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短編集4(過去作品)

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「僕は、雅之って言います。加藤雅之です」
 お互いの名前を、その時初めて知った。その日限りかも知れないと思っていたのはそこまでで、名前を言い合ったことでこれからも会うことを暗黙の了解としたようだった。
「雅之くんは、学校ではモテるの?」
「いえいえ、全然です。かっこよくもないし、脂ぎって見えるらしくて、気持ち悪がられているかも知れない」
 半分本音だった。
 学校での女生徒の視線を、いつも笑われているように感じるのは被害妄想だろうか? 勝手に笑われていると思い込んでいるから、なかなか女生徒と話すこともなく、却って何を考えているのか分からなく見える。
 そんなことを感じたのは、それからずっと後のことだった。それももし昌枝と出会っていなければ、さらに気付くのが遅れたであろう。
 私は鏡を見るのを怖いと思っていた。自分で見つめる自分の顔を気持ち悪いと思い、これでは女性にモテるはずがないということを自分で認めてしまうのが怖かったからだ。特に鏡に向かって笑いかけた時の顔の気持ち悪さといったらなく、ゾッとするくらいだった。
「そんなことないわ。自信を持ちなさい」
 昌枝はそういって慰めてくれる。
――年上の女性が言うのだから、信じていいのかな?
 と感じたのは、虫がよすぎるのだろうか。同年代の女性から相手にされないのは事実なので、年上から言われたことはとても嬉しかった。
「コンプレックスなんて持ってると、考え方まで捻くれてくるわよ」
 とどめの一言だった。
 言われて見ればその通りだった。捻くれてくることは分かっていたが、人に相談することもできず、一人で悶々と悩んでいたのでは結論が出るはずもない。寸でのところで昌枝が現れたのかも知れない。このまま行ったら本当に自分が嫌いになっていたかも知れないからだ。
「実は私もね。学生時代にコンプレックスがあったの。ニキビが酷くてね、好きな人ができても告白できずにいつも苦しんでいたわ」
 彼女はアルバムを出してきて、当時の自分だといって指差してくれた。
 今の昌枝からは信じられないニキビ面である。
「思春期は仕方がないものなのよね。でもあなたの辛い気持ちは私には分かるわ」
 少し寂しそうな表情になった。
「ごめんなさい。辛いのに、思い出させたみたいですね」
「いいのよ。それがあなたのいいところね。やっぱり自信持っていいみたい」
「僕のいいところ?」
 頭を傾げて昌枝の顔を見つめた。
「そうよ、あなたは今私に気を遣ってくれているでしょう?」
 そんな意識はまったくなかった。無意識のうちの言葉だったのだが、言われてみればその通りだ。無意識のうちに私も気を遣っていることがあるのだろうか?
 思わず頷いている私に昌枝はさらに続ける。
「あなたは無意識のつもりなんでしょうけど、自分が痛みに耐えている人は人の痛みが分かるものなのよ」
「そんなものなのかな?」
「ええ、そんなものなの」
 昌枝の言葉で目からうろこが落ちた気がした。
 閉め切ったカーテンから西日が差し込んでくる。ピンク色のカーテンから差し込んでくる陽の光は影を作っていそうなくらいに強いものであった。顔の表面がくっきりと浮かび上がり、影になった部分を見ていると立体感があふれていて、玉のような汗が噴き出しているのも見えていた。
 クーラーは効いているはずである。室内にクーラーの機械音だけが響いているが、それほど気になるものではない。逆に耳鳴りのようなものがあり、そっちの方が気になっていた。
「昌枝さんには、今も痛みがあるの?」
「ないとは言えないわね。でも今は痛みとは感じていないわ」
 そう言って少し下を向いた。
 余計なことを聞いたのではと感じた私は、そこから言葉にならなかった。もしそれを知ったとしても私にはどうすることもできないはずだからである。そのことを知っているからこそ、昌枝は私に話そうとしないのだろう。
 おいしいケーキを食べながら冷たいジュースを飲み、何かとりとめのない話をしたような記憶がある。一生懸命に時間も忘れて女性と話をしたことなどなかった私だったが、よく言葉が出てきたものである。女性とほとんど話したことのない私は、女性の前に出るときっと会話にならないほど動揺してしまい、その動揺が隠せないまま、次第に殻に閉じこもってしまうような気がして仕方がなかった。
――意外と食わず嫌いなところがあるのかも知れない――
 元々、何をするにも、最初に抵抗感を感じてしまい、それが興味のなさとして表に出てくる性格だった。人から見ればとっつきにくい性格に見えたかも知れない。
 しかし、それも最初だけのことで、興味を一旦抱いてしまうと、それこそ飽きるまで続ける方である。凝り性なのかも知れないし、飽きが来ないタイプなのかも知れないとも感じた。
 昌枝は私の話を本当に楽しそうに聞いてくれていた。私も調子に乗っていろいろ話したことであろう。しかし、所詮は中学生の話題、話しながらでも、
――こんな子供っぽい話でいいのだろうか?
 と何度も疑問に思っていたことを思い出した。
 そのたびに昌枝の顔を見るが、屈託のない笑顔にそんな思いはすぐに打ち消され、
「そんなこと思わなくていいの」
 と言いたげに見えた。
 それだけ昌枝が大人の女性に感じ、私は子供であることを必要以上に意識しないことにした。昌枝が受け止めてくれるのなら甘えていたいと感じたのだ。
 時間など二人の間に存在せず、話しながら、私が次第に大人になっていくような錯覚に陥ったのも今から思えば不思議だが、その時は何の抵抗もなかったに違いない。
 話が一段落し、昌枝が送ってくれた。
「またお会いしたいわ」
「僕もですよ」
 公園で別れた記憶があるが、実は相反する記憶として、頭の中に存在している。どうしても同じ時だったような気がして仕方がないのは、あまりにも前の記憶だからだろうか? いや、それにしてはまるで昨日のことのように思い出すことがある。夢で見ているからかも知れないという思いがよぎる。
 一つは、昌枝の妖艶な姿であった。しなやかに身体に纏わりつくような感覚があった。白蛇が身体に巻き付いてくるようで、少し濡れているような感じがしたのは、気のせいではない。潤んだ瞳と、リップクリームが塗っていたかのように光る唇が、目を瞑ると瞼の奥に残っている。
 思わず自分の舌で唇を舐めている。乾ききった唇を潤すにはそれしかなかった。唇の乾きを冬の乾燥した空気のせいだという冷静な分析ができるほど、意外と気持ちは落ち着いていたのかも知れない。何かあった時の方が気持ち的に冷静な観察ができるタイプだと自分で最初に感じたのが、その時だったように記憶している。
 昌枝の唇が次第に大きくなっていくのを感じた。フワッと口の中に広がる甘い香り、まるでイチゴのような香りだった。
 それは、昌枝の唇が私の唇に重なった瞬間だった。
――おや、初めてではないような――
 唇に重なった瞬間感じた、濡れた軟らかい感触に対してなのか、イチゴの香りに対してなのか、とにかく初めてではない気がした。
 きっとそれはあまりにも唐突だったため、感動というよりも、
――なんだ、こんなものか――
作品名:短編集4(過去作品) 作家名:森本晃次