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短編集4(過去作品)

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 同い年くらいの人もいなくはないが、ほとんどが若い女性に中年男性と、少し曰くありげなカップルが多く、さしずめ会社の女性事務員とその上司や、不倫カップルといった雰囲気である。
 横目でチラリと彼女を見たが、視線を逸らすことなくカップルを見ているその目に、好奇の視線を感じるのだった。私の彼女に対する認識からすれば、てっきり目のやりどころに困るような、純なところのある女性だと思っていたが、それは買かぶりすぎかも知れない。
 逆にそんな周りに刺激されてか、彼女は腕を私の腋に忍び込ませる。
――大胆だな――
 と思った。
 しかしそれは最初だけで、彼女の忍び込ませたその腕が微かに震えているのを感じた。しかもそれが次第に激しくなり、目立って感じられるようになると、私の腕に当たっている胸の鼓動の激しさを、はっきりと感じられるようになった。
――可愛いな――
 私も自分の胸が高鳴っているのを感じていた。今までに女性とデートしたことがなかったわけではないが、会ったその日にいきなり腕を組んで歩くなど考えたこともなかったからである。
 次第に頭が私の腕に寄りかかってくる。腕に掛かる力も強くなり、それでいて彼女から感じる身体の脱力感は、私にすべてを任せているような感じさえ受けた。
「大丈夫かい?」
 少し酔いが回ってきていることは分かっている。しかしそれだけではないことも私には分かっていて、どうしてもとりあえず聞いてみたくなったのだ。
「ええ、大丈夫」
 息絶え絶えに聞こえるその声は、酔った頭を刺激する。はぁはぁと昂ぶりとも、苦しさとも取れるその声は、私の男としての理性を擽るに十分だった。
「コーヒーでも飲んでいかれますか? 店と違ってインスタントしかありませんけど」
 いつもであれば、さりげなく断ったかも知れない。だが、あの時に感じた彼女への思いは思い出すことができるが、もう一度同じような気持ちの再現ができるはずないと思うほどで、まるで夢の中にいるかのようだった。
「では、お言葉に甘えて」
 苦笑しながらであったが、何の抵抗もなく彼女の気持ちを受け入れられたのは、いかにもその場の雰囲気が自然で、自分自身素直になれたからであろう。
 彼女は一応マンションに住んでいて、私の大学時代に住んでいたボロアパートからは信じられない。それもこれもバイトあってのことであろう。
 玄関先からリビングまで小綺麗になっていて、さすが女性の一人暮らしを思わせた。自分の部屋など足元にも及ばない。
「あ、どうぞ。奥のソファーでゆっくりしていらして」
 十畳ほどの綺麗に片付けられたリビングの奥には、小さなリビングセットが置かれていた。
 テーブルの上は灰皿が一つ置かれているだけで、あと余分なものは何もない。いつもこんなに綺麗に片付けられているのだろうか?
「綺麗に片付いてますね」
「ええ、いつもと違うと気持ちが悪い体質なの」
 潔癖症は決して悪いことではない。特に女性ならそれくらいであって不思議はなく、ただいい加減な私から見れば、実に羨ましい限りだ。
「灰皿……。タバコを吸われるんですか?」
「あ、いえ、たまに来る知り合いが吸うんですよ」
 彼女が見せたほんの少しの戸惑いを、私は見逃さなかった。
 たまにしか来ない友達のために、潔癖症で余分なものを表に出していない彼女が、これ見よがしにテーブルの上に置いているわけがない。いつ来るか分からない人のために彼女はテーブルに灰皿を置いているのだ。
――じゃあ、僕を迎えいれていいのだろうか――
 酔った頭の中で考えてみた。たぶん彼女が用意している灰皿を使う人がいるとすれば、男だという気がしてならない。友達の女性だったら、取り出してくるだけでいいことである。
 その人は、テーブルの上に灰皿があって当然の人なのだろう。部屋に入るなり、腰を下ろしておもむろにタバコに火をつける。まるで自分の家に帰ってきたかのような開放感が男にそういう行動を取らせる。すべてが暗黙のうちに当然のごとく行われ、そこに灰皿があることは当然の摂理なのだ。
 私はそういう想像を巡らせた。すらりと背の高い痩せ型の男で、メガネをかけているところまでは想像できたが、顔は影のように真っ黒である。想像つかないわけではないが、あえて想像しないことにした。
 背が高く痩せ型でメガネ……。
 その姿、それはまさしく私である。
「ちょっとトイレお借りしますね」
 私は彼女にそう言って、教えてもらったトイレに向かった時だった。途中、彼女がいるキッチンを何気なく横目に見て行ったのだが、よく見ると贔屓目にもあまりきれいに片付いているとは言えなかった。
 スーパーのビニール袋には、片付けられていない食材が詰め込まれていて、その横の袋はゴミ箱と化していた。
 私は実はそれほど聡いたちではない。どちらかというと自分もズボラで、いい加減な生活をしている方だと思う。それだけに綺麗に片付いているリビングとは対照的なキッチンを見ると、それが目立って見えて仕方がない。
 気になり出したらなかなか他へは気が回らないもので、綺麗なところの代償は他の部屋にあるかも知れない気がしてきた。
 私が気になっているのは、綺麗なのがリビングだけということである。
 まるで誰かが来るのをいつも予感しているからのような気がして、やはりこの部屋にはいつも誰か男性が来ているという予感はまんざら嘘ではないかも知れない。
 さっきの私は、少しそのことについて気になったから、遠まわしにではあるが、訊ねてみたのだ。
 彼女の怪訝な表情は、やはり男の匂いを感じさせるに十分だった。
「僕がここにいていいんですか?」
「ええ」
「誰か尋ねてくる人がいるのでは?」
 我ながら思い切ったことを聞いたものである。少しの仄かな酔いが私を大胆にさせるのかも知れない。
 彼女もさすがにそれに答えず、ただ大きく首を左右に振った。なぜ言葉で言わなかったのだろう?
 しかしアクションは大げさなくらい激しく、その後に見せた寂しそうな目が、彼女の行動に正当性を当てはめた気がするのだった。
――そうじゃなきゃ、あなたを入れたりしないわ――
 彼女の目がそう言っている。
 今日誰もいないことは分かっている。私と彼がかち合うことは絶対にないのだ。
 単純に考えれば、今の彼女は傷心の最中で、寂しくて寂しくてたまらない。それが心だけでなく身体もそうなのかまでは分からず、想像することは却って彼女に失礼ではないかと思うのだった。
 その人との思い出になるものでも残っているかも知れないと、浅ましい思いの元、私は部屋を見渡していた。さすがにそれらしきものはどこにもなく、もしそういう人がいたとするならば、彼女にとって思い出すだけでも辛くなるほど深い仲だったことを示している。
――では、なぜ私を――
 その人を忘れるためのただの“遊び”だということであれば、こちらも気が楽だ。
 正直、嫉妬を感じないと言えば嘘になるが、それならそれで気楽かも知れない。深入りしてはまずいかも知れないという思いがあったとすれば、意外にもそれは最初に会った瞬間だったのかも知れない。
「お待ちどうさまでした」
作品名:短編集4(過去作品) 作家名:森本晃次