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宿命

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 本当はそんな呑気なことを言っていられる場合ではなく、俊三少年がいなくなったということで、近くの派出所を巻き込んでの大騒ぎになっていたようだ。もうしばらく探して見つからなければ、捜索願を出して、本格的に捜索に当たる予定だったという。
「誘拐されたんじゃないかしら?」
 とまで囁かれ、まさか土管で寝ていて、そのまま夜になっていたなど、親とすれば想像もしていなかったようだ。
 今から思えば、誘拐しても身代金を要求できるような裕福な家庭ではなかったのだから、誘拐よりおよほど土管で寝ていた可能性の方が高かったはずなのに、それでも誘拐を考えたということは、それほど最悪を頭に思い描いていたということであり、そこに人間の心裏が潜んでいることに後になって気が付いた。数年も経てば笑い話になっているのだろうが、母親だけはそれでも笑い話では済まされないと思っていたようだ。
 父親が迂闊にも母親の前で笑い話のように当時のことを話すと、ヒステリックに怒り出した。普段の両親とは、完全に立場が逆転する瞬間だった。
 俊三が中学を卒業するまでは、子供の頃と同じで、厳格な父親と、それに逆らうことのできない母親という構図が、そのまま残っていた。だが、こと俊三に何かがあった時だけ、両親の立場は逆転する。ヒステリックになりかかる母親を宥めるのが父親の役目だったのだ。
 しかし、俊三が高校生になってからは、父親は何も言わなくなった。どうやら、大人に近づいたことを、それなりに評価しているようだった。
「もう、義務教育じゃないんだからな」
 と言っていたのが印象的だった。
 俊三は、「義務」という言葉は嫌いだった。何かに縛られているようで、身動きが取れないわけではないのに、義務という言葉がついただけで、息苦しさや、纏わりついてくる気持ち悪さを感じた。
 しかし、反発心を持つことで、その気持ちを中和することができる。反発心は、そういう意味では、俊三にとっての気付剤のような作用があるのだった。
 ただ、高校生になって持つ反発心を、父親は何も言わなかった。何かを言おうとする母親を制するくらいで、
――なぜ、ここまで変われるんだろう?
 と感じるほどだった。
「お前は、俺の高校生の頃に似てきた」
 というのが、父親の変わった理由のようだが、高校時代になると、家庭に対してあまり考えないようになったのも事実だった。
 だからと言って、友達のことが気になるわけでもない。一人でいることが安心感に繋がり、いつも何かを考えている高校生だった。
 いつも何かを考えていると言っても、同じことをずっと考えているわけではなく、結論が出るわけでもなく、考えが途中で途切れて、すぐに違うことを考え始める。
 元々、何を考えても結論など出るはずないと思っていたのだ。
――結論が出なくても、考えることに意義がある――
 と思っていたわけだが、それは言い訳では決してなかった。
――結論のない考えを頭に描くことの正当性を自分なりに得たかったのだ――
 ということになるんだろうが、中学時代までも何も考えていなかったわけではない。ただ、
――無駄なことを続けたくはない――
 という思いからか、考え始めても、すぐに止めてしまっていたのだ。
――ある一点を乗り越えれば楽になれる。行きつくまでが大変なんだ――
 と、自分に言い聞かせられるようになったのは、やはり高校生になってからで、父親が一目置くようになった理由もそこにあるのだろうと、自分なりに解釈していた。
 その考えは、当たらずとも遠からじであり、高校生になってから父親を見ていると、無駄と思えることでも、止めようとしないところがあった。気が付けば、すっかり様になっていて、やはり、ある時から人が変わったように一生懸命にたずさわっている姿が、まわりの共感を呼ぶほどになるまでになっていることに気が付いた。
 俊三は、高校時代にまで思いを馳せていたが、気が付けば、まだ小屋の中に佇んでいた。真っ暗な中に、星空が見えている。子供の頃に土管から見えた微々たる星の数ではない。数えきれないほどの星の数に、俊三はしばし見とれていた。
 いきなり高校時代を思い出していたが、考えてみればおかしな話であった。過去を振り返る時というのは、今までのパターンとして、次第に時代を遡っていくものだというのが自分の常識だと思っていたが、いきなり子供の頃に戻った記憶から、逆に記憶が現代に近づいていき、何かを探しているのに気が付いたからだ。
――人生の分岐点でも探しているのかな?
 とも思ったが、どうも違うようだ。
 神父の姿をした自分を思い出した時、今の記憶を持ちながら、人生をやり直すというような話をしていたのを思い出した。
――そんなこと、できるはずはない――
 と、俊三は思った。
 それができるのであれば、それに越したことはないと思っていたが、今の記憶を持ったまま人生をやり直すということは、未来が分かっているということである。
――そんな人生、楽しいはずがないではないか?
 もし、自分の記憶している人生とは違う人生を歩めるとしても、今までの記憶がある以上、余計な考えが袋小路を作り出し、堂々巡りを繰り返すかも知れない。
――必要以上の考えは、まさしく「過ぎたるは及ばざるがごとし」という言葉に置き換えられるのではないだろうか?
 と感じさせた。
 ただ、一度子供の頃に記憶が戻ったのであれば、そこから、もう一度新しい人生を組み直すと考えれば、やはり必要以上の記憶は、邪魔になるだけではないだろうか。それでも神父の姿をした自分が記憶を消さずに子供の頃に自分を送ったのだとすれば、何か病んでいるところがあり、それを治療するのに、ショック療法が必要だと感じたのではないだろうか。
 小屋から抜けられない間にいろいろなことを考えていると、遠くから名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「この小屋を探してみよう」
 男の声が聞こえてきた。
「ここは、昼すぎに兄さんが探して誰もいなかったんだよ?」
「でも、僕はここに誰かがいるような気がするんだ」
 と言って、小屋の扉が開いた。
「助けて」
 それまで声を出すことのできなかった俊三は何とか声を出すことができ、探していた人たちは歓喜の声を挙げた。
「晃」
「えっ?」
 晃と呼ばれて、思わず声が出なくなった俊三だったが、縛られている少年を発見した人たちは、またしても、
「晃」
 と叫び、俊三を助けた。この世界では、俊三は晃という名前の子供になってしまったようだ。
 それにしても、縛られているというのは尋常なことではない。子供の遊びにしては度が過ぎているが、そのことに関しては誰も晃には何も言わなかった。
 晃と呼ばれる少年が連れて行かれたのは、豪華な屋敷だった。屋敷に着くと、心配そうに駆け寄るおじさん、おばさんがいた。その後ろから遠慮がちに近寄ってくる老人の姿が痛々しく感じられたのが印象的だった。
「晃ちゃん、よかったわ。無事だったのね?」
 と、おばさんがいうと、
「晃、どこも痛いところはないか?」
 と言っていたわってくれたのはおじさんだった。
「坊ちゃま、爺は心配しておりましたよ」
 と言って、老人は涙を流している。よほど心配を掛けたのだろう。
作品名:宿命 作家名:森本晃次