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魂の記憶

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 ただ、気になるのは、さすが人気球団、勝ったチームよりも、人気球団が負けたことの方が見出しになる。しかも、痛烈な皮肉付きである。正則の心境は、微妙に複雑な思いがしていた。
――楽しいと思っていることが、相手の思うつぼだったりするのも癪だな――
 と感じていた。
 相手は、新聞を買ってくれればそれでいいのだ。新聞を買った人が見出しに対してどのように思うか、一喜一憂それぞれだ。いちいち一人一人の気持ちを考えるなど愚の骨頂、思うつぼに嵌りさえすれば、読む人間がどのように感じようと、そこは関係ないのだ。
 その日は休みということもあり、時間に余裕を感じていたので、家から持ってきた文庫本を読むことにした。最近はあまり時間がなく、あまり本を読んでいなかったので、持ってきた本を読むのも、かなり久しぶりだった。どこまで読んだのかは挟んであった栞を見れば分かるが、内容に関しては、克明に覚えているわけではない。
 数ページ前から読み返していけば、だいぶ分かるようになっていた。今回初めて読み始めるページまで来たときには、すでに読み始めてから三十分近く掛かっている。
 食べながらというのも時間がかかった理由ではあるが、実際に掛かった時間に比べて感覚的には短いもので、モノの十分くらいの感覚でしかなかったのだ。
 実際に新しい部分を読み始めると。今度は時間が経つのがさらに早くなっていた。同じ十分くらいの感覚でも、実際には一時間かかっていたりする。ただ、それは感覚が狂っているだけで、
――時間が早く感じられる――
 と感じていたことが本当のことだったのだ。
 読んでいる本がSF小説だというのも、皮肉なものだった。今から数十年前の小説ばかりを読んでいる。最初はミステリーだったあが、最近はSFに興味を持った。もし読んでいる本が最近の本だったら、SFに興味を持つことはなかっただろう。
 最近の小説はライトノベルが多いことから、SFというより、ファンタジーなどのような小説が多いような気がしていた。昔からの本格SF小説もあるのだろうが、売れるのはどうしてもファンタジー系の小説だ。それを思うと、最近の小説を読もうとは、今さら思わない。
――古き良き時代――
 そんな小説を昔からの純喫茶で読むというのも実に乙なものである。
 駅前から少し入ったところにある、いわゆる裏通りへの細い道、
「こんなところに客が来るのか?」
 と思ってしまうほどの寂れた場所ではあるが、休みの日に立ち寄ると、客は結構いたりする。
 それもそのはず、ほとんどが常連さんだった。
 表通りに面したところの商店街の店長さん関係が、朝のコーヒーを飲みに来ている。
 皆顔見知りのはずなのに、話をしている人がほとんどいないのがこの店の特徴だ。正則も、常連と呼ばれるようになってから、マスターとはよく話をするが、休日の朝、つまり今日のような日に来る客層に関しては、マスターから事前に聞かされていた。
「皆静かにしてはいるんだけど、これでも、ほとんどの人が商店街に店を構えている天功さんばかりなんだ」
 と教えてくれた。
 マスターは、元々洋服屋をしていたということだが、何を思って喫茶店に変えたのか分からなかった。もちろん、前の店は閉めて、売りに出されていた喫茶店を買い取ったあ形になっているのだから、
――奥に入り込んでしまった――
 という気持ちは拭えないだろう。
 しかし、それでもマスターにはマスターなりの考えがあるようで、
「僕はこの場所が気に入っているんだよ。昔ながらの喫茶店というのも好きで、自分が客なら、絶対に常連になるというような店を探していたんだよ」
「前の洋服屋は、表通りで?」
「そうだよ、今の店長さんも今はここの常連さ。お互いに商売の話をすることはないけどね」
 その話を聞いた時、この店で常連同士があまり話をしない理由が分かった気がした。お互いに話をするとどうしても、気を遣ってしまう。理由は、
「接客業の悲しい性」
 というところであろうか。
 マスターが以前は洋服屋を営んでいて、表通りで店を構えていたという話を聞いた時に、そのことにピンときたのだった。
「でもね、会話をすることはなくても、お互いに無言の会話が成り立っているような気がするんだ」
 と、マスターは話していた。
 会話というものは、声に出すだけではない。時としてアイコンタクトで成立することもある。しかし、正則は最後は声に出さなければ本心は分からないと思った。
――声には抑揚というものがある。目を瞑って抑揚を聞いただけで、表情が思い浮かんできそうだ。だが、目を見るだけで分かることもある、それが目力というものなのかも知れない――
 と思っていた。
 その日は、常連の人どころか、他の客もあまり見受けられなかった。マスターはそれでも忙しそうに立ち回っていたが、今日がどうしてこんなに人が少ないのかを訊ねてみると、
「もうすぐこの町内で祭りがあるんですよ。商店街の人は皆準備に駆り出されているので、朝は結構忙しいんじゃないかな?」
 と言っていた。
 今までは、店を開けて少ししてから、客の動向を見て、後はパートの女の子に任せて、この店に来ていた店長さんが多かった。示し合わせてもいないのに、皆同じくらいの時間に来るのは、最初こそ皆バラバラだったかも知れない中で、引き寄せられるような何かがあったからなのかも知れない。
――バイオリズムかも知れないな――
 業種は違えども、同じ商店街で店を構えている人たち、慣れてくると時間を図ることができるのか、同じパターンを頭に思い描いていたら、無意識にでも、同じ時間に集まるというのも、不思議なことではない。
 平日が休みの生活にも次第に慣れてくると、他の人が仕事のパターンを客観的に見ることができる。普段、会社勤めをしている自分とは、ずいぶんと違った毎日を送っている商店街の人たちであるが、他人事のように思えなくなっていた。
 普段は、人がいると、人間観察をしてしまうのだが、誰もいないと、何をしていいのか分からなかった。いつものように文庫本を開いて読んでいても、どこか上の空だった。
 それなのに、時間だけが過ぎていた。
 時計を見ると、すでに昼前になっていた。もうすぐランチの客が入ってくる時間だった。
「今日はそろそろお暇しよう」
 と言って、勘定を払って表に出た。
「あら、真田さん。今日はお早いのね」
 朝からのアルバイトの女の子が、ちょうど買い出しから帰ってきた。いつもならもう少しいるのだが、今日はすぐに店を後にした理由の一つに、アルバイトの女の子が買い出しに出かけているという話を聞いたからっだった。
「ああ、君がいないからね」
 半分は冗談だが、半分は本気で答えた。彼女はそれを受け流すかのように、
「じゃあ、もう少し待っていてくれればいいのに、私が買い出しに出てるのは、マスターから聞いて知っていたのでしょう?」
 図星だった。
 ただ、皮肉を言われるのも悪くはない。今まで皮肉を言ってくれるような女の子がそばにいなかったのだ。本当は彼女は別に皮肉を言ったわけではない。相手が女性の場合、少々の会話で、皮肉を言われたと思うこと自体、どこか正則には捻くれたところがあった。
作品名:魂の記憶 作家名:森本晃次