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宿命

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 執事のような性格の人は、自分の中にある幹が一本であることを、まわりに悟らせながら、一本気な性格通りの態度を示し続けないと、きっとまわりからは石ころのように、まったく目立つことのない性格に見られてしまうに違いない。
――こんなに存在感が強いのに――
 と、思うことは永遠にないだろう。
 しかし、執事のすごいところはそれだけではなかった。
 今のように、存在感を絶対的に強く表に曝け出しているのに、場合によっては、自分の存在感を、石ころのようにまったく消すこともできるのだった。そんな機会が今はないだけで、近い将来、俊三にも分かる時がやってくるのを、そのうちに疑問とともに、ジワジワ感じるようになることを今は知らないだけだった。
 それが執事の特徴でもあった。
 もっとも、俊三以外の人は、執事のまったく気配を消すことができるという性格を、無意識のうちに悟っていたようだ。
「執事というのは、いつでも影のように主人に仕えるものだからな」
 テレビドラマなどで、執事というと、自分を殺して主に仕える、
――黒子のような存在――
 だということを意識させられる。俊三には、それがまるで誰かの手によって洗脳されているように思えてならなかった。
――執事という仕事は、誰にでもできるものではない。選ばれた人間にしかできないものだ。そういう意味では世襲で橙受け継がれていく方が、よほど自然な気がしてくる――
 と感じた。
――執事は、まるで忍者のようだ――
 これが、生き直す前の俊三が感じていた意識だった。
 金持ちの家の独特な性格を代表しているのが、執事という存在であるかのように思っていたからで、今も昔も、俊三にとって執事というのは、一番分かりにくいタイプの人であることに違いはなかった。
 それなのに、今はしっつじのことがよく分かるような気がする。晃少年の遺伝子が教えてくれるのだ。
 晃少年の祖父が、交通事故で亡くなった執事のことをどれほど理解していたのかということを想像していると、
――交通事故で亡くなった執事は、自分の命が風前の灯であったことを、ずっと感じていたのではないか――
 と感じられるようになってきた。
 病気であれば、自分の身体のことなので、悟ることもできるであろうが、突発的な事故までは想像するのは難しい。自分の命が狙われているということを最初から悟っていたのでなければ、なかなか想像できるものではない。
 しかも、普通の人なら、
――そんな不吉なことを考えていると、余計に鬱状態に入りこんでしまって、あることないことで悩むことが、結局、自分の寿命を縮めてしまうことになる――
 と感じ、不吉なことを、余計なことだとして考えるようになり、余計なことを考えるだけ無駄であり、
――百害あって一利なし――
 と思うことだろう。
 その性格は楽天的ではなくとも、被害妄想である限り、どうしても自分に付きまとって離れないに違いない。
――無駄なことはしたくない――
 という、誰もが持っているであろう考えは、
――被害妄想に陥りたくない――
 という考えが招いたものであることを、どれだけの人が自覚しているだろうか。俊三も自分が生き直すことがなければ、知ることがなかったことなのかも知れない。
 しかし、一度分かってしまうと、これほど分かりやすい理屈もない。得てして、考え方というのは、見る角度を少し変えるだけで、まったく違ったものになってしまうことを今さらながらに知ったというのが実感だった。
 楽天的という意味では、交通事故で亡くなった執事ほど、楽天的に見えた人はいないと、祖父の遺伝子は教えてくれた。
 最初は、楽天的に見えるのは父親の遺伝子によるものだと思っていたが、最初に感じたのは祖父だったのだ。
 それも、父親が感じていた思いよりもかなり強いものがある。そのことに気付かなかったのは、先祖の遺伝子を手繰っていくには、一つの道しかなかった。途中を飛び越えて見ることは不可能であり、なぜならば、それだけたくさんの先祖の遺伝子が、自分の中にあることを分かっていたからだ。
 時系列を逆に手繰ってのだから、当然、最初は父親であり、その次に祖父になる。しかも、それはまるでテープの巻き戻しのようなものであるだけに、通常スピードでなければ理解できないことであるならば、生きてきた時間を遡るのだから、当然、時間が掛かって当たり前である。それを数倍速で理解しようとすると無理があり、ある一点に焦点を絞って、それ以外は数倍族で遡る。探しているその一点が見つかれば、その原点まで遡り、今度は、そこから通常スピードで、時系列に沿って見て行くことになるのだから、遺伝子を感じることができても、その遺伝子が何を教えてくれるかということを理解するまでがどれほど難しいことなのか、考えたこともなかった。
 ただ、そんなことを考えてしまっては、せっかくの力も足踏みしてしまう。こういうことは一気に理解してしまわないと、途中で立ち止まると、自分が彷徨ていることに気付かされて、そこで立ち往生してしまう。そのままどっちが前で後ろなのかも分からず、真っ暗な中、一歩踏み出せば、そこは断崖絶壁などという思いが生まれはしないかと思うと、恐ろしい。
 祖父や父親の遺伝子を、忠実に手繰っていけるのも、俊三だからである。
 晃少年であれば、きっと無理だったに違いない。自分の中に遺伝子が存在し、それが見えない力となって作用しているということは、無意識に晃少年にも分かっていたようだが、あくまでも無意識なため、意識することのないものとして、自分の中で分類している。一度、意識することのないものとして分類されれば、そこから意識に持って行くには、至難の業だ。できるとすれば、自分の中にいるもう一人の自分に委ねるしかないのだが、それも、もう一人の自分というものを意識しないとできないことだった。
 しかし、もう一人の自分を意識するということは、無意識に感じていることすべてが、もう一人の自分の力によるものだということを感じなければ無理がある。もう一人の自分を感じるのは、夢の中でしかできないことなので、物理的に遺伝子の詳細を知ることはできない。なぜなら、もう一人の自分の存在を意識できるのは、夢の中でしかないことを分かっているからだった。
 その思いは、
――当たらずとも遠からじ――
 と言ったところではないだろうか。
 自分の身体に他の人が入りこむことはできない。それは、もう一人の自分が、他の人の侵入を許さないからだ。
 だが、もう一人の自分の存在を、知っている人がいた。それも晃少年にとって、すぐに身近にである。
 それは誰あろう、今晃少年に仕えている執事だった。
 彼は交通事故に遭った執事と同じように楽天的な性格で、執事になるには、楽天的な性格を持ちあわせることが不可欠なのだと思わせた。
 晃少年に仕えている執事は、
――楽天的な性格だというのは、余計なことを考えないようにすることだ――
 と思っている。
 余計なことを考えないから、一貫した態度が取れるわけで、執事にとってマイナスと言える、
――プライド――
 であったり、
――目立ちたい――
作品名:宿命 作家名:森本晃次