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宿命

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「別の人生という言葉は、言い換えればパラレルワールドということになるんだよ。私に限らず、今この現在を、生きている世界とは別に、他にも世界が広がっているのではないかと思っている人はたくさんいると思うんだよ。口に出さないだけでね」
「でも、どうして皆口に出さないのかな?」
「いろいろな理由があると思うけど、他の人からバカにされたくないと思っている人、信じているが人に話すことで、せっかく頭の中で広がった世界が、意識から消えてしまうのではないかと思っている人、それぞれだけど、言えることとすれば、誰もが信じているということなのだと思うんだよ」
「じゃあ、信じていない人ほど、口に出すのかな?」
「絶対的に信じている人は、自分の中に論理が出来上がっているので、口に出しても問題ないけど、信じていない人の場合は、重大さという意味においては、まったく意識のない人なんだと思う。言い方は悪いが、無責任だと言えるだろうね」
「私も、パラレルワールドのことは信じているつもりですが、心の底で、誰かに否定的な意見として論理的に説明してほしいと思っているのも事実なんですよ」
 と俊三がいうと、神父の方も、
「私だって、全面的に信じているわけではない。しかし、考えれば考えるほど、パラレルワールドを肯定する結論に至ってしまうんですよ。私は考えることが好きなので、いつでも何かを考えているんです。だから、君が考えていることくらいはお見通しなんだよ」
「どういうことなんですか?」
「人生をやり直したいと思ってはいるけど、どの時点に戻ればいいか分からない。でも、大方の見当はついているので、とりあえずそこまで戻りたいと思っているわけでしょう?」
「そうだけど……」
「でも、人生をやり直すと言っても、完全に時間も、自分もその頃に戻ってしまっては、また同じことを繰り返すかも知れない。先を知らなければ、きっと同じことを繰り返すに違いないと思う。だから、自分の今の記憶を持ったまま、時間だけ遡りたいという都合のいいことを考えている」
 図星を言われてドキッとした。しかし、考えてみれば、人生をやり直すということはそういうことだ。
――どこかで自分の人生が狂ってしまった――
 と思うから、人生をやり直すのだ。また同じことを繰り返したのでは、人生をやり直す意味はまったくないではないか。都合のいいことを思って何が悪いというのだ。それこそ、人間らしいと言えるのではないだろうか。
 まあ、人生をやり直すなど、そんなことが叶うはずはないことくらい分かっている。もしそれができるのだとすれば、
――人生をやり直す――
 というのではなく、
――生き直す――
 というべきだろう。
 別の人間になって、人生を最初からやり直すのであれば、自分の人生を途中からやり直すのと違って理屈嬢は不可能ではないような気がしていた。
 ただ、もちろん、まったく違う人間として生き直すのだから、本人の意識や記憶は完全にリセットされているはずである。
――しかし、それなら生き直すという言葉もおかしいな――
 新しく生まれた人間と、今の自分とのどこに相関関係があるというのだろう? 自分は死んで、まったく違う人が生まれるということになるわけだから、生き直すという言葉もおかしい。たとえば、殺されたり不慮の事故に遭って死んでしまった人間が、未練を残したままこの世を去った場合、生まれ変われる権利があるのだとすれば分からなくもない。しかし、その場合でもまったく違った人間であり、意識も記憶もまったくなく、さらには似ても似つかぬ性格の持ち主になっているかも知れない。魂だけは同じであっても、それでは再生ではなく、
――魂の使いまわしではないか――
 と、夢も希望もない結論に至ってしまう。
 そこまで考えてきて、さらに神父から図星を言われてしまっては、もはや人生をやり直したいなどと考えることもなかった。
 しかし、その時神父は面白いことを言った。いや、言ったというよりも、呟いたと言った方が正解かも知れない。ボソッと呟いたので、ハッキリと聞こえなかったが、確かに神父は言ったのだ。
「人生をやり直すことができないわけではないぞ」
「どういうことですか?」
「君が行くことで、完成される人生というものがあるとすれば、逆に君がそこに行くことが運命づけられているということになる。私はそこに君を誘いたいと思う」
「もし、私が拒否すれば?」
「それはできない。元々は君が望んでここに来たんだよ。ここは望んだ者だけが見ることができる世界。しかも、望みは必ず叶う。しかし、その望みが必ずしも、本人の意図したものであるとは限らない。自分の意図している通りに、望みが叶うとは限らないということさ」
「一体、どうして?」
「それは、私が君自身だからさ」
 と言って、男の薄気味悪い笑いが、館内にこだましている。
 その瞬間、ステンドグラスから木漏れ日のように入り込んできた光は遮断された。一瞬、真っ暗になったかと思うと、部屋の中の明かりがついた。先ほどまでの幻想的な光と違って、まるで蛍光灯の明かりのように、リアルな世界を思わせた。
 部屋も天井の高い教会だったはずなのに、どこかプレハブの部屋のようなところのようだ。
――どこかの倉庫かな?
 と思わせるような荷物のが積んであるのが分かったが、なぜそこにいるのか、まったく分からなかった。
 しかし、次第に部屋の中がムシムシしてくるのを感じると、表からはセミの声が聞こえてくるのを感じた。
――それにしてもさっきの男――
 神父の格好をしていたその男の姿を見た時、それが普段、一番見ることができない顔であり、見た瞬間、
――見てはいけないものを見てしまった――
 と感じたような気がした。
 その男の顔、それは俊三そのものだった……。
 夢の中の出来事なのは理解できたが、夢の中というのは、目が覚めるきっかけになる瞬間をいくつも持っているものだと俊三は思っていた。
 夢というものに対して、俊三は自分なりの考えをいくつも持っている。同じ内容でも種類の違う解釈を持っているところが、きっと他の人と違うところなのかも知れない。
――重複した考え――
 俊三には、そんな感覚は微塵もなかった。何しろ、
――俺は一つのことを考えている時、他のことは考えられない性格だ――
 と思っているからだ。
 しかも、それは自分だけに限らず、他の人もほとんどそうだと思っている。中には一つのことを考えていても、他のことを考えられる人もいるが、それこそ、人より秀でたその人の力なのだと思っていた。
 ただ、夢というものに対しては、同じような考えの中に、いくつもの意見があった。一つのことを理論づけてしまうと、他の理論は考えられないと思っている俊三がであった。その中でも、
「夢は一瞬でしか見ることができないものだ」
 という意見があるにも関わらず、
「夢から覚めるきっかけは複数存在している」
 と、それぞれに矛盾している考えが一つの夢という言葉の理論として存在しているのだった。
 俊三は、その発展形として、
「夢から覚めるきっかけのうち、間違った選択をしてしまうと、夢から覚めるどころか、違う世界に入りこんでしまう可能性だってありうる」
作品名:宿命 作家名:森本晃次