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宿命

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「心配かけてごめんね」
 と、晃になった俊三は、それだけしか言葉にできなかった。目の前にいる人が誰だか分からない以上、余計なことは言えない。ただ、心配してくれているのが分かっただけでも、心配を掛けたことを詫びなければいけないと思ったのだ。
 屋敷の様子や、三人のいで立ちから考えると、おじさんとおばさんは、晃少年の両親なのだろう。そして遠慮がちの老人は執事とでも言えばいいのか、坊ちゃまと呼ばれた瞬間は、ドキッとしたものを感じた。
 この屋敷に来て、目の前の三人を見た時、自分の中の記憶が刺激されたのを感じた。まったく知らない人ではないということは分かったのだが、誰なのかというところまでは分からない。
――ひょっとすると、おいおい分かってくるのだろうか?
 そう思っていると、自分が子供のくせに妙に落ち着いているのを感じた。
 両親は、晃少年を屋敷の中に招き入れて、少しだけ様子を伺っていると、すぐに冷めた様子で、自分のことをし始めた。この変わりようは、子供心に親に対して冷めた目で見る感情を植え付けるには十分だった。
――さっきのは一体何だったんだろう?
 まるで誰かに見せつけるようなパフォーマンスではないか。その時にいたのは、両親と執事の三人、そして、メイドさんが二、三人いただけだった。二人が見せつける相手として考えられるのは、それぞれの相手、つまりは、母親は父親に対して、そして父親は母親に対してのパフォーマンスだったように思えてならなかった。
 たった数十分ほどしか経っていないのに、先ほどの感動的なシーンがまるでウソだったかのように、冷めてしまった両親を見て、子供心が傷つかないわけはない。そんな分かりきったことを感じていたはずなのに、すでに自分も冷めきった気持ちになっているのは、遺伝によるものなのか、それとも、生まれてからこれまでの育った環境によるものなのか、子供がそこまで思うようになるには、よほどの力が働いているに違いない。
 唯一の救いと言えば、執事が優しいことだった。いつも両親(と思しき人たち)の後ろに隠れていて、目立たないようにしてはいるが、一番晃少年のことを考えている。
――痒いところに手が届く――
 そんな執事は、晃少年の教育係でもあった。
 実際に勉強を教えられるほどの専門的な知識はない。いくら晃の教育係とは言え、それだけの仕事をしているわけではないので、ある意味、中途半端な存在ではあった。だが、晃少年の表となり裏となり、まるで黒子のような存在だった執事は、晃少年がいなくなった時のことを翌日話してくれた。
「あれは、昼前くらいのことでしたでしょうか? 私が電話を取ったんですが、坊ちゃんを誘拐したという脅迫電話でした。さすがの私もビックリして、うろたえてしまい、ご主人様と奥様へすぐに連絡し、警察へ連絡しようとしたのですが、止められました。脅迫電話でも、警察に連絡するなと言われておりましたから」
 執事は、落ち着き払って話していた。
「僕を誘拐?」
「ええ、そうです。でも私は最初こそうろたえておりましたが、次第に落ち着いてくると、何か誘拐がウソっぽい気がしてきたんです。すると、もう一度掛かってきた脅迫電話に私が出ることになったんですが、その声を聞いて、それが坊ちゃんだって気が付いたんです。どうして坊ちゃんがこんなことをするのか分からなかったんですが、そこから先は私は落ち着いていました」
「僕がどうしてそんなことをしたのか、聞かないのかい?」
「ええ、ご無事に戻ってこられればそれでよかったんです。それに……」
「それに?」
 執事は少し呼吸を整えるようにして、深呼吸をしてから、
「今の坊ちゃまにその理由を聞いてもお答えいただけないと思っています」
「どうして?」
「たぶん、坊ちゃま本人にもどうしてそんなことをしたのか、理由が分かっておいででないと思っています」
 俊三は、自分が晃少年ではないので、その時の晃少年の考えなど分かるはずもなかったが、そのことをまるで見透かしたように話す執事を見ていると、
――ひょっとすると、俺が晃少年ではないことまで、すでに見透かしているのではないか?
 と感じるほどだった。
 しかし、さすがにそこまでは気付いていないようだった。本心から、晃少年が無事に帰ってきたことを喜んでいる。両親のように大げさではないが、最初に見せた涙の表情は、喜びというよりも、安堵の方が強かったからである。
 晃少年になって一晩を過ごすと、朝の目覚めが今までの自分よりも、結構きついのに気が付いた。確かに子供の頃は、大人になってからよりも朝は苦手だったような気がする。しかも、こんな豪邸のベッドに寝るなどなかなかないこと、目が覚めて目の前にある光景に、さほど違和感を感じないのも不思議な気がしていた。
――本当に俺は他の人の人生を生き直しているんだろうか?
 と思ったが、そう思うと同時に、
――晃少年は、本当にどこに行ってしまったのだろう? 俺が晃少年を追い出したようになっているけど、本当は一人の人間の中に、俺と晃少年の二人が存在していることになるのではないだろうか?
 神父が言っていた、
――生き直す――
 というのがどういうことなのか分からない。
 俊三は、新しい命になって生まれてくると思っていたのだが、別人の人生の中に入りこんでいる。これがどういうことなのか、ハッキリとは分からない。
 俊三にとって晃少年の人生が見えているような気がする。
――この少年、あまり長生きできないような気がする――
 もし、そうなった時、自分の魂はまた彷徨うことになるのだろうが、そのまま死んでしまうことになるのだろうか? それなら人生を生き直す意味もないような気がする。
 目が覚めて、その日一日を過ごしている間に少しずついろいろ分かってきた。
 晃少年は病気を患っていて、そのために本宅から別荘に静養に来ていたようだ。
 執事と数人のメイドを連れて、海と山が近くにある空気のきれいな街の別荘である。
 両親は、翌日には本宅に戻って行った。母親は優しい言葉を掛けてくれたが、父親は忙しいのか、母親とは別行動で、朝早く別荘からいなくなっていた。大人の世界を知っている俊三なので、それも仕方がないのは分かるが、晃少年の気持ちになってみれば、複雑な心境だった。
 誘拐事件があったことなどまるでウソのように、誰も何も触れようとはしない。言葉も極端に少なく、メイドも何も話そうとはしない。まるでロボットのように見えるくらいだ。
 晃少年は、ずっとこんな環境にいたのだと思うと、俊三が晃少年の中に入りこんだことで、自分が元からそこにいたとしても、表に出てこようとしない性格であったのだとしたら、無理もないことだと思えた。
 どんなに明るい性格を貫いたとしても、一生の中に、何度かは自分を表に出さない性格が潜んでいる時期を経験するものだと俊三は考えていた。一生をずっと明るく、自分を表に向けたまま生き抜くことはできないと思っていたのだ。
「出る杭は打たれる」
作品名:宿命 作家名:森本晃次