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宿命

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 俊三は、異臭漂う佳苗を見ていると、自分の大学時代に旅行に出かけたこと、そしてその時に前世の話を聞き、なぜか植物人間を思い浮かべてしまい、
――あの人と、話なんかしなければよかった――
 と感じるようになった。
 その時の旅行中は、その話をしたこともあってか、何とも言えないモヤモヤした気分で過ごさなければならなかったが、帰ってくるとすっかり忘れていた。
 帰ってくる間に忘れてしまったのか、それとも帰り着いた瞬間に忘れてしまったのかのどちらなのかと思い浮かべてみたが、帰りついた瞬間に忘れてしまったと思った。その理由は、
――急に忘れてしまうというのは、環境の違いを感じたからだ――
 と思ったからだ。確かに旅行から帰ってきてから、旅行中のことをほとんど忘れてしまっていた。楽しいこともあったが、それも合わせて忘れてしまった。それまでに何度も旅行に出ていたが、嫌なことも楽しいこともあった。
 それでも、楽しいことだけは、ほとんど覚えていた。嫌なことは、忘れていたつもりだったが、急に何かの弾みで思い出すこともあった。忘れているつもりでも、記憶の奥に格納されていたのだった。
 それなのに、その時のことは、いいことも悪いこともすべてひっくるめて忘れていた。後から何かの弾みで思い出すことはなかったのに、何を今さら、自分の身体から離れて、晃少年の中に入りこんだにも関わらず、思い出したというのだろう?
――意識だけではなく、記憶までもが、生き直している身体に移っているのだろうか?
 と思ったが、逆の発想もあった。
――記憶はすべて失われていたと思っていたが、記憶が失われたことで、格納していた記憶が解放され、表に出てきたのかも知れない。表に出てきた記憶が意識として入りこみ、そこから晃少年の記憶の中に紛れ込んでいたとも考えられる。ふとした時に出てきたのも、無理もないことではないだろうか?
 と感じていた。
 俊三が、気になっていたのは、植物人間の記憶を今さら思い出したのかということだった。
 そんな思いでいると、ある時、執事から話しかけられた。
「晃様は、本当に晃様なんですか? どうも違う人の影を感じるのは、私だけなんでしょうか?」
 と言われた。
 晃少年はたじろいでしまったが、
「心配することはありませんよ。私も晃様と同じことを考えているんじゃないかって思っているんですよ。この発想は、ちょっと他の人には話せませんからね」
 そう言いながら、前の執事のことを話し始めた。
「私は直接、前にここにいた執事のことは知らないんですよ。でも、こうやって話をしていると、どんどん想像が頭に浮かんできて、そのうちに、疑いようのない記憶に思えてくるんですよ。でも、それは想像というよりも妄想に近いもので、自分の中に誰かがいて、妄想を見せているように思えてならないんです」
 という話をした。
 俊三は、何となく執事が言いたいことが分かった気がした。
 執事が話をしているのは、晃少年にではなく、明らかに俊三にであった。俊三は見透かされているようで、たじろいだ態度を隠すことができなかったが、執事の目をずっと見つめ直して、視線を切ることができなくなっていた。
 執事は自分の中に、交通事故で亡くなった、自分がここに来る前の執事がいることを悟っているというのだろうか?
――いや、俺に話しかけているのは、目の前にいる執事ではなく、交通事故に遭ったという執事なんだ――
 と感じていた。
 二人の会話は、別の人の身体に入りこんだ者同士の会話である。お互いに声を出して話してはいるが、入りこんだ人の意志とは違うものだった。光と影が存在しているのであれば、影同士の会話ということになる。
 交通事故に遭った執事は、自分が生き直していることを自覚はしているようだが、それは、彼が望んでのことなのか、ハッキリと分からない。生き直しているのであれば、執事が晃少年の中に俊三を見つけたように、俊三にも執事の中に、もう一人誰かがいることを悟ってもいいはずだ。
 執事の中に、誰かが潜んでいるような素振りはまったく感じられなかった。ただ単に、鈍感なだけだと言ってしまえばそれなのだが、執事が晃少年に対して、誰かがいるということを口走るのは、勇気のいることだろう。少なくとも、ある程度の確証がなければできないことだが、それは、逆に俊三にも言えることなのかも知れない。
 そう思うと、生き直しているということの本当の意味が、分かってくるような気がしてきた。
「私は運がよかった」
 執事はボソッと口走った。
 その声は、さっきまでの執事とは違っていた。声の低さには変わりなかったが、今度の執事の声の低さは、まるで作られた声のように思えてならなかった。
――まるで別人のようだ――
 そう感じた時、その声の主が、執事の中にいる、本当は交通事故で死んだはずの執事であることに気が付いた。
「運がよかったというのは?」
「私は、即死だったからね。もし、あのまま病院に運ばれていたらと思うと、考えただけでも、ゾッとするよ」
 何が言いたいのだろう?
「でも、死んでしまったら、即死だろうと、少しの間生きていたとしても、何か変わりがあるんですか?」
「残った人に悪いだろう?」
 なるほど、そこまで考えているんだ? しかし、いきなり死んでしまったのに、そこまで考えられる余裕ってあるのだろうか?
「確かにそうですけど、死んでしまって他の世界に行くのだから、頭の中ってリセットされるんじゃないんですか?」
「普通なら、確かにそうかも知れない。頭の中がリセットされ、この世とは関係のない世界に魂だけが行ってしまう。その世界では生きるという概念はないのさ。考えるということもなく、ただ、彷徨っているだけなんだ。たいていの人はそこで再生を待つ形になって、時間がくれば生まれ変わる。だけど、生まれ変わると言っても、今度はどこの世界に行くのかというのは、分からないのさ」
――何を言っているのだろう?
「どこの世界って、この世のどこかに生まれ落ちるんでしょう?」
「君は、人が一般的に言う『この世』という世界が一つだと思っているようだね?」
「そうじゃないんですか?」
「いや、違うんだよ」
 やぱらとハッキリという。どこにそんな確証があるというのだろう? 確証というのは、自信の元に成り立っているものではないんだろうか? 彼の中から湧きおこる自信、俊三にはまったく見えなかった。
「この世を司っているのは、実は『時間』なんだよ。時間には時系列というのが存在し、時系列には誰も逆らうことができない。規則的に刻んでいる時間に逆らうことはできず、過去に行くことはできない。発想するということはできても、実現に向けて考え始めると、そこには大きな壁がいくつも立ちはだかって、先に進むことはできない。たぶん、君なら少し考えれば分かるはずのことだ」
――なるほど、この男の言う通りだ――
作品名:宿命 作家名:森本晃次