魂の記憶
ショックではあるが、それは急に別れが襲ってきたことで、精神状態を整理することができないことでの失恋なので、さほど気持ちの上で立ち直りに時間がかかるとは思えない。しかもパターンが毎回同じだということで、ショックを和らげるすべも身についてくるというものだ。ショックがそこまで深くないのは、すぐに新しい男性が現れるからではなく、同じことを繰り返していることにある。それはそれで感慨深いものがあるが、今のパターンを崩す気持ちになるほど、由紀子には勇気を持つことができなかったのだ。
由紀子は、男性に対してあまり深く考えていたわけではない。恋愛というのは、軽い気持ちで付き合い始めて、お互いにどのように精神状態が変わってくるかということは、実際に付き合ってみないと分からないと思っていた。しかし、実際にはそこまで行くことはない。精神状態が変わった時点で、相手から引導を渡されるのだ。そのままショックが続いて、自分なりに何か答えを見つけられればいいのだが、間髪入れずに新しい男性が目の前に現れると、どうしても、その場の雰囲気に流されてしまい、見つけなければいけない答えを見つける環境から遠ざかってしまうのだった。
あれは、短大の一年生の頃、友達の影響で合コンに頻繁に顔を出していた頃のことだった。
やたらと由紀子を立てようとする女の子がいて、
――本当に親切な人だわ――
と、心の底で彼女に礼を言っていたが、その裏には、由紀子を立てることで、自分への関心を持たせたいという思いがあった。
由紀子に対して何もしなければ、男性の関心は自然と由紀子に向いてしまう。それは由紀子自身が望もうが望むまいが関係ないこと、もし、由紀子の気持ちで状況が左右されるのであれば、対応も変わってくるが、由紀子を見ているだけでは状況は変わらない。
ならば、由紀子をこちらから操るようにすればいいのではないかと考えた。操るといっても、由紀子に、
――操られている――
という意識を持たせてしまってはいけない。あくまでも、由紀子を立てているという風に思わせなければいけなかった。
由紀子がおだてに乗りやすい性格だということは、自他ともに認めるもので、おだてに乗りやすい性格を決して悪いことだとは思っていない由紀子に対して操ろうとするならば、実に扱いやすい性格であろう。
しかも、操られていると思っていないと、相手が親切で自分のためにしてくれていると思い込み、その思いが自分への愛情だと思うようになる。そうなってしまっては、相手が善意でもない限りは、完全に手玉に取られていることだろう。
もし相手に善意があったとしても、余計な愛情を抱いてしまうことで、相手に億劫に思われてしまう危険性もある。そう思うと、煩わしいという印象を相手に与えてしまい、余計に自分のことを悪く見せてしまうかも知れない。
「由紀子は、普通の人数合わせとは違うのよ」
と、由紀子のいないところで、由紀子の話題になった時、そんな意見が出た。
「どういうこと? もっと利用価値があるということ?」
「利用価値というよりも、由紀子がいるだけで、まわりの人が活性化されることがあるように思うの」
「逆じゃないの?」
「そんなことはないわ。由紀子のおだてに乗りやすい性格と、男性から好かれる性格とでは、矛盾しているように見えるんだけど、その両方が同じ時間に共有できている時は、逆に由紀子という存在がその輪の中から消えてしまうことがあるのよ。まるで路傍の石のように目の前にあるのに、ほとんど意識することもないのに流れがよくなるという潤滑油のような役目を果たしていると思っているのよ」
「でも、由紀子を前面に押し出すようなことはできないように思うんだけど?」
「それは確かにその通り」
由紀子に対して、特別な意識を持っている人もいたが、ほとんどは由紀子のことを、
――目立たない人――
という印象でしかなかった。
それなのに、なぜか男性から好かれる彼女を快く思っていない人は少なくない。
しかも、由紀子はすぐに男性と別れることになっても、また次の男性が現れることに対して、快く思っている人がいるはずもないだろう。ただ、それは由紀子が望んだことでないことを果たしてどれほどの人が気づいてくれているだろう。
少なくとも、由紀子のことを、
「ただの人数合わせではない」
と思っている人は気づいているのではないだろうか? 由紀子に対して同情的な目で見ていて、中には、
「自分も由紀子と同じようなところがあるかも知れない」
と感じた人もいるだろう。
ただ、それでも男性から好かれるというタイプではないことで、そのことと性格とは別のもので、由紀子にとっては、他の人と違う特徴の一つだと言えるのではないだろうか。
そんな由紀子にも、友達はいた。本当に友達と言える人は少ないが、由紀子の中で、自分が友達だと思っている人が本当に相手も友達だと思っている人がどれだけいるだろう?
逆に、由紀子の方では友達だと思っていない人でも、相手の方が由紀子のことを友達だと思っている人もいたりする。
前者は何人かいるが、後者は一人だけだった。名前は山中頼子といい、一緒に合コンに誘われることの多い女の子だった。
頼子の方は、由紀子のように、まわりから石ころのような存在に思われているようなことはない。人数合わせというわけではなく、合コンに参加すると、必ずいつも最後には仲が良くなる男性を見つけていた。
そんな彼女を由紀子の方では、
――その他大勢――
という認識で見ていた。
頼子が由紀子を友達として認識するのは、
――由紀子には自分と同じようなところがある――
という思いがあるからだ。そんなことを頼子が思っているなど、由紀子の方では知る由もない。しかも、頼子が自分と同じところがあるという性格を、由紀子の方では分かっていない。
要するに、由紀子の方では、頼子に対して何も感じていないということなのだ。
実は、頼子にも同じような経験が以前にあった。自分が全然意識していないのに、自分のことを意識している人が身近にいたのだ。
あれは、中学時代のことだっただろうか? 頼子はまったく意識していなかったのに、自分のことをよく分かっている女の子がいた。その女の子は、頼子が分かってくれないという思いを抱いたまま転校していったが、いなくなった途端、急に彼女の夢を見るようになった。しかもその夢はあまりいいものではなかった。
二人の間に思い出など存在しない。頼子の方が意識していないのだから、それも当然だった。それなのに、夢を見たというのは、思い出ではなく、想像もしていなかった状況だった。
頼子の目の前で、彼女が男たちから辱めを受けている様子が生々しい映像として湧き上がってきたのだ。見たくもない光景に、目を瞑ろうとしても、目を逸らそうとしても、どちらも敵わなかった。
「夢というのは、見たくない光景ほど生々しく瞼の裏に焼き付いているものなのよ」
と聞かされたことがあったが、まさしくその通りだった。
友達は助けを求めているが、急に目の前に広がっていることが夢であることを悟った。
――夢なら、そのうちに覚める――