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宿命

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 もし、現実の世界であれば、
――僕には限られた時間しか残されていないんだ――
 と感じるに違いない。
 やはり夢の中では普段の晃とは別の世界であり、毎日を死を意識して生きなければいけない自分を切り離すことができる。
――できれば、夢から覚めないでほしい――
 と思うのも無理のないことだろう。
 しかし、ひとたび夢から覚めると、襲ってくるのは死の恐怖だった。いくら、
――将来には助かるに違いない――
 あるいは、
――もう一度生き直せばいい――
 という楽天的な思いを持っているからと言っても、今の晃少年の中にいることで、死を意識しないわけにはいかない。
――そういえば、この楽天的な性格は、執事から伝染したものではないだろうか?
 と、思うと、
――晃少年も、本当は楽天的な性格だったのかも知れない――
 と感じた。
 晃少年の中にいて違和感がないのがその証拠に思えるし、晃少年が、同じ相手には同じ性格を一貫して見せていたことでも、俊三と似たところがあったに違いないと思えるからだ。
 俊三は晃少年の中にいて、
――俺はどうして生き直そうと思ったのだろう?
 と定期的に考えるようになっていた。
 俊三は自分が晃少年の中に入った瞬間、ちょうど同じ時に、晃少年が佳苗の中に入りこんだのだろう?
 佳苗は晃少年よりもかなり年上だった。晃少年が佳苗のことを意識しているであろうことを分かっているのは、晃少年の中にいる俊三だけだと思っていたが、実は違っていた。
――執事にも分かっているんだ――
 と感じていた。
 俊三も晃少年も、前にいた執事が交通事故で亡くなったことを知らなかった。父親がその時の事情を知っていたのだが、今の執事がその時に亡くなった執事の生まれ変わりのように思っていた。
 父親には、
――生き直す――
 という発想はなかった。
 生き直すということは、元々生きていた人が死んだちょうどその時に、他の人の魂が入りこむ時、人はそれを、
――死の淵からよみがえった――
 そんな風に思うだろう。
 死の寸前まで行っていて、生き返ったという話はよく聞く気がする。それは、本当は死んだ人の中に、彷徨っている魂がうまく入りこんだことで起こることであろう。
 生き直すことや、生まれ変わるという発想もいろいろあるのだろうが、
――死の淵からよみがえる――
 というパターンが一番多いのではないだろうか。
 いや、一番ハッキリとしていて、分かりやすいパターンということで、
――それが一番だ――
 と思えるだけで、実際には知らないところでもっとたくさん生き直したり、生まれ変わったりしているのかも知れない。
 執事のことを今でも父親は、
――前にいた執事の生まれ変わりなんだ――
 晃少年の中にいる俊三は、予備薬の存在が、自分が知るずっと以前から研究されていたことを知っていた。それがひょっとすると、執事が交通事故に遭った時から利用されていたのだとすると、俊三が予備薬の存在を知った時、すでに考えられていた副作用を伴っているとすれば、今の執事が、交通事故で亡くなった執事の生まれ変わりではないかという発想に至ったとしても不思議のないことだった。
 薬には副作用が付きものだ。この予備薬についている副作用は、
――使ったら、しばらくはこん睡状態に陥る。そして意識が戻ると、それまでの記憶をかなりの確率で失ってしまっている公算が高い――
 ということであった。
 それまでの人生を覚えていたとしても、それは自分の人生ではないようにしか思えない。夢だったと思うことだろう。
 当然、かなり危険な薬として、実用化はおろか、その存在までもが、しばらくの間は、専門家の間でもひた隠しにされていた。
 知っているのは一部の人間、それだけに秘密を知っている人のリスクも高かった。
 ただ、噂というのは、いつの間にかどこからともなく湧いて出るもので、あれだけ極秘にしていたことも、噂として独り歩きをしていた。
――根も葉もない噂――
 というレベルのもので、信憑性は限りなく低かったが、信憑性の高さが問題というわけではなく、
――どこからそんな噂が湧いたか――
 というのが問題だった。
 根も葉もない噂の方が、たちが悪い。ある程度信憑性のあるものであれば、扱い方も慎重になるというものだが、根も葉もないレベルのものに対しては、そこまで神経質なことはない。
 隠そうとすればするほど、嘘だと思われる噂が、実は的を得ていたりする。内容を知っている人間としては、いつ核心に触れられるかという不安に駆られ、一度噂が立ってしまった以上、不安が払拭されることはない。
 そんな状態で、一人歩きする噂ほど、恐ろしいものはないのだ。
 誰が噂を流したのか分からない以上、どうすることもできないが、終結させるには、誰かを犠牲にし、人身御供にする必要がある。すなわち、
――生け贄――
 である。
 立場上、危ない人は自分で分かっていたりしたものだ。
「最初から分かっていたのだから、手の打ちようもあるだろう」
 というような生易しい問題ではない。分かってしまえば、そこから結論のない目的地まで、堂々巡りを繰り返すだけの焦りの世界に入りこんでしまうことで、
――ギリギリまで知らない方がよかった――
 という後悔の念に捉われることだろう。まさしく、知らぬが仏である。
 予備薬の研究に関わっていた人の中に、晃少年の祖父がいたことを、晃少年が知るはずもなかった。祖父は、晃少年が生まれる少し前に亡くなっていた。病死だということだったが、なぜか、祖父のことに触れる人は誰もいなかった。
 俊三は、自分が生きていた時代に予備薬の存在を知った。その頃になると、医学や薬学に従事している人であれば、ある程度の人も知っているほどの知名度になっていたからだったが、それでもまだ一部の大きな病院で使われているだけで、一般の個人病院が使用できるわけではなかった。
 薬自体の効果に問題はなかったが、やはり副作用に関しては、まだまだ問題もあった。精錬された薬になると、かなり副作用はなくなっていたが、そこまでの薬を開発するとなると、かなりコストがかかってしまい、薬としては、かなり高価なものであったのだ。
 それでも、薬自体の効果は抜群だった。
 晃少年の病気を治すのに、かなりの効果を示すに違いなかった。さすがに薬だけでは治せないだろう。何度か手術を受け、薬品投与を重ねることで、今は不治の病でも、今後は決して不治の病ではなくなってくるのだ。
 晃少年の祖父は、元々財閥の出身だったが、学生時代に医学を志したことがあったことで、予備薬への専門的な知識は少しは理解していたつもりだった。
 もちろん、副作用への危惧は他の医学者と同じ意識を持っていたし、実用化にはかなりの時間がかかるのも分かっていた。
 それでも、
「医学の進歩には必要なことだ」
 ということで、出資を惜しむことはなかった。
 ただ、予備薬開発は、最重要国家機密に属するほどで、もし、これがアメリカの開発だったら、FBIなどの秘密警察組織が裏で動いているほどの研究だった。
作品名:宿命 作家名:森本晃次