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短編集4(過去作品)

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 二人で暮らしていてちょうど良かった一LDKの部屋も、一人で暮らすには少しばかり広すぎる。一部屋は完全に寝るだけの部屋となり、掃除もまともに行き届かない。だが、リビングだけは自分の生活範囲ということでなるべくきれいにと考えている。
 とりあえず暖房のスイッチを入れた私は、テレビをつけると、コーヒーを入れる用意を始めた。これは家に帰った時のいつもの行動であり、暖まった部屋でテレビを見ながら、ゆっくりコーヒーを飲むのが恒例となっている。
 コーヒーの香ばしさが次第に鼻をつくのを感じると、身体が暖まるにしたがって気分的にも落ち着いてきた。酔いはすでに覚め、心地よい睡魔を伴っていたが、コーヒーの香りがその睡魔をも抑えてくれる。
 出来上がったコーヒーをゆっくりと口に運ぶと、まるで目の前に綾子が座っているような錯覚に陥るのもいつものことだった。薄目を開け、何気なく見ているテレビではバラエテイ番組をやっていて、目は捉えていても頭で理解していないのが現状である。意識はいるはずのない目の前の綾子へと向けられていた。
「おや? 何かが違う」
 綾子を意識しながら部屋を漠然と眺めるのもいつもの行動だったが、視線がある一点を通り超えてからのこと、それ以上先へは進まなくなった。
「何が違うんだろう?」
 ある地点を過ぎてからのことなのだが、どこかの何かが変ったことを感じ、しかもそれを感じたのはその通過する一瞬だけのことであって、改めてもう一度見ても同じ感覚はよみがえってこなかった。
 これも時々あることだ。不審に感じ再度同じ行動を取っても、もう二度と同じ感覚を味わうことができない。なぜなのだろう? と考えてみてもすでに遅いのだ。すぐに気にしていたことさえ忘れ、平常心がよみがえる。見たのと同じ現象が起こった時、以前にも……と思うのは、その時の記憶が潜在意識として残っているからに違いない。
「前にも同じような思いをしたり、見たりしたことが……」
 いわゆるデジャブー現象と言われるものだが、この感覚に陥った時、一瞬だけ思考回路は昔に戻るようだ。しかし宿命としてそれは一瞬だけのことのようなので、我に返った時には思考回路は行き場を失い、その場で彷徨うしかないのかも知れない。
 いつも見ていて目の奥に焼きついているはずの光景というのは、少しくらいの変化があっても得てして気付かないものだ。そういえば、実家にいる時自分の部屋でも同じ思いを何度となく、したものだった。
 たとえば毎日昼食に通っている馴染みの喫茶店があり、そこに飾ってある絵が、ある日突然違う絵に変わったとして、すぐに気づくものだろうか? 絵に興味のある人はすぐに気付くであろうが、パッと見て「何か違う」と思うのが関の山ではないだろうか? 全体を漠然としてしか見ていないからそうなのだろう。
 いつもであればそのことで尾を引くということはあまり考えられない。変だなと思うだけで、私はそれほど深く考えることをしないタイプである。しかし、今日はどうしても気になってしまい、そこからなかなか目が離せなかった。
 私なら、すぐにでも気付かなければならないことのようである。酔いが邪魔して分からない自分が歯がゆくて仕方ないが、それが次第に焦りとなり思い出せるはずのことが思い出せないようになっている。
 私は立ち上がり、そばまで寄ってみた。それこそ無駄であることは最初から分かっていたはずなのに寄って行ったのは、少しでも角度を変えて見てみようという苦肉の策だった。
「同じことか?」
 もう一度ソファーに腰掛け、コーヒーを口に運ぶ。
「ん? ひょっとして」
 何かに気が付いた自分が認識できたはずだった。しかしその時ほぼ同時に自分の意識がどこかへ飛んでいくような錯覚があった。指先は痺れ、睡魔に似たものだという思いが頭を巡った。遠のいていく意識の中で、確かに私は何かに気付いていた……。
 まるで木のように硬いソファー、身体を包み込むような包容力すら感じていたソファーが硬く感じられたのは、目が覚める寸前だったからに違いない。
「ああ、もうすぐ目が覚めるんだなあ」
 時々感じる思いであるが、その日は特に強く感じられた。ベッドで寝ているのではなく、ソファーの上で寝ていることも夢の中でしっかり認識しているのだ。
 頭が少し痛い。呑みすぎたことへの後悔が襲ってくる瞬間である。
「ああ、口がヒリヒリする」
 またしても呑みすぎたことへの後悔だ。口の中が乾ききっているため、口内炎の痛みは最高潮に達した。
「こんな時、綾子だったら……」
 すでにテーブルの上に口内炎の薬とお冷の入ったコップが置かれているだろう。同じように口内炎で苦しめられる綾子には私の気持ちが分かるはずなのだ。
「あれ? ああ、そうか」
 昨日何かこの部屋でどこか変ったところがあると思っていたが、やっと気が付いた。
 綾子との始めてのデートで行った遊園地、そこは季節ごとの花がきれいに区画され、色とりどりに素晴しい芸術を見せてくれるところとして有名だった。ちょうどチューリップの時期だったこともあり、バックにはオランダを思わせる風車がセッテイングされていて、二人満面の笑みを浮かべながら撮った仲むつまじい写真がある。
 その写真を写真立てに入れ、一番目立つテレビの上に置いておいたはずなのだが、それが見当たらないのである。
「一体どうしたのだろう?」
 しばらく回転し切らない頭で考えていたが、考えはまとまらない。首を動かそうとしてもなぜか億劫で、自分の意志が頭にうまく伝わらないようだ。
 いや、心の底ではその位置から頭を逸らしたくないと思っているからかも知れないとも思う。
 最初こそ目を凝らすように見ていたが、次第に目が慣れてくるにしたがって逆にぼんやりと見つめるようになっていた。目が覚めはっきりと見えるようになってきたことから、精神的に落ち着いてきたのだろう。
 視線がだんだんと下へと下がっていくのを感じたのは、だいぶ経ってからだった。気が付けばすでにテレビ画面近くまで来ていて、自分の意志と関係なく身体は潜在意識の元に動いているような気がしてくる。
「まだ夢の中なのだろうか?」
 いつもなら、そう思ってみてもすぐに打ち消すだけの意識があるのだが、今日に限って言えば、その通りかも知れないとも思う。精神的に不安定な時に陥りやすいことで、少しいやな予感がしてきた。
「鬱状態の入り口では?」
 躁から鬱に移り変わる時というのは予感めいたものがある。ある日突然お腹の辺りがムズムズし始め、それが身体の異変でないことを自分が知った時などに起こりやすいのだ。
 口内炎は内臓が悪いと出来やすいという。私は昔から内臓が強い方ではなく、小さい頃から内科通いをしていた。しかし、綾子から内臓が悪いなど一言も聞いたことはなく、私が内臓と口内炎の関係を話した時など、私には関係ないとでも言わんばかりに上の空で聞いていたのを思い出した。
作品名:短編集4(過去作品) 作家名:森本晃次