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宿命

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 と思っている。
 その世界というのも、実は夢であり、ひょっとすると、それは自分の夢ではなく他人の夢に入り込んでいるのかも知れないというものだった。もちろん、そんな夢を覚えているはずもない。忘れてしまうことは、人の夢に入り込んだ瞬間から決まっていることなのだ。しかし、夢から覚めて、夢を覚えていなかったり、忘れてしまったと思うような作用は、表からの力によるものではない。あくまでも自分の力によるものだ。
「夢とは、自分の中だけで、完全決着するものだ」
 という考えも、俊三の夢に対しての考え方の大きな特徴でもあった。
 セミの声が聞こえてきているのだから、季節は夏なのだろう。ただ、このムシムシした感覚は、まだ梅雨も終わりきっていない時期なのかも知れないと感じた。梅雨が終わっていなくても、セミの鳴き声は聞こえてくる。季節的には微妙な時期なのかも知れない。
 まだ、頭の中はボーっとしている。暑さのせいなのか、それとも夢から覚めてきた証拠なのか、ボーっとしている中で痛みも感じているので、夢から覚めてきた証拠だと思えてきた。
 倉庫の中は、異臭が漂っていた。ただ、懐かしさを感じる臭いでもあり、思ったよりも嫌ではなかった。木造の倉庫の中で、油引きの臭いがしてくる。小学校の頃の床を思い出していた。
――だから、懐かしく感じるのか――
 そう思うと、目が覚めてきていると思ったが、まだ夢の続きを見ているのかも知れない。過去からやり直したいと言った自分に対して、生き直すことを半ば強制させられたところで目が覚めたはずだった。
 まったく記憶にない場所ではあるが、懐かしさを感じる。
――俺は、目覚め方を間違えたのだろうか?
 夢から覚めるきっかけは意識しなければ、普通に目が覚めるはずだった。しかし、夢の中での神父の言葉が頭の中にあることで、目覚めるきっかけを意識してしまったような気がしていた。選択の余地などあるはずもないのに、選択させられた記憶があるが、そのせいで、違う世界に入りこんでしまったのかも知れない。
――まさか、本当に生き直すことになるのだろうか?
 すでにどこからが夢で、どこまでが夢だったのか、分からなくなっている。
――夢に対して考える力がマヒしてしまったのだろうか?
 俊三は、しばらく様子を見てみるしかないことを悟った。
 最初は何も聞こえず、耳鳴りだけだった。
 そのうちに、ムシムシしているのを感じてくると、外からセミの声が聞こえてきた。そして、季節が梅雨の終わりか、夏なのかと思うようになってくると、お腹が空いてきたのを感じると、どこからか、ハンバーグの焼ける匂いがしてきた。
――異臭を感じていたはずなのに――
 と思うと、先ほどの異臭が、カビ臭さであることに気付いた。ハンバーグの匂いは、カビ臭さに気付いた後、空腹感が襲ってきたことで、まるで条件反射のように感じたのだったが、ハンバーグの匂いを感じると同時に、身体に纏わりつく汗とともに、気だるさが感じられると、その時間帯が夕方であることに気付いていた。
――この感覚は子供の頃のようだ――
 母親がよく作ってくれたハンバーグ。そして、そのハンバーグの匂いを彷彿させるかのように表で遊んで帰る時に感じたどこからともなく感じた匂い。
――俺は、子供の頃に戻ったのだろうか?
 しかし、神父の姿をしたもう一人の自分は、
「君の意図した通りに叶うとは限らない」
 と言った言葉を思い出した。
――限らない――
 ということは、意図した通りではないということになる。ただ、まったく意図していない人生が待っているわけでもないと思うと、生き直すであろう人生のどこかに、かつての記憶が潜んでいても不思議ではない。そう思うと、今感じている懐かしさは、これから始まる、「生き直し」の序章であることを感じていた。
 だが、これがまだ夢の続きだという思いもまったくないわけではない。どちらにしても、今は身体を動かすことができない。意識としては、
――夢の続きだ――
 と思いながら進む方がいいような気がしていた。
 どれくらいの時間が経ったのだろうか? 表がうるさいのが気になっていた。暗闇にも慣れてきたのに反して、表が暗くなってくるのを感じていた。
――日が暮れてきたんだ――
 完全に日が暮れるまで、ここまで来ると時間の問題だった。風が止んでいる時間である「夕凪」の時間の訪れを感じていたが、なぜか、最初よりも吹き込んでくる風が強くなっているのを感じた。風には生暖かな空気が混じっていて、先ほどのハンバーグの匂いとは打って変わって、洗濯物の生乾きのような、嘔吐を催しそうな臭いだった。最初に感じた異臭とも似ていて、さっきまでの食欲が萎えてきたのを感じていた。
――子供ではなくなったような気がする――
 急に、閉じ込められているという意識が頭を擡げ、恐怖心が襲ってくるのを感じた。
――俺は暗所恐怖症でも、閉所恐怖症でもなかったはずだが――
 と、これが本当に自分の頭の中なのか、疑問に感じられた。
 確かに襲ってきた恐怖は、暗所、閉所によるものだった。そんなことを感じていると、子供の頃の忘れていた記憶が一つ思い出された。
 よく親から怒られては、押し入れの中に閉じ込められたものだった。小学生でも、まだ低学年の頃、あまり自分の考えというものを意識する前のことだった。叱られても、何が悪いのか、押し入れに閉じ込められても、
「悪いことをしたから閉じ込めた」
 と言われても、何が悪いことなのかの判断もつかない年頃、そんないたいけな子供に対して押し入れに閉じ込めるのは、今から思えば躾けという言葉に名を借りた、折檻でしかないことは分かっている。
――俺はあんな親には絶対にならないぞ――
 母親は優しかったのに、父親はなぜか厳しかった。しかし、いくら優しいと言っても、自分を助けようとしない母親に対しては、憎しみすら覚えたのを思い出した。
 その気持ちが自分の中のギャップに繋がり、自分を理解できないことへのジレンマとなることで、自分の心が幾分か屈折していた。子供の頃に漠然と感じていた嫌な思いを、今なら分析できるような気がした。
――やっぱり、元々の記憶を持ったまま、生き直しているのだろうか?
 と思えてきたが、身動きが取れない以上、今の自分が何者なのか、判断のしようがなかった。
 押し入れにくらべれば、かなり広い倉庫の中だったが、いくら暗闇に慣れてきたと言っても、表が暗くなってしまい、明かりらしきものがまったくなければ、待っているものは、暗黒の世界でしかない。ジメジメとした空気の中、身体に纏わりついた汗が、身体の至るところを痒くしていく。
 掻きたくても身動きもできない。身体を動かそうとしても、同じこと。痒みが取れるわけでもない。余計に汗を掻き、もがき続けるだけである。
――そういえば、子供の頃に遊んでいて、土管の中で寝てしまったことがあったな――
 その時は、気が付けば夜になっていて、土管を縦にしたところで寝ていたことで、上を見上げれば、微かに星が見えたのを思い出した。
作品名:宿命 作家名:森本晃次