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短編集4(過去作品)

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 という少し白けた気持ちの方が強かったからかも知れない。
 しかし、まるで夢を見ているかのように舞い上がってしまったからそう感じるのではないかという気持ちもあり、白けた気持ちは後から感じたことだったのかも知れない。
 もう一つは昌枝に感じた幼い部分である。
 それまで、本当に自分が甘える一方だった昌枝に対し、初めて頼られているという思いが宿ったのも、公園からだったような気がする。それまで頼りがいのある「お姉さん」という思いが強かったにもかかわらず、頼られていると思った瞬間からその笑顔が幼さのある、はにかんだような表情に見えてきたのも仕方のないことだった。
 時間としては夕方で、遊んでいた子供たちが皆家へと帰った後の、薄っすらと公園の街灯が目立ち始めるような時間だった。
 街灯を見ていると細かな虫が無数に明かりの下に寄っているのが分かり、気持ち悪さのようなものを感じていたことが記憶にあった。むしろそっちの方が記憶としては鮮明に残っていて、昌枝の顔の輪郭はおぼろげだ。
 しかしそれでも表情は記憶にあり、微笑んだ顔の皺の後が目に浮かんできそうなくらいである。私としては実に不思議なことであった。
 お腹が空いていた。緊張と空腹感からか、指先に痺れのようなものを感じ、立っているのもフラフラだったにもかかわらず、気持ち悪さは不思議となかった。気持ち悪さというよりも、身体が宙に浮いてしまうような錯覚があるくらい身体全体が軽かったような気がする。
「気をつけてお帰り」
 そう言って笑顔で送り出してくれた昌枝の唇は濡れていた。唇ばかりを気にして見ていて、気がつけばいつも舌で自分の唇を舐めていた。
――いやらしい――
 そんな自分に嫌気がさしたこともあった。しかしなぜか他の女性の唇を見ても別に特別な感情を抱くわけでもなく、昌枝の濡れた唇以外は記憶にも残らない。むしろ綺麗に口紅を塗っている唇ほど、何も感じないのだ。
――昌枝のことが好きだったんだ――
 私は今でもそう思っている。
 それから何度か昌枝の家に遊びに行くことはあったが、唇が重なった記憶は公園での一回だけなのだ。私は期待していたはずである。その記憶はあるのだ。唇にばかり行ってしまいがちな視線を、何とか気付かれないようにと、時々逸らすようにしていたのだ。アニメやマンガなどでは口笛を吹いてごまかしているような……、そんな光景が今思い出しても浮かんでくるのだ。ただそれだけに、顔が思い出せそうで思い出せないのが口惜しい。
 昌枝の顔を思い出そうとすると、なぜか女性の淫靡な部分が思い出される。そのたび自分の嫌らしさに自己嫌悪を感じるが、妖艶な雰囲気が私の頭を刺激するのだ。白いフリルのついたスカートが似合いそうな、何もなければ「清楚なお姉さん」としての記憶が支配していたはずの頭の中に、きっと「何かがあった」記憶が残っているのだ。
 私はもちろん童貞ではない。
 あれは、大学時代だったであろうか? 友達みんな奥手の中で、それでも私は早い方だった。
 初めて知った女性の身体、それは神秘的だった。何も考えられないような状況にあったので、その時の詳細を細かく覚えているはずもない。時間的なものもおぼろげで、ただ、後から考えて、
――こんなものか――
 と思ったことも否めない。
 情報が氾濫している中、まんまと乗せられてしまったという気持ちもあり、あまりにも期待しすぎた自分に思わず苦笑いをしてみたりした。しかし、
――前にも同じ思いをしたことあるような――
 と、初めて触れたはずの女性の身体を感じている時に、絶えず頭の中に見え隠れしていた感情である。
「あなた、初めてね。じゃあ、私が教えてあげる」
 そう言って、怪しく彼女の唇が歪んだ。
 しかし、そのセリフすら、以前に聞いたような気がしたのだ。そのセリフを聞いて、初めて感じることではないと思ったのだ。
――夢で見たのかな?
 彼女の行動パターンが手に取るように分かった。確かにベッドの中での女性のパターンにそれほど違いのないのだろうが、それもずっと後になって感じたことである。奥手だった自分のことが、はるか昔に思えてしまう現在の私だったが、初めての時のことはハッキリとは覚えていないのだが、まるで昨日のことのように身近に感じる。
「僕は初めてじゃない」
 心の中でそう叫んでいた。もちろん声に出すわけもなかったが、私のそんな気持ちを彼女はたぶん知らないだろう。気持ちが高揚してきて、それに身体が反応する。私の場合、頭が先でその後から身体がついて来るのだ。それだけにどんな時でも、その瞬間は冷静に考えているのかも知れない。
 常々、私は自分の中にもう一人いるような気がしている。それは「天邪鬼」な自分であり、冷静に考えている時に、邪推を思い起こさせるような囁きをする自分。邪なことを考えていると、冷静に語り掛けてくる自分。きっとどちらも同じ自分なのだろうが、戒めを込めてくれるのだ。どんなに興奮している時であっても、自分でなくならないのは、「天邪鬼」な自分がいるからだと信じている。
 すべてが終わった後、最初に感じたのは、
――本当に初めてなのか?
 ということであった。
 きっと「天邪鬼」な私が何か語りかけてきたのだろうが、それを裏付けるように、彼女の行動パターンがすべて読めていたのだ。それだけに、初めてではないという気持ちがあまりにもリアルに、そして抵抗なく感じられたのだ。
 確かに私の想像どおりで、しかもまるで猫のように従順な女性を目の前にすると、至福の悦びだったに違いない。しかし、
――こんなものか――
 という思いも否めなかった。
 期待が大きければ大きいほど、従順であることへの物足りなさを感じてしまう。自分の予期していないことへのスリルが味わえないことは、次第に私の中で疑問として残ってしまっていたのだ。
――私は同じような女性しか愛せないのかも知れない――
 今までに何人もの人を好きになってきた。いつもそのたびに思ってきたことだが、付き合い始めはとても新鮮なのだ。どちらかというと冷静な私に対し女性の方が積極的で、私の方が戸惑っていた。
 しかし、それも最初だけで、私が次第に相手が気になりだすにつれ、相手の方が私に一線を設けるようになってくる。
――追いかけるといつもダメなんだ――
 いつものパターンに嵌まってしまうことは、好きになり始める時に気付くことが多い。それでも自分の中で運命に逆らってでも貫こうという思いが宿るのである。
 結局、自分に嘘を突き通す勇気がないのだ。このまま続けて玉砕するのも勇気がいる。同じ勇気なら自分に嘘をつかない道を選ぶのだと、いつも気持ちに言い聞かせている。もっともそんな迷いなどいつも最後に思うことであって、相手を好きになったらそんなことを感じる暇もないほどのめり込むタイプの私である。
 今の彼女は、そんな中でも私は大丈夫だという自信があった。
 彼女に比べれば今までの恋は、まるで子供の恋愛だった。ままごとの延長とまでいうには酷だが、そこまで思えるほど今の恋が「大人の恋」に感じられる。彼女の中に、
――自分に嘘をつきたくない――
 という思いを見たからだ。
作品名:短編集4(過去作品) 作家名:森本晃次