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魂の記憶

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 屈辱さえ意識しなければ、怒りを感じることはないと思っていたが、怒りというのは、そんな簡単に忘れられるものではない。屈辱を感じさせられたということは、怒りを抑えるために今までであれば、客観的に自分を見ることで何とかなってきたのだが、その時はそうもいかなかった。客観的に見れば見るほど自分が情けなく感じられ、情けない自分がなぜ我慢しなければいけないのかに憤慨した。
 情けないというのは、まわりから言われたことを認めてしまい、今までの自分の行いを恥辱と思い、情けなく感じるという情けなさではなかった。自分が悪いという思いがあるわけではないにも関わらず、相手から罵声を浴びせられる。それに対して憤慨はしても、それを表に出さない自分を情けないと感じるのだ。
――俺は、あの女の言っていることを間違っていないと思っているのだろうか?
 そう思うと、さらには、
――自分で自分を信じてやらないと、他に誰が信じてくれるというのだ?
 という思いが交錯した。
 確かに、人から言われたことを素直に受け入れるのが正則の性格ではあった。にも拘わらずあまのじゃくなところがあるのは、その反動なのではないかと思うほどだった。それが、
――二重人格と言われても仕方がない――
 と思わせる性格でもあったゆえんであろう。
 正則が、
「だいぶ前のことは思い出せるのに、直近の過去のことは、意外と思い出せないものだ」
 と感じるようになったのは、その頃からのことだった。
 屈辱的なことを言われると、一瞬カッと頭に血が上ってしまうが、一晩寝ると、急に冷静になれる。しかし、次第に燻っていた火が忘れた頃に燃え出すことがあった。燻っているということは、完全に消えたわけではない。風が吹いたり、可燃物がそばにくれば、すぐに燃え上がる可能性を秘めている。正則の感情も、まさしくその通りだったのかも知れない。
 トラウマになってしまった彼女の言葉、
「あなたの中の気持ちの中で、『捨てられない』という思いが強いからなの」
 というのは、どういうことだろう? 冷静に考えてもなかなか分かってくるものではなかった。
――ひょっとすると、自分でも分かっていて、認めたくないと思っていることなのではないだろうか?
 そんなことを今までにもしばしば考えたことがあった。
 正則の友達に、
「俺はバカだから」
 というのを口癖にしているやつがいた。
 なぜか、そいつは仲間内でも人気があり、あまり人から憎まれるということはなかった。集団の中でもそのキャラクターは、
――愛すべき男――
 としての地位が確立していた。
「俺はバカだから」
 などと言っているが、本当は何でも分かっていて、その照れ隠しにそう言っているのかも知れない。
「いやいや、そんなことはない」
 とまわりから言われてまんざらでもない表情をするのは、自分をバカだなどと、わざと曖昧な表現をして、まわりの気を引こうとしているのは、確信犯に思えて仕方がなかったのだ。
 しかし、まわりもそんなことは分かっているのかも知れない。分かっていて彼を持ち上げようとする。それは必要悪を野放しにしてしまう感覚に似ているのではないかと思えてきた。
 それでもまわりには害がないのだから、別に必要以上にこだわる必要もなさそうだ。
 正則にはそこまでの才覚はなさそうだった。確信犯を口にして、まわりの怒りを買わない人は、一つのグループの中に一人くらいはいるのではないかと思っていた。ただ、その性格が目立つか目立たないかは、グループ全体には大した影響を及ぼすものではない。中には、
――空気のような存在――
 として君臨している人もいるかも知れない。
 ただ、いつ誰がそんな存在になるのかは、誰も分からない。グループの中には、最初からそんな性格を持って入ってきた人もいるだろうが、中には、グループの中での自分の立ち位置を考えた末、空気のようなそんな存在になろうと考えた人もいるだろう。そうでもなければ、グループの中に一人はいるというような頻繁にお目に掛かれるものではないだろう。
 正則は、グループの中にいたことはあった。そのグループの中には、そんな存在の人は彼だけだった。
 彼とは中学時代のグループの中にいた友達で、高校に入ってからのグループにはいなかった。グループに入ったと自覚した時、真っ先に彼のような性格の友達を探してみたがそこにはいなかった。しかし、自分がまわりからそんな雰囲気の存在に近い印象を持たれていたなどということは、知る由もなかったのだ。
 正則は自分の立ち位置をなるべく目立たないところには置いていたが、空気のような存在になりたいと思ったことも、どこか一点でもいいので目立ちたいなどと考えたこともなかった。
 ただ、最近正則は中学時代のグループのことは思い出すが、それよりも最近のグループのことを思い出さないことを気にしていた。確かに中学時代のグループを思い出したのは、彼のイメージが頭にあったからだが、そこからどんどん今に近づくかのように時系列に逆らわずに進んできているのに、近くに来てもなかなか思い出せないのが不思議だった。
――それだけ、彼のイメージが強烈だったんだろうか――
 と考えるようになった。
 社会人に入ると、今度は途端に一人になった。
 最初は、
――まるで五月病なんじゃないか?
 と思うほど、やるせない気持ちになったことがあった。
――何をやってもうまくいくはすがない――
 という思いを抱いていて、その思いは鬱病を思わせるものだった。
「何をやっていても、悪い方にしか考えられないのが鬱状態なんだよ」
 と、実際に鬱病で苦しんだことのある友達から聞かされたことがあった。高校時代の受験ノイローゼやストレスが鬱病を引き出したということだが、
「俺の場合は、躁鬱状態が交互にやってきていたんだ」
 と話をしていた。
 正則は、
「普通そうなんじゃないの?」
「いや、中には鬱状態だけがずっと続く人もいる。だから、そんな人は躁状態が見えてくると、その時点で、もう鬱状態に戻ることはないって聞いたことがあるんだ」
「それは、医者の話?」
「いや、知り合いの話だったんだけど、鬱状態を経験していて、そこから抜けたことのある経験をした俺には、その話はあまりにもリアルで、疑う余地などどこにもなかったのさ」
 と言っていた。
「医者の話よりも、経験者の方がリアルな話が聞けるかも知れないね。でも、鬱状態ばかりが続くのってどうなんだろう? 考えすぎてしまって、行き着く先は『死』を意識したりしないんだろうか?」
「そんなことはないんだ。ある程度のラインのようなものがあって、そこまで来ると、また上がっていくんだ。つまりは鬱状態の中で、感情が繰り返されるといった感じなのかも知れないね」
「治ってからはどうなんだい?」
「それが治ってからというのも、考え方は変わらないんだよ。ただ底辺のところで考えているわけではないので、下はある程度のところにボーダーラインがあって、そこからまた戻っていくものなんだ。まるでバイオリズムのグラフを見ているような感じと言えばいいかな?」
作品名:魂の記憶 作家名:森本晃次