小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

魂の記憶

INDEX|12ページ/34ページ|

次のページ前のページ
 

 最初から覚えていなかったのか、それとも、その瞬間のことを思い出した瞬間、忘れてしまったのか、そのどちらかだろうと由紀子は考えていた。
 ただ、一つ分かっていることは、「羨ましい」という感情が自分の中にあったことである。きっと、友達やクラスメイトが男性とイチャイチャしているのを見て、羨ましく感じられたからに違いない。もし、イチャイチャしていた女性が自分の知らない人なら、こんな思いはしないだろう。自分と仲良くしてくれている人はもちろんのこと、少しでも知っている人のイチャイチャを見てしまうと、羨ましいという気持ちになったに違いない。
 その時に見た彼女たちの楽しそうな笑顔、それが羨ましく感じられるのだ。相手の男性は、由紀子が今まで感じていたように、気持ち悪いもので、男性という人種はあくまでも厭らしさに包まれていると思っているにも関わらず、女性の表情から、次第に自分が何を考えているのか、先が見えてこなくなっていた。
――ひょっとして鬱状態への入り口に、その時の先が見えなくなったという思いが影響しているのではないだろうか?
 と感じられるようになった。
 鬱状態を感じるようになったのは、意識としてはもっとずっと先だったような気がしたが、自分の意識の中に、
――遠い記憶になればなるほど、時系列がハッキリしない――
 という当たり前のことを再認識しようと思う時があるが、その影響なのかも知れないと思うようになっていた。
――遠い記憶と、近くの記憶――
 時系列という言葉を気にするようになったのは、いつ頃だっただろう?
 同じことを考えている人はいるだろうとは思っていたが、ニアミスをずっと犯していて、そばにいるのに気づかなかったというのは、何かの運命なのかも知れない。その人と出会うことで自分の運命も変わってしまう。そんな予感を感じさせる出会いの前に、まず自分に声を掛けてきた男性に何を感じるかということが肝心だった。
 その日は、仕事がいつもより早く終わり、由紀子以外の皆もほとんど同時くらいに一段落をつけていた。普段から残業も余儀なくされてきた仕事で、皆が同じように早く終わるのは珍しかった。
「どこか飲みにでも行きましょうよ」
 と、隣の机に座っている一年先輩の人から声を掛けられたが、由紀子はこんな日ほど早く一人になりたかった。
「ごめんなさい。今日はちょっと用事が」
 と言って、申し訳なさそうな顔をしてやんわりと断ったが、相手はどう思っただろう?
「しょうがないわね。じゃあ、今度誘った時は絶対ね」
 と、それほど怒っている風ではなかったし、次回のことを言われるのは、もう二度と誘われないわけではないので、嫌われたわけではないということで、一安心だった。
「ええ、本当にすみません」
 と一礼をして、頭を上げた時、すでに彼女は踵を返して、反対の方に向かって歩いていっていた。
 彼女のあっけらかんとしたところは、課員全員の印象であり、悪いイメージではない。そう思えば、しこりが残ることはないだろう。
 由紀子は、少しだけ後ろ髪を引かれる思いもあったが、会社を一歩出ると、後ろめたさはなくなっていた。普段から会社を一歩出ると仕事のことを忘れるようにしていたので、それが功を奏したというところであろうか。
 駅で電車を待っている時、後ろから声を掛けられた。
「由紀子さん」
 そこにいたのは、どこかで見たことがあるような気がしていたが、すぐに思い出せそうもないと感じた男性だった。
 最初に感じたのは、
――どうして、この人、私の名前を知っているのだろう?
 ということで、苗字なら分かるが名前の方で呼ばれると、自分が相手のことをすぐに分からないことが失礼に感じられた。失礼ついでというのもおかしいが、まずは確かめないことには仕方がない。
「あの、どなたでしたっけ?」
 今思い出せないのなら、一人で考えていても、ずっと思い出せないと思った由紀子は、そう聞くしかなかった。相手が何と答えるかが興味深いところだったが、その名前を聞いて、本当にピンと来るかどうかを思うと、由紀子の中では、かなり胸がドキドキしていたのだ。
「僕は森田と言います。森田啓介、以前学生時代に合コンでご一緒したことがあったんですよ」
 彼の表情は最初から安堵の表情が感じられた。どこにも棘があるような感じがするわけではなく、特徴がどこにあるというわけでもない。どこにでもいるような平凡な顔で、
――どこかで見たような気がする――
 という思いを抱いたこと自体、不思議に感じるほど、特徴らしいものはどこにもなかった。
 ただ、森田という苗字にはどこか意識があったような気がする。
「ああ、何となく思い出しました」
 正直に言うと、さらに彼はホッとしたような表情になり、
――この人のホッとしたような安堵を思わせる表情には、限りがないように思えてきたわ――
 と感じさせられた。
 森田というのは、短大時代に自分が慕っていた女性の苗字だったのを思い出した。
――目力が強く、頼りがいのある人だった――
 という印象が強かった。
「合コンの時、少しだけお話をさせていただいたんですが、覚えておられませんか?」
 と言われても、正直、由紀子には記憶がなかった。戸惑っている由紀子の表情をニコニコしながら見ている森田は、落ち着いているのだが、余裕を持っているように思えないのはなぜだろう? 余裕を持っていれば持っているで、その奥にある心の底を探ってみようと思うのだろうが、余裕があまり感じられないことで、彼の奥を見てみようという気持ちにはさせられなかった。
 ただ、余裕が感じられないといっても、焦っているわけではない。落ち着きは感じられるのだが、その落ち着きの正体が余裕ではないということだ。
――私のことを上から見ているのかしら?
 上から目線という言葉があるが、彼にはそんな視線は感じられない。その理由は、彼の中に失礼だという意識がまったく感じられないからだ。
 彼の態度すべてが自然であり、まるで由紀子が考えていることが不自然に感じるほどだった。
――あまり深入りしてはいけないということかしら?
 という思いも抱かせるほど、彼の落ち着きがどこから来るのか分からないことが、由紀子の中で精神的に引っかかっていたのだ。
「正直、あまり覚えていないんですよ。ごめんなさい。でも、私はあなたのことだけではなく、あまり合コンの時のことを覚えてはいないんですよ」
「そうなんですか? 別に酔っぱらっているようにも見えなかったので、覚えていないということは、合コン自体、あまり好きではないということでしょうか?」
「ええ、そうですね。人数合わせで呼ばれたようなものですから、あまり乗り気ではなかったということですね」
 それが正直な気持ちだった。
 彼に対して、別に嘘をつく必要もないし、逆にウソをついても、すぐに看破されてしまうような気がしていた。
「でも、僕はあなたにあの時、何か安心感のようなものを感じたんです。何かに包まれる安心感というか」
 と言って、遠くを見る目を感じた。彼の虚空に浮かぶ視線の先には、何が見えていたのだろう?
作品名:魂の記憶 作家名:森本晃次