短編集4(過去作品)
見え隠れする心情の中で、それだけははっきり分かる。オーラとして伝わってくるといっても過言ではない。それだけ彼女と私は波長が合っていた。
今まで女性を抱いたことはないと思っていた私の気持ちが揺らいだのは、彼女との最初の夜だった。
それまでの女性は、私が相手を気にし始めると途端に引いていった。まるで判で押したようにである。確かに私が同じタイプの女性を好きになることが最大の理由だったのだろう。しかし、そこの裏に何か作為的なものを感じてしまうのは、私の被害妄想が強いからであろうか?
今まで、自分にないものを女性に求めていた。自分の性格が自分で分かっていると思い込んでいたからかも知れない。一人でいる時間を大切にしていたいと思う反面、どうしようもない寂しがり屋で、絶えず誰かに見つめてもらっていないと嫌な性格……。実に自分勝手なわがままな性格であろう。
しかし私はこんな自分が嫌いではない。否定したい気にもならないし、むしろ気持ちに正直に生きていると思っているほどだ。時々友人から、
「お前は自己主張が強いからな」
と言われてびっくりすることがある。
「自己主張が強いのではなくて、自己満足に浸りたいのかも知れない」
と言い返したかったが、何とか喉から出さずに抑えている。
今までにその気にさせられた女性も何人かいた。どちらかというと最初から好きだったというよりも、相手が私を好きになってくれたから好きになったと言った方が正解かも知れない。
自分はそのことに関しては以前から疑問に思っていた。
いつも同じパターンで、判を押したようにふられている。こっちからふったことなど一度もない。そこには好きになってくれたという思いが根底にあり、私が嫌いになってはいけないという思いがあるからに違いない。
――しかし、本当にそうだろうか?
自分に問いかけてみる。
別れはいつも突然なのだ。相手の女性が私を避けるようになる。それまでとはまったく違う行動に最初は戸惑っていた私も、
――ひょっとして避けられているのでは?
と、ある日突然に感じるのである。
そう感じ始めたら後は早いもので、お互いがぎこちなくなるのも仕方がない。
「どうして、最近話そうとしないんだい?」
あまりにも会話を避ける女性に対し、最初はこちらも意地になり話しかけることもなかった。しかし、その頃にはもう私自身が女性を無視することができないほど、本気モードになっているのだ。
「ごめんね」
彼女たちはそれだけしか言わない。その言葉の裏にはかなりな思いが隠されていることはいくら鈍感な私でも分かっている。
しかし、追求することを躊躇わされた。追及して返ってくる言葉が怖いのもあるが、もし言葉が返ってこなかったら、追求したことで自分が嫌でたまらなくなるからである。しばらく彼女が落ち着くまで待つしかなかった。
これもいつも同じパターンである。
その頃にはさすがに、
――いつも同じ女性を好きになるのでは?
という思いが私を苛める。仕方のないことだと思う自分を、もう一人の自分が苛めるのだ。好きになられるとその気になってしまう自分が悪いにもかかわらず、引いていった彼女たちに対して、憎しみのようなものが湧いてくるだろう。表に出してはいけないこととして封印してしまうと、それがそのまま自己嫌悪に発展してしまうことが私にとって一番嫌なことだった。
「ごめんね、としか、言えないの?」
自己嫌悪は私にとって辛いものだ。自分の気持ちを封印するということは、自分の気持ちを否定することにつながりかねないからだ。自分の気持ちに正直に生きることをモットーとしている私にとって、それは耐え難い屈辱である。そんな思いをするくらいなら、相手の真意を怖くても確かめる必要がある。それが私にとって一番の選択だからである。
彼女たちは答えない。返事を返そうと私を見つめているのだけれど、言葉にならないのだ。そんな時、
――聞くんじゃなかった――
と後悔をするが、それも一瞬で、言葉を返せないのが迷いからだと思った私は、
「心配しなくてもいいよ、気持ちが落ち着くまで待っていてあげる」
その後も言葉を続けたが、最後に、
「ごめんね」
と締めくくられてしまっては、そこから言葉が続いて出てくるはずもなかった。
確かに私の本心ではあるが、それほど相手を待つことができないだろうと思う私もいるのだ。
なぜなら私はいつもいろいろな思いが頭を巡っているからである。悪い方に考え始めると、悪い方へとばかり頭が行ってしまい、結論など出るはずもない堂々巡りを繰り返しているだけになってしまう。
そんな中、私が自分から好きになった女性もいる。
確かに彼女も私のことを気にしていてくれたらしいが、それも後になって聞いたことである。女性の視線に気付かないほど、私の方の視線が強かったのかも知れない。
あどけなさが残っていて、優しそうなその表情の裏に、実はしっかりとした自己主張を持っている。そんなタイプの女性で、しかも謙虚なところもある人だった。
――今までこんな女性は見たことがない――
初めて自分の理想の女性に出会ったような気がした。
それまで自分から女性に声を掛けるものではない、とまで思っていた私が、初めて声を掛けた女性である。
――自分から真剣に追いかけ始めた――
ということを自覚したのは、彼女が私と初めてデートしてくれた次の日のことだった。
元々、彼女と知り合ったのは私が社会人になってすぐだった。取引先の訪問に先輩に連れられて行ったのだが、そこの事務員だったのだ。
その頃の私には、ある程度男としての自信があった。
もちろん、就職して間もない頃で、不安がいつもついて回る時期でもあったが、なぜか自信もあった。それは根拠のないものではあったが、ひょっとして躁状態だったのかも知れない。落ち込むと底なしに悪い方へと考えてしまう私が何とか落ち込まずに済んでいるのは、その根拠のない自信のためなのかも知れない。
――自分は自惚れているくらいでちょうどいいのだ――
時々、そんなことを考える。
いつも何かを頭の中で考えている私は、自惚れているくらいの方が、理屈を組み立てながら考えることができる。落ち込んでいる時など、同じように考えているつもりでも、周りの見る目を気にしてしまったり、邪推が入ったりと、結論に至ることのないアリ地獄に落ち込むことは必至だったのだ。
頭の中が論理的に機能している時は、往々にして予想しえないようないいことにぶつかることがある。しかし彼女に出会うことだけは、自分の予測の範疇だったような気がしてならない。気がつけばデートに誘っていたのだ。
「いいですよ」
何のためらいもなく、屈託のない笑顔を見せながら二つ返事でOKしてくれた彼女の真意は表情から滲み出ていた。何も裏のない気持ちを垣間見た気がした私が有頂天になったのは、今から考えても無理のないことだった。
最初のデートは、私が想像していたよりかなり印象に残るものとなった。
作品名:短編集4(過去作品) 作家名:森本晃次