。
 そんなことはどうでもいいのだ。由紀子がその時のカギを自分が捨てたカギだと思い込んでいることが問題だった。
「子供のすることだから」
 という言い訳が通用するとは思わなかった。何よりも、
「逆の立場だったら」
 と思うと、恐ろしくて震えが止まらない。もし、助かってからしばらくして、どうして自分が閉じ込められなければならなかったのかということを考えないわけはないだろう。実際に理由を突き止めることができるかどうか分からないが、もし突き止められなかったとすれば、きっとまわりの人すべてを、信じられなくなるかも知れない。
 鬱状態を知っている由紀子なので、余計にそのことが引っかかってしまう。原因が分かったからといって、原因を作った人を恨みとおすことができるかどうか分からない。しかし、それは逆の立場から考えればのことで、自分が恨まれる立場になれば、ずっと恨み通されてしまうように思えてならなかった。
 その時の子供がどうなったのか、由紀子は知らなかった。ただ、由紀子はその子に対しての申し訳ないという思いと、自分がその子の立場だったらという思いとが交錯して、トラウマを作っていたことは分かっていた。
 しかし、そこまで分かっているのに、それ以外にどんな過去があるというのだろう?
由紀子が考えるに、過去のことで憂いがあるとすれば、その時のことしか考えられない。ただ、その時のことを思い出すと、ある程度思い出せるのだが、その時のことを思い出した後で、他にもそのことが理由で自分に憂いがあることを感じていた。
 由紀子は自分の憂いがある原因として、子供の頃のカギを捨ててしまったことを思い出したが、今度はそこから、時系列に沿って、自分の過去をどんどん今の記憶に近づけていこうとしていたが、ある場所で、時系列に沿っているのに、記憶が曖昧なところがあることに気が付いた。
「やっぱり、昔のことは思い出せるのに、直近のことが思い出せなかったりする」
 と感じたのは、一度過去に記憶が戻って、そこから時系列に沿って自分の記憶を呼び起こそうとしたからなのかも知れない。
 もし、そんな思い出し方さえしなければ、直近のことが思い出せないなどという意識を持つこともなく、普通に意識できていたのかも知れない。そんな風に思うと、由紀子は自分の中にいくつかのトラウマが眠っているのではないかと感じたのだ。
 由紀子は自分が他の誰かから、自分の意識を操作されているのではないかと思うようになっていた。あまり友達もいない由紀子は、自分を操作している人がいるとすれば、最近知り合った人ではないかと思っていた。
――頼子ではないな――
 自分と同じものを持っているように思えていたことで、一番自分に近い頼子を想像したが、どうもそうではないようだった。
――じゃあ、啓介さんかしら?
 啓介は少し図々しいところがあったが、由紀子は自分が彼には逆らえないところがあると思っていた。以前から知り合いだったような思いもあり、それは自分で感じたというよりも、啓介の態度から、違和感がないことから感じたことだった。
 彼も最初は由紀子に気を遣いながら話をしていた。そこに安心感を感じ、親近感のようなものも湧いてきたが、一緒にいる機会が長くなると、どこか図々しさを感じるようになっていた。
 本当は彼が図々しいわけではなく、自分に関りが深くなってきた人に対して、一度は感じる図々しさだった。その図々しさを感じた時、相手に嫌気が差すか、それとも、相手に逆らえないように思えてくるかという両極端なところが由紀子にはあったのだ。
 相手に対して両極端な気持ちになるのは、本当は嫌だったが、その時にどう感じるかで、自分にとってその人が、どのような立場の相手なのかということを知ることができる。啓介に限っていえば、今後の由紀子に対して多大な影響を及ぼす可能性を秘めた男性であるということが分かった。
 ただ、それがいいことなのかどうか、ハッキリとはしなかった。
 啓介という男に安心感を感じたのは、彼の微笑みを見たからだ。ただ、その安心感が急に図々しさに感じられたのは、本当に由紀子が人との関りを煩わしいと思うからだろうか?
 啓介は、
「僕は、学生の頃から、あまり女性と話すことはなかったんですよ」
 啓介から感じる安心感からは、意外な言葉に思えた。
「そんなことはないような気がしますけど、啓介さんなら、女性とうまくお話しができそうに思えますよ。私にだって、お話しできているじゃないですか」
「ええ、あなたには遠慮もなくお話ができるんですが、僕の場合、きっと話が合う人というのが少ないんでしょうね」
「そうなんですか? 私はあまり人と話をするのが得意な方ではないので、ただ、聞いているだけのことが多いんですよ」
「僕は、逆にそんな人相手ならお話ができるんですけど、相手から話を仕掛けてくるような人とは、どうもお話が合わないようなんですよ」
「話が噛み合わないということですか?」
「そうかも知れませんね。せっかく話題を振ってくれても、その人とお話が合わないのであれば、どうしようもないですよね」
「私の場合は、話題性があるわけではないので、話が人と噛み合わないことが多くって、自分から話しかけることができないんですよ。特に自分でも変わった性格だって思ったりしていますからね」
「どういうところがですか?」
「モノを捨てられない性格だったりするんですよ。それに、中途半端に人に気を遣ってみたり、自分でも嫌なところばかりが目立っているような気がして、挙句の果てに、躁鬱症だったりするみたいなんです」
作品名:魂の記憶 作家名:森本晃次