宿命
最初は「何をバカなことを言っているんだ?」と思って聞く耳を持っていなかったが、その発想には奇抜さがあるだけで、説得力から考えると、普段なら生まれることのない発想が、どんどん生まれてくる。それは生まれてくるというわけではなく、湧いてくるのだ。湧いてくる発想が一つ、また一つと繋がっていくと、一足す一が、三にも四にも膨れ上がってくるような気がしてくるのだった。
執事は続ける。
「一度死んでから生まれ変わるというのは、誰もが有している権利のようなもので、生まれ変わることができないと、その魂は、永遠に誰かの中に入りこんだまま、抜けることができなくなるのさ」
「えっ? それが自分たちだということを、暗に仄めかしてはいませんか?」
「そういうわけではないんだけど、少なくとも、この世と呼ばれる『種類』のこの世界にいる間、自分が誰か他の人の身体に入っているという意識がある以上、それは他の人がいう、『生まれ変わり』とは違うものなのさ」
「それは、まるで次元の違いだと言っているように聞こえますが?」
すると、執事は少し考えていた。言葉を選んでいるのかも知れない。
だが、どんな言葉を選ぼうとも、難しい話になっているのは間違いのないことで、俊三は執事が、言葉を選ぶことで、自分がどこまで理解できているかということを少し疑問に感じるようになっていった。
「次元の違い? 確かにそうかも知れないが、それは次元というよりも、同じ次元の中に無数に他の世界は広がっているとも言える。それは、一言でいえば、『可能性の限界』という表現になるのかも知れない」
「何となく分かる気がします。いわゆる『パラレルワールド』のような世界でしょうか?」
「そうだね。発想としてはその言葉が一番適切なのかも知れないね」
パラレルワールドというのは、俊三が神父のような人から、生き直すという話を聞いた時に感じたことだった。
――だいぶ前のように思っていたが、思い出してみると、この話をしたのは、まるで昨日のことのようだ――
と感じていた。
パラレルワールドとは、自分がいる今から一つ先の瞬間を考えた時、色々な可能性が考えられることで、その可能性が無限だと感じた時、そこから広がる世界も無限だという発想である。逆に言えば、今考えている世界もその一つ前の瞬間には、無限に広がる可能性の一つだったわけで、一つが無限になるわけで、この世が時系列で繋がっている以上、パラレルワールドとは、「無限の可能性」という概念を、発想にしたものだということになるのだった。
「あなたは、パラレルワールドを信じているんですか?」
「絶対的な存在に対して、信じる信じないもないものだ。だけど、僕にはそのパラレルワールドという発想自体が、無限のものに見えて仕方がないんだ」
「どういうことですか?」
「パラレルワールドという言葉で片づけてしまうと、可能性が無限だと言われても、発想が無限だとは誰も考えないでしょう? でも頭の中には意識していることなんだよ。パラレルワールドという発想自体が、曖昧なものである以上、誰もが発想することに対して、決して同じものではないはずだよね。根本は同じでも、人の数だけ、発想は存在するんだからね」
「なるほど」
分かったような分からないような発想であった。
「でも、僕が言った『運がよかった』という言葉には、もう一つ意味がある」
「どういうことですか?」
「それは、生まれ変わった僕が、時系列に沿って生まれ変わることができたからだということだよ。そういう意味で言えば、君も同じなのかも知れないね」
「あなたの話を聞いていると、まるで生まれ変われる時代というのは、時系列に関係のないように聞こえるんですけど?」
執事は苦笑いを浮かべ、溜息をついたように見えた。その溜息は相手に失礼なものではなく、自分の中で一呼吸置こうという意志に基づくものに感じた。
「その通りだよ。生まれ変わる先には時系列は存在しない。だから、その発想をハッキリとさせるためにパラレルワールドという発想が必要になるんだ」
「ハッキリさせるというよりも、自分を納得させるためだと僕は思うんですが、違いますか?」
「なるほど、君は頭がいい。頭がいいというよりも、発想が柔軟だというべきではないだろうか? 僕の話を理解するには、それなりに言葉の一言一言を柔軟な頭で理解していかないと、ついてこれないからね」
執事は、じっと目を見つめながら話している。目の奥にいる俊三を凝視しようとでもいうのだろうか?
執事は続けた。
「実は、僕は今までにも何度も生まれ変わっているのを感じている。最初の記憶を持ったまま、他の人に生まれ変わるんだ。その時は、必ず時系列に沿って生まれ変わっている。きっと時系列に沿わない生まれ変わりをする時というのは、記憶を完全に消していないといけないんだろうね」
「ということは、今は生き直していると思っている僕だけど、最初に生まれた時、過去の記憶も意識もまったくなかったのは、ひょっとすると、未来からの生まれ変わりだったんじゃないかと思っていいのかな?」
「少なくとも、その可能性は否定できない。否定できないということは、どちらとも言えるということで、その発想の信憑性も、実に曖昧で、グレーゾーンに入りこんでいるとも言えるよね」
「人の死にはいろいろなパターンがあると思うんですが、普通に老衰で死ぬ人、病気になって、死ぬ人。そして、事故に遭って死ぬ人。または、殺されてしまう人、さらには、自殺した人……」
そこで、一旦俊三は言葉を切った。そして、一拍置いて話し始めた。
「どこまでが、寿命を全うしたと言えるんでしょうね?」
「自殺と、事故死と、殺害された場合は、寿命の全うとは言えないと思う。でも、それ以外でも、寿命を全うしたと言えないこともあるだろうね。たとえば病気になってしまったんだけど、病気になる前に、自分の身体に無理をさせ続けた人というのは、ある意味微妙な立ち位置なのかも知れないと思うんだ」
「そうですね。その意見には賛成です」
俊三はそう言って、また考え込んだ。
今度は、誰かを思い出しているように思えた。おぼろげにその顔が浮かんできそうなのだが、のっぺらぼうのように、表情がなかった。
すると、さっきまで感じなかった臭いを感じるようになった。
――夢だと思っていたけど、違うんだろうか?
と感じた。
異臭、それは佳苗に感じた臭いだった。なぜ、今この場面でいきなり思い出さなければいけないんだろう?
寿命という言葉を思い浮かべて、佳苗の臭いを感じたというのは、佳苗の死期の近さを感じ取ったからなのかも知れない。
――佳苗は、もうすぐ死んじゃうんだ――
この心配は、俊三ではなかった。晃少年の本能が感じていることだ。しかも、その佳苗の中には、自分の魂が入りこんでいることを信憑性のある発想だとして感じている晃少年の本能は、寿命という発想に感じるものがあったのかも知れない。