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短編集4(過去作品)

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 姉は最初私に気付かなかったようだ。ゆっくり歩いていたからであろう。
「あら? 今お帰り?」
「うん、ねえさんと一緒になるなんて初めてだね」
 その日は私の方がいつもと違う時間だったのにもかかわらず、姉がこの時間にいること自体が不思議に思えてきたのは気のせいであろうか。
「月を見てたらね。ゆっくり歩きたくなったのね」
 そう言いながら月を見上げる姉の顔が、月明かりに照らされていて、はっきりとした表情を掴み切れなかった。後から考えれば顔色が冴えなかったのかも知れないとも思う。
 私と姉はそこからゆっくりと歩き始めた。姉と歩く時は比較的早歩きをすることが多いのに、その日はゆっくりだった。最初は月を見ながらだからだろうと思っていたが、次第に自然と下がってくる姉の視線を私は見逃さなかった。明らかに口数は少なく、いつもの姉とどこか違っていた。
 私は姉の表情を垣間見ようと努力を重ねたが、ロングの髪が邪魔になるほど視線が下の方になっているので、努力は無駄に終わってしまった。声のトーンからも容易にいつもと違うことは判断でき、腫れ物に触るように言葉を選びながら話すことにも限界を感じ、結局会話は中途半端なまま無言で歩き続ける状況を余儀なくされてしまった。
 姉に対していとおしいと思ったのは、後にも先にもこの時だけだった。少し子供っぽい頼りないところのある姉ではあったが、それでも姉として尊敬もしていたので、いとおしいなどの心境に至ったことなど、もちろんあるはずもない。
 そんな姉が私に何の相談もすることなく、まもなく結婚していったのだ。弟としては祝福する気持ちでいっぱいだったのだが、しかし心の底で何か煮え切らないものがあったのも事実である。
 姉のイメージを持った女性……。私がずっと捜し求めていたのはそんな女性だった。綾子と姉は一見雰囲気はまるで違う。いつも明るく振舞っているが、どこか弱いところが露見しすぐ私に相談を持ちかける姉。逆にあまり明るい雰囲気を醸し出しているわけではないが、芯はしっかりしていて頼ってしまいたくなるタイプの綾子。よくよく考えると共通点はあまり考えられない。
 綾子は積極的な女性だった。私の部屋にやってきて同棲を始めた時でも私に変な意識を与えることなく自然にやってきて自然に接してくれた。積極的な中にさりげなさを兼ね備えているのだろう。
 姉への想い……。
 私が最初に意識した女性は姉だった。小さい頃は男友達と変らないように接してきたのだが、ある日突然オンナを意識したのだ。そう、あれは母が赤飯を作った時だった。
 もちろんまだ十歳にもなっていなかった私にそのわけが分かるはずもないのだが、今まで見せたことのない姉の恥じらい。私にとって姉が一瞬遠い存在となった。
あの時の姉をいつも私は捜し求めているのかも知れない。それからの姉を見続けていたが、姉に彼氏ができた時でもあの時ほどの感動があるわけではない。学生時代に私が初めて付き合った女性にときめいた想いとも別のものであった。
もし姉に感じたのと同じ想いを感じた女性がいるとすれば、おそらく綾子だけだろう。最初はそうでもなかった。少なくとも普通に付き合っている時に感じなかった思いを出て行ってから感じたのだ。
 では綾子にとって私はどのように写ったのだろう?
「危険のない男性かしら?」
と言ったのを思い出した。
 冗談めかしてはいたが、目は真剣だった気がする。最初言葉の意味がよく分からなかったが、それは私に対してというよりも、今までの自分の体験から感じているとすれば少し納得いくところもある。
 綾子には、どこか陰があった。時々話していても上の空の時があり、虚空を見つめるその目は明らかにいつもの綾子ではなかった。逆に言えばそこにこそ綾子の性格が出てるようにも見え、色っぽく感じるのは今まで大人の女性と付き合ったことがない証拠かも知れない。
 姉が少女からオンナに変わった時に感じた想いがそこにはあるのだ。
 そういえば綾子もフィルムに収まるのが好きな方ではなかった。チューリップをバックに撮った写真にしても、やっとの思いで説き伏せたのだ。最初は恥ずかしがっているのかと思っていたが、どうやら生理的に受け付けない性格のようだ。
「写真って撮られると、身体が固まってしまうような気がするのよ。私って変でしょう?」
 そう言って笑っていた綾子に、
「そうかな? 僕も時々そんな感じがあるよ」
と、嘯いてみせた私だったが、実際一緒にチューリップをバックに撮った例の写真を摂った時、一瞬であったが身体が固まってしまった気がした。暗示に掛かりやすい性格が災いしたのだろうか?
 どちらかというとすぐ真に受けるタイプの私はおだてに弱く、うまく乗せられて難局を難局とも思わず乗り越えられたことが多々あったような気がする。自己暗示にも掛かりやすく、自分としては長所だと思っている。
 しかしさすがに写真の時に感じた思いは気持ち悪く、以後決して写真を撮ろうとは思わなくなった。したがって綾子との写真は後にも先にもあの一枚だけということになる。
 ある日綾子が言ったことがあった。
「不思議ね。あなたと一緒に撮ったあの写真の時が初めてだわ」
「何が?」
「あの写真を撮った時ね、初めて身体が固まった気がしなかったの。今まで嫌々フィルムに収まっていたからかしらね」
「それはよかった。きっとそうだったんだろうね」
 そう言いながら、私の方へ頭を傾げていた。まさか伝染したのでは?
 しかし同じ思いをしたことに対して、少し複雑ではあった。
 思い出の写真、部屋に帰ると綾子がいる時からであるが必ず最初に目が行くようになっていた。完全に癖になっていて、写真を見ることによって初めて自分の部屋に帰ってきたような気になる。私にとってすべてが自然な一連の流れとなっていたのだ。
 いくら酔っていたとはいえ、なぜすぐに気が付かなかったのだろう?
 ひょっとして、私には写真が見えていたのではないだろうか? 無意識とはいえ目が行ったはずの写真立てである。
 いつも見ていてすぐに見つけやすいものほど、意外と気が付きにくい。そんな心理は私だけではないだろう。いったん、そこから目を離してみることにした。
 いつものように部屋に入る時に確認する郵便受け、今日もダイレクトメールや宣伝広告と、よくもまあ懲りずに置いていくものだ。何気なく目を通すこともいつもの日課で、どうせたいしたものなど入っていないだろうと思いながら見ていた。
「おや?」
 その中に可愛らしい封筒にきれいな女性文字で書かれた手紙が、私の目に止まった。見覚えのある文字、忘れるはずのない文字、一瞬何かの間違えではないかと思えるほどで、実際ときめきとともに変な胸騒ぎも覚えた。
 裏を見ると果たして差出人の名は私の想像通りで、そこには姉の名前が書かれていた。いてもたってもいられず、とりあえず封を切った私はおそるおそる中を開いてみる。挨拶文は姉らしく簡潔に書かれていたにもかかわらず、本文はといえばどうにも要領を得ない。
作品名:短編集4(過去作品) 作家名:森本晃次