短編集4(過去作品)
クリスマスイルミネーション
クリスマスイルミネーション
「うぅ、寒い」
街を歩いている人たちは、口には出さずとも、背中がそう言っているのが分かる。マフラーを巻いた上からコートの衿を立て、小刻みに震えるように背中を丸めて歩いている。その姿に見ているだけで寒さを感じてくるのは私だけではないだろう。
私がいるのは、駅前のとある喫茶店。街はすっかり師走の光景で、クリスマス・イルミネーションがあちこちに見られる。店の中のBGMもお決まりともいうべき、クリスマスソングになっている。
私の心も否応なしにクリスマス気分になっていて、それはそれで楽しいものだ。年末のあわただしさもクリスマスというイベントがあることで楽しく過ごせるのなら、それに越したことはないからだ。
「今年も寂しいイブなんだろうな」
表のイルミネーションを見ていると複雑な気分になる。
確かに年末のあわただしさを楽しめるのだが、やはりそれも一人では寂しいかぎりだ。誰か一緒に過ごしてくれる女性が欲しいと本当に思うのもこの時期で、楽しさと寂しさが同居しているのである。
しかし都合のいいもので、クリスマス直前になるまでそんな女性が現れることを真剣に期待している私の頭も実に「おめでたい」。今まで何度も同じことを期待してきて、期待に添えたことなどなかったにもかかわらず、同じことを繰り返す。
――男とはなんと懲りない人種なんだろう――
幾度となく自分に言い聞かせては、苦笑しているのだ。
ショーウインドウを見るたび、煌びやかなイルミネーションが写ったガラスの向こうの商品が高価に見える。
――女性はこういうものを欲しがるんだろうな――
とても自分の給料で買えるはずもない高価なものが並んでいる。それを見るたび、世の男どもの哀しい“性”に絶句するのだが、それでも一度くらいは自分もそれをプレゼントしたくなる人が現れることを願っていることに気付く。
――俺が? まず、ないわな――
自分に言い聞かせてみるが、シルエットとして浮かんでくる女性も表情がはっきりしないため、プレゼントして喜んでくれる顔を想像することができない。もし想像できたならば、プレゼントする自分を思い浮かべることができるのだろうが、それが叶わぬ以上、無理な相談だった。
その日もいつものように仕事が終わり、早く帰ってもすることがないということで、夕食がてらに駅前にある馴染みの喫茶店に寄ってみた。
そこは以前から利用していて、窓際に座ると大きな一枚板のガラスでできた窓から、表を見ることができ、人の往来を漠然と見ることができるのだ。
仕事が終わってからの脱力感には、人の往来を漠然と見ているのがいい時もある。何も考えず、BGMでも聞きながら見ている光景は、私にとって疲れを癒すには最高なのかも知れない。
その日も私は漠然と表を見ていた。
イルミネーションが明るいとは言いながら、日はとっくに暮れている。店の中は赤々と照明がついていることもあってか、ガラス窓に写る光景は店内が反射して見えてくるのだった。
煌びやかさが激しく、時として人の往来がはっきりと見えなくなることもあるくらいである中、
――おや? 誰かに見られているのかな?
と感じた。
その視線を背中に感じ、さっそくガラス窓に反射して写った店内を見てみた。これだけ煌びやかな中で分かるわけもないかとも感じたが、よく見るとちょうど後ろに一人の女性がトレーを持って立っているのが見えた。
――こんな状況でよく分かったものだ――
そう思いながら、首を反転させ、後ろを振り向く。果たしてそこにはガラス窓に写っていた女性が、私を見下ろすようにしながら、しっかり立っているではないか。
それを見上げる私の表情を想像してみたが、何とも情けない顔しか浮かんでこない。
無表情に立っている女性は、何か言おうとしているのだが、声になっていないようだ。
「あ、どうぞ」
この席に座りたいのだと思うのが早いか、私は彼女に対面の席を勧めていた。
「ありがとうございます」
そう言って軽く会釈した彼女は、トレーを置くと、そのまま腰掛けた。まわりの席を見ているが、奥の方の席は空いている。わざわざこの席にしなければならない理由はどこにもないはずだった。
きっと私は妙な表情で彼女の顔を覗き込んでいたに違いない。しかし、そんなことはまったくお構いなしに腰掛けた彼女は私を気にすることなく表のイルミネーションを見ていた。先ほどの無表情さに比べ、少し笑顔が出ていたような気がするが、それでもまだ感情が表れたような表情には程遠いようだ。
「ごめんなさいね。私、ここからの景色が忘れられないの」
いきなり喋り出した彼女に少なからずの戸惑いを見せながらも、きっと冷静だったのだろう。
「あ、いえいえ、何か思い出でもあるのですか?」
と、聞きたかったことがすんなりと口から出てきた。
「ええ、ここでよく以前お付き合いしていた方といつまでも窓の外を見ていたものですから」
笑顔に見えた表情は懐かしさを含んだ「遠くを見る目」だったのかも知れない。そう思うと私がいつも漠然と見ている表情も知らない人から見れば、きっと笑顔に近い表情に見えるのかも知れない。
彼女は、まだ二十歳になったばかりくらいだろうか。ひょっとしてまだ十代かも知れない。少なくとも私よりは若く見え、まだ学生で通りそうな雰囲気もある。好みといえば、私の好みのタイプかも知れないと思いながらその横顔を見つめていた。
――そういえば、俺もよく彼女とここからいつまでも外を見ていたっけ――
目を瞑ると、その時の思い出がよみがえってくる。
だが不思議なことにその時付き合っていた女性の顔がまったく思い出せないのだ。なぜだか別れてしまってから、彼女の顔が私の記憶から消えてしまったのだ。いや、消えたというのは語弊があるかも知れない。記憶の奥に封印されたと言った方が正解だろう。
この店は座席もいろいろ種類がある。セルフサービスになっていて、注文カウンターの横にはカウンター席が並んでいて、その奥には木でできた椅子に丸テーブルといった席が点在している。かと思うと、窓際にはソファーの席が用意されていて、少し高級感さえ感じられる。私はいつもソファー席に座ることにしていて、なぜかいつも私が行くと、その席は空いていたのだ。
たまたま客の少ない時間帯を狙っていくことが多いのだろうが、グループで立ち寄る人たちは奥の丸テーブルの席を使うので、窓際のソファー席は空いていることが多いのかも知れない。
目を瞑ると香水の香りが漂ってくるのを感じる。
付き合っていた彼女はあまり香水をつける方ではなかった。元々あまり香水の香りは苦手な方だった私に気を遣ってくれていたのだ。
――甘いイチゴのような香りだな――
暖房効果のせいもあってか、店内に充満してしまいそうなほどの香りに感じた。今まで柑橘系の香りの香水は何度か味わったことがあるが、イチゴの香りは初めてだ。最初、辛くて席を離れようかとも感じたが、慣れてきたのだろうか、それほど辛さを感じなくなっていた。
――甘みを感じるような顔立ちだな――
作品名:短編集4(過去作品) 作家名:森本晃次