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宿命

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 というが、まさしくその通りだ。明るい性格は見ていて悪い気はしないが、人によっては、煩わしく見えてきて、排除しないと自分が我慢できなくなってしまう人も少なくない。そんな性格を損だと思うかどうかは、その人次第なのだろうが、俊三には、とても耐えられないと思っていた。
――そういう意味でも、俺の人生は、いつも後手に回る人生だったな――
 人生をやり直したいと思った最大の理由はそこにあったのだが、生まれ変わったからと言って、また同じことを繰り返さないと言いきれない。いや、同じことを繰り返すだろう。だが、一度は経験していれば、少しは違った人生を歩むことができるかも知れない。人生をやり直すには、一縷の望みというのは、虫が良すぎるのだろう。人生をやり直すわけではなく生き直すというのは一縷の望みを掛けるには、ちょうどいいのかも知れない。
 俊三は、晃少年が今までどんな人生を歩んでいたのか、そして、何を考えていたのか、まったく分からない。ただ、晃少年の気配を感じることはできる。生き直してみると、本当に晃少年のことを知る必要はあるのかどうか、疑問だった。
――もし、自分の地を出して生きていこうと思うことが一番いいのだとすれば、ここから先は本当の晃少年の人生なのかも知れない。
 ただ、一つ気になるのは、晃少年の命に限りがあるということだ。
 俊三は、医薬品会社に勤めていたことがかつてあった。そのこともあって、病気や医学に関しては結構詳しいと自負している。晃少年の病名を聞くと、平成になって少ししてから、新薬が開発され、この時代では、
――不治の病――
 と言われている病気も、決して治せない病気ではなくなることが分かった。
 この時代は、昭和で言えば、五十年代の中盤だという。つまり、あと十年もしないうちに平成になるのだ。晃少年が成人する頃には、不治の病ではなくなっているのである。
 医学界でもこの病気が、すでに新薬開発が時間の問題であることは公然だった。ただ、臨床実験や副作用などの問題、解決しなければならない問題は山積していた。しかも晃少年は、まだ小学生であるにも関わらず、頭の方は優秀にできていて、医学の本を読んでも、少しくらいは分かるようだった。今、俊三が入りこんだことで、医学書を読むと、鉄板と言えるくらい、十分な知識を得ることができるだろう。
 俊三は晃少年の部屋にある医学書をずっと読んでみたが、
――この時代でも結構医学は進んでいるんだ――
 と思える内容に、半ばビックリさせられ、半ばあきれている自分を感じていた。かつて晃少年も、穴が空くほどこの本を読んだのかも知れない。ページによって、綺麗なところとボロボロになっているところがハッキリしている。
 晃少年は自分が不治の病に罹っていることに気付いていた。それは、医学書のボロボロになっている部分を見れば一目瞭然だった。
――まわりの人は皆晃少年の病気を知っているだろうが、晃少年が気付いているということを知っている人っているんだろうか?
 これからの立ち回りにも関係しているが、それによって、自分の立場が微妙になってくるのが分かるからだ。
――自分が晃少年ではないということに気付いた人がいれば、何と思うだろう?
 などと考えたりしてみた。
 最初の数日は何事もなく進んでいたが、メイドさんたちの性格が分かってくると、相手の態度が変わってくるのに気が付いた。
――ひょっとして、何を考えているか分からないと思って避けていたけど、本当は晃少年の方が避けていたので、彼女たちはそっけない態度だったのかも知れない――
 自分が入りこむ前の晃少年がどんな子供だったのか分からないが、どこかぶっきらぼうだったのではないかと思わせた。まさか、メイドさんたちを見ていてそのことに気付かされるなど思ってもみなかったので、子供の目から大人を見るという、忘れてしまった感覚も、悪くない気がしてきたのだった。
 メイドさんを見る目も、最初は大人の目だったのかも知れない。いくら年を取っていたとしても、男であることに変わりはないので、厭らしい視線を彼女たちが感じていたとすれば、そっけない態度も分からなくもない。しかし、実際に晃少年の中に入ってみると、自分が大人の目ではなく、子供の目線で見ていることに気が付いた。
 やはり、それは目の高さが大きな理由なのかも知れない。まだ子供の晃少年は、背も低く、相手が女性でも、全員見上げる形になる。今までの上から見ていたのとは、当然違っている。
 確かに上から目線ではなかったが、子供の頃から成長していく中で、いつの間にか追い越してしまった背丈だったが、見る目も、いつの間にか変わってしまっていた。それも無意識にだったが、今度は逆に小さくなったのだ。しかもいきなりである。違和感が十分な状態なのだから、見る目を意識していたとしても、気持ちが分かったことに変わりはないのだ。
 俊三の子供の頃は、
――早く大人になりたい――
 という思いがあったのも事実だったが、目線が相手よりも高くなることを嫌っていたような気がする。ひょっとすると、目線が相手よりも高くなると、甘えられなくなるという思いが強かったのかも知れない。
 人とあまり関わりたくないという思いもあった反面、どこか甘えられる相手をいつも探していたような気がする。親に求めるようなことを、他の人に求めていた少年時代、そんな自分が本当は嫌だった。だから、逆に、
――人と関わりたくない――
 という思いが次第に根づいて行ったのかも知れない。
――甘えていいのかな?
 と思うと、自分が甘え下手だったことを思い出していた。大人に対して、信用してはいけないという思いもあった。ただ、信用してはいけないのは大人ではなく、友達だった。
「ずっと、友達だからな」
 という言葉に信憑性は感じられない。その感覚は、ずっと昔、俊三の子供の頃の記憶に基づくものだが、ごく最近もそのことを思い知ったような気がした。
 執事は、晃少年が狂言誘拐を企てたと思っている。そして、晃少年自体、自分でどうしてそんなことをしたのかも分かっていないと言っていた。
 考えてみれば、それ以前に狂言誘拐のような大それたことを、子供一人でできるものだろうか?
 誰か大人が関わっていなければできないことなのに、執事はそのことについて何も語ろうとはしない。何もかも分かっていたような口ぶりだったが、肝心なことは何も言わなかった。
 甘えたいと思っても、誰に甘えればいいのだろう?
 両親は、さっさと帰ってしまった。執事は何でも知っているようで、頼りにはなるのだろうが、心を許せる相手ではない。メイドはいつも優しいが、どこか冷たさを感じる。まるで誰かに命令された通りにしか動けないロボットのようだ。
 不治の病に罹っているはずの晃少年だが、そんな素振りは誰にも示していないようだった。晃少年の中に入ってみれば、彼が自分の死を予感していたことが分かってきた。
――死が怖くない人間なんているはずもないのに――
 と感じていた。
 しかし、物心ついた時から、死というものを意識させられていたらどうだろう?
作品名:宿命 作家名:森本晃次