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宿命

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 祖父は、それも分かっているつもりだったが、どこかまだ甘い考えを持っていた。危機感がなかったと言えばそれまでだが、自分の意見が通ったり、研究者がもっと自由に研究できる環境が与えられていると思っていた。
 しかし、国家機密に属しているということは、完全に国家の意志に逆らっては、自らの存在をも危うくすることを分かっていない。それは、まるでサスペンス映画のような、綱渡りだったのだ。
 祖父は、出資だけしていればよかった。下手に首を突っ込まなければ、それでいいのだった。
 しかし、少し興味を持ってしまったため、機密漏えいに敏感になっている組織に目を付けられた。脅迫状が送られてくることもあったし、自ら危険な目に遭うこともあった。
 それでも、出資者を殺害できるほど、国家予算で賄えていたわけではない。一人でも多くの出資者を募らなければ、たちまち、立ち行かなくなる。しかも、出資は継続しなければいけない。出資者は、開発者と同等か、それ以上に貴重だったのである。
 ただ、そのために、祖父の回りではいろいろな災いがあった。もちろん、嫌がらせに過ぎないのだが、それだけでは済まないのが、国家ぐるみだった。
「執事の交通事故」
 これは、国家組織による、暗殺だった。
 もちろん、そのことを知っているのは祖父だけである。財閥である祖父にとって、出資のことを隠しておけない人は数限られていたが、祖父は執事にだけは話していた。
 執事はそれだけ、祖父から接待的な信用を得ていたし、他の人から悟られない人の中で一人だけ秘密を知っていてくれる人がいれば、最後に何かあっても、その人が行動してくれるという思いがあった。いわゆる「保険」という意味合いだった。
 だが、国家組織はそんな祖父の考えを見越していたのか、執事の殺害を敢行した。祖父は、その瞬間、
――もう、私は逃げられない――
 と腹をくくったのだが、執事の死を無駄にしてはいけないという思いも強かった。祖父の執事への思いの強さと、執事の祖父への従順な気持ちとが、見えない力となって、生まれ変わらせたのかも知れない。
 今の執事の意識の中に、記憶としては残っていないが、いつか芽生えるであろう意識として格納されていた。それにしても、その予備薬を使わなければいけない人間が身近に、しかも、それが自分の孫であるというのは、何という皮肉なことであろう。運命の導きというべきであろうか。
 幸か不幸か、祖父はそのことを知る前にこの世を去っていた。晃少年は生まれながらに因縁深い数奇の運命を担っていたのだ。
 晃少年の中に入りこんでいる俊三には、時間が経つにつれていろいろなことが分かってきた。分かってきたというよりも、発想としてはあまりにも奇抜なので、これが生き直しているわけでなく、普通に生きている人間であれば、こんな発想ができたとしても、それは「妄想」として片づけられたに違いない。
 晃少年の遺伝子に、祖父の意識が残っているようだった。父親の意識の方が強いものだったが、それ以上に祖父の意識が俊三には気になった。俊三も昔は予備薬について気になっていた一人だった。祖父がどれほど自分の人生の中で、予備薬というものの開発に携わっていたか、出資者と開発者としての立場は違えど、違うからこそ、今まで見えなかったことが見えてきたようで、晃少年の苦悩が今さらながら分かったような気がした。
 俊三は、執事のことも何となく分かる気がした。祖父の意識が晃少年の中にある遺伝子によって受け継がれたものであるのとは違い、執事のことは、晃少年が直接感じたことが基礎になっている。それだけに、祖父や父親の意識のようにおぼろげではあり、遺伝子のように間接的なものではない。
――あれだけポーカーフェイスで、自分の腹の内を絶対に悟られることのないような態度は、虫の入りこむ隙間すらない――
 誰もが、そう思うに違いないが、晃少年にとって、
――執事のように分かりやすい性格はない――
 と思えるのであった。
 その根拠は一体どこにあるのか俊三には分からなかったが、もし分かるのだとすれば、それは、
――波長が合う――
 ということではないのかと思えた。
 普通、
――相手の性格が手に取るように分かる――
 という時は、似たような性格の人に言えることが多いのだが、執事と似た性格であれば、まず相手のこtが分かるというのはありえないような気がした。
 もし、執事のような性格が自分にもあったら、知らず知らずのうちに、相手に自分を見られないような対策を施すに違いない。
――何、難しいことではない。まわりに自分を同化させ、自分の全体像を見せないようにすればいいだけだ――
 と思うからに違いなかった。
 晃少年が、執事のことを、
――分かりやすい――
 と感じたのは、まんざらでもない。執事には裏と表の性格が存在するが、それぞれの性格は一本である。そこから枝葉が伸びているが、それは一本の幹を悟られないようにするための見誤れるための工作にすぎなかった。他の人のように、性格の中にいくつもの線があって、その枝葉は毛細血管のように絡み合い、他の幹から伸びてきた線と、絡み合っているだけで、決して重なることのない性格の方が、よほど分かりにくいはずだった。
 それでも、分かったような気がするのは、人の性格を見る時に、全体から見るのではなく、見つめた一点から広げていく場合には、どちらが分かりやすいかというと、後者であった。
 後者の場合は時間はかかるが、地道に見ていれば、ある一点から先は、芋づる式に理解できるようになってくる。どうして理解できるのかというと、放射状に張り巡らされた毛細血管のような枝葉が、他の幹から伸びた毛細血管と決して重なることがないことからではないかと俊三は考えるようになっていた。
 もし、俊三が自分の人生だけを全うしていれば、死ぬまで分かることではないだろう。ここに「生き直している」という意味があり、俊三が晃少年の中で生き直している理由があるとすれば、このあたりにも秘密があるのではないだろうか?
 執事には、枝葉があっても、美貴は一本なので、交わらないようにできていても、元の幹まで辿り着くまでには、それほど時間が掛かるわけではなかった。ただ、他の人のように、一点から広げていくには、そこからが大変なことであった。
 執事のように、誰に対しても態度を変えることもなく、何があっても、それほど態度が変わるわけではない人の全体躁に辿り着くには、一点から広げていくには、無理がある。最初に全体像を思い浮かべてから、詳細に絞っていくことであればできなくもないが、それをさせないようにしているのは、態度を変化させることのない執事の性格によるものだった。
 性格というよりも、考え方と言った方が正解なのかも知れない。執事の誰に対しても態度を変えない姿勢には、明らかに執事の意図が含まれていて、また、意図がなければ、ここまで徹底した一つの幹を表に出すことはできないに違いない。
作品名:宿命 作家名:森本晃次