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宿命

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 俊三は孤独を嫌だとは思っていなかった。孤独が一人で寂しいということであるならば、自分は孤独ではないと思っていたからだ。人といることで自由がなくなるのであれば、寂しさくらいは苦にならないと思っていた。しかも孤独がそのまま寂しさに繋がるわけではない。俊三にとっての寂しさは、自由を削がれることだった。そういう意味では、人といることの方が寂しさを感じさせられるのではないかと思うと、一人で旅に出たくなったのも、無理のないことだったに違いない。
 旅先で知り合った人とは、別に連絡先を交換したりもしなかった。中には連絡先を交換したいと言ってくれた人もいたが、
「また、いつかどこかで会うことになると思うよ」
 と言って、敢えて教えなかった。
「うん、分かった」
 少々、残念そうだった相手だが、そんな相手とは、本当に再会できるようで、旅をしていると、
「あれ? また会ったね」
 と言って、人懐っこそうに近寄ってくる。
「だから言っただろう? またどこかで会えるって」
「本当なんだね。圓楽先を聞いた人とは、ほとんど会ったことがなかったのに、面白いものだ」
 俊三も、
「また、いつかどこかで会うことになると思うよ」
 と言った時、確証があったわけではない。ただ漠然とまた会えるかも知れないと思っただけだったが、一度そんなことがあると、他の人で連絡先を聞いてきた人に同じことを言うと、再会できる可能性がグンと上がってくるように思えてきた。そして、実際に出会うことができると、可能性が上がってきたと思った時、自分の中で確証めいたものが芽生えていたのではないかと思えてくるのだった。
 ただ、旅行に出てから、いいことばかりだったわけではない。お金が尽きかける時もあり、そんな時は現地でアルバイトを探すのだが、そんな時に限って、アルバイトが見つからない。
 どうしても、他にアルバイトの候補がいれば、雇う方も、現地の人間を優遇するのは無理のないことだ。しかも、旅行中でお金が無くなったためのアルバイトなのだから、臨時の意味合いが強いアルバイトである。
 それよりも、現地の人であれば、長期の勤務が可能である。自分が雇い主になったことを思えば、まず、自分がどれほど不利な状態か、想像もつくだろう。
 順風満帆とはいかない旅であったが、総合的に考えると、
「旅に出てよかった」
 と思った。
――経験は何よりも尊いものだ――
 と、実感できたからだ。ただ、この旅で何を得ることができたのかと言われると、言葉にして表現することは難しい。言葉に表現できないような漠然としたものなので、俊三の中では、
――長い旅だったわりには、成果として得られたものは、それほど多くはなかったのだろう――
 と思うのだった。
 旅行中に考えたこととして、なぜか前世について思い浮かべることが多かった。それまで前世のことなど一度も考えたことがなかったのに、急に考えるようになった。旅先で知り合った人の話を聞いてから考えるようになったのだが、一度前世のことを思い浮かべてみると、それからというもの、旅行から帰ってきても、
――気が付けば、前世のことを考えていた――
 と思うようになっていた。
「前世って面白いですよね」
 両行先で知り合った人からいきなり前世という言葉を口にされて、正直戸惑った。
「はぁ」
 曖昧な返事しかできなかったが、色々な人がいることくらい覚悟の上なので、奇抜な発想に対しては、曖昧な態度を示すのが無難であることは分かっていた。
 ただ、その人の発想が奇抜だったことを意識しながら、彼の顔を見ていると、前世という発想がさほど奇抜なものではなく、自分も以前から意識していたことだったように思えてくるから不思議だった。
 それまでに前世のことなど考えたことはなかったはずなのに、前世という言葉にどこか懐かしさを感じるのは、デジャブのようだった。
「前世を覚えてい人はまずいないと思うけど、前世が存在するのだとすると、その前世が人間だったという保証はないんだよ」
「どういうことですか?」
「犬だったり猫だったりするかも知れない。それならまだいいが、下等動物だったり、ひょっとすると植物だったりするかも知れない」
「植物ですか? それはまた奇抜な発想ですね?」
「そうだね。でも植物だって命があるんだから、人間の前世だったとしても不思議のないことさ。逆に植物の前世が人間だったということもあるかも知れないよね。そう思うと、命というものをどう考えるか? それって答えがないような気がしてくるんだ」
 その話を聞いて俊三は、頭の中に浮かべてはいけない発想が思い浮かんでしまったことを後悔した。
――まともに聞かなければよかった――
 発想として思い浮かんだのは、植物人間という言葉だった。
――生き長らえてはいるが、自分の意志で生きているわけではない――
 生命維持装置によって、かろうじて命を保っている。生きているのか死んでいるのか、植物人間が一人いるだけで、本人だけでなく、まわりは皆不幸になっているという発想だった。
 どうしても、現実的に考えてしまう俊三とすれば、まず最初に考えるのは、金銭的なことだった。
 生命維持装置にどれだけのお金が掛かるのか分からない。保険からどれほど出るのか分からないが、半永久的に続くのであれば、金銭的なものだけでも、精神を蝕むことになるに違いない。
 最初にお金のことを考えたのは。一番分かりやすいからだった。精神的なものだったり、倫理の問題だったりすることに関しては、漠然としてしか感じることができないからである。
 少なくとも、今まで生きてきた自分には、自由というものがあったはずだ。植物人間を身内に抱えていても、自由がないわけではないが、かなり制限されるのは間違いない。考え方によっては、
――まったく自由を奪われた――
 と感じるのも当たり前のことだった。テレビなどで、交通事故で植物人間になった人が出てくるドラマを何度か見ているが、植物人間になった人のまわりをハッキリと写すことはないような気がした。
 やつれた態度で応対する姿を見ることはあるが、その人が何を考えているのかなど、はかり知ることはできない。あまりそちらに重きを置くと、ストーリーのバランスが崩れてしまうからだろうが、見ている人に、どこか釈然としないモヤモヤしたものを与えているのではないかと感じていた。
 俊三が前世の話に興味を持ったのは、話をした相手が、植物を口にしたからだった。彼がどんなつもりで口にしたのか分からなかったが、聞く人によって、他愛もない気持ちで話をしたつもりであっても、まったく予期しない発想を思い浮かべることになるという典型的な例だろう。
 しかも、典型的な例を思い浮かべた俊三自体、
――口に出すことに対して相手がどう感じるか――
 など、頭の中になかったりする。
「奇策を弄する人間ほど、自分がされることに関しては、疎いものである」
 という話を聞いたことがあったが、
――本当だろうか?
 と思いながらも、まさか自分が言葉通りの状況に陥ってしまったなどと、思いもしなかった。
作品名:宿命 作家名:森本晃次