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宿命

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 自分のことを二重人格だと思ったとしても、途中で急に意識しなくなるのは、時間のせいではないと思いたい気持ちを正当化させたい思いが、二重人格を自分の中の悪い性格だとして、自分を納得させるための犠牲にしている。そのことに繋がっているのだということを分かっていながら、否定できない自分を責め苛める気持ちが、最初の一か月なのだろう。
 その後、パッタリと忘れてしまうのは、自分が納得できるまでの時間が、まるで別世界だったのだと思わせるためだった。
 だが、完全に忘れたわけではない。意識のどこかに残っている以上、記憶の奥に封印されることはないのだ。
「新しい執事だ」
 と言って、祖父に紹介された人の顔を見ると、父親は驚いた。確かにこの間バーで話をした男性だったが、表情はあの時とはまったく違っていた。緊張しているのか、血色が感じられないほど冷静に見えた。それでも、涼しそうな表情は、この間話をした時を彷彿させるものがあった。
 その人は、父親に気付いていないはずはないのだが、初めて会ったようにしか思えなかった。
――初めて会った様子だとすれば、あの時と変わりはないはずなのに、明らかに違うのは、この人が二重人格だからだろうか?
 どうしても、父親の頭の中は、何かあれば二重人格だということで片づけようとするくせがあるようだった。
 ただ、この人が、
――自分は執事になるために、ここにいるのだ――
 ということをわきまえているだけだということを父親には理解できなかったのだ。
 最初からそのことに理解できないと、執事であることに慣れてきた頃には、
――もうこの人は、執事以外として見ることができない――
 と思うようになってしまったことに自分で気付かなくなってしまうのだ。
 執事というのは、本当に自分を殺して主に仕えるもので、テレビドラマで見る執事、そのままだった。
 以前は、
――そんな人がいるわけがない――
 と思っていた。
 父親は、わざと執事に逆らうようなことをしては、気持ちを逆撫でするようなことをしてみた。それがどれほど自分を惨めにするかなど分からずにしてしまったことだが、さすがに、
――こんな子供みたいなことをして、何になるんだ?
 と思ったことで止めてしまったが、それでも自分に逆らうことのなかった執事を見て、全面的に信じるようになっていた。
 それから父親は結婚し、晃が生まれた。その頃には親の会社の社長に収まっていて、晃が生まれてからも、家庭だけを見ているわけにはいかなくなった。
 晃の命が危ういと教えられたのは、晃が生まれてから四年が経ってからだった。それから数年が経ったが、さすがに最初の一年目は、晃のことが気になって仕方がなかった。仕事が手につかないほどの落ち込みように、まわりも心配になったが、一年も経つと、今度は急に仕事に専念するようになり、晃の静養場所を執事に探させたのだった。
「旦那様は、何かを吹っ切られたようだ」
 と、執事が言っていたが、まさにその通り、その頃には立派に社長業もこなしていて、晃のことは、執事とメイドに任せきりだった。
 最初は母親にも晃のところに行ってもらおうと思っていたようだが、
「私にお任せください」
 という執事の言葉を全面的に信じた。そこまで父親は執事に全幅の信頼を置いていたのだ。
 晃は、ほとんど父親に対しての意識がなかった。物心つた時から一緒にいないのだから、当たり前のことだが、だからと言って執事を自分の父親のように思うことはできなかった。
 それは執事も同じことで、あくまでも、主従の関係を、
――どんなことがあっても壊さない――
 という意識を持って、晃に接していたのだ。
 子供の晃には、
――何かおかしい――
 と思っても、それがどのようにおかしいのかまでは分からない。だが、晃少年の中に入りこんだ俊三には分かっていた。
 晃少年にとって執事は、召使いではなかった。尊敬できるところがあって、決して無理な命令をしてはいけないことをわきまえていた。
 それを見て執事は、
――何ともこんなにも潔い子供がいて溜まるものか――
 と思っていた。
 執事としては、相手が子供であっても、従うことを宿命づけられているように思っていたが、わがままを言うのであれば、そこはしっかりと、
「ダメなものはダメだ」
 という躾けはしなければいけないと思っていた。
 しかし、晃少年にはそんなところは一つもない。自分の命があとわずかであることを知っているかのような潔さに、執事はたまらない思いを抱いていたのだ。
 しかし、晃少年の命があとわずかであることを知っているのは、ごく限られた人間だけだ。父親も母親も、決して口にするはずはない。何しろ敢えて一緒に暮らさないのは、自分たちの態度で、子供が自分の死を悟ることを嫌ったからだった。
 執事の本心としては、
「限られた命であるのなら、そんな時だからこそ、両親がそばにいてあげなければいけない」
 という言葉を、両親の前で必死に堪えていたのだが、もちろん、そんなことが言えるはずもなく、今まで執事として本音を言うことができなくて辛かったこともあったが、この時ほど、本当に辛いと思ったことはなかった。
 そう思えば思うほど、執事は冷静になり、晃少年の前では、何も言えないため、これまで以上に自分を殺し、耐えなければいけない自分に少なからずの自己嫌悪を抱いていたのだ。
 父親は、そんな執事の気持ちを分かるはずもなかった。逆に自分が執事のように、冷静沈着な態度で、息子の前では毅然としていなければならないと思っていた。
 晃少年の回りで、皆それぞれ自分の意識を殺したり、ごまかしたりして、微妙な距離を保つことが、不穏な空気を漂わせていることに誰もが気付いていながら、どうすることもできないと感じる他なかったのだ。
 そんな空気を一番敏感に感じていたのは、誰でもない晃少年だった。
 俊三が晃少年の中に入りこむ前から、晃少年には、何が起こっているのか分からないまでも、何かおかしいと感じていたことで、いつの間にか、
――僕は正常ではないんだ――
 と思うようになっていた。
 正常ではないということを、晃は自分の命に関わることではなく、精神的な面だと思うようになっていた。さすがにおかしいと感じても、自分の命に関わることとまで考えるだけの力は持っていなかった。それでも他の子供よりも若干勘が鋭く、そのことを両親が気付いたことから、余計に息子に悟られないようにしないといけないと思い、用心深くなってしまう。
 細心の注意を払っているつもりでも、いつの間にか気付かれてしまうというのは、往々にしてあることで、そこまで気を遣っていては、今度は自分たちが参ってしまう。誰かがコントロールしなければいけないのだろうが、その役目を担ううってつけの人がその場にはいた。
 それが執事だということは、最初に父親が気付き、そして母親が気付いた。当の本人である執事はすぐには気付かなかったが、気付いてみるとすぐに行動に移すことのできる執事だったので、両親は、
――私たちよりも執事の方が先に気付いたんだわ――
 と思っていたに違いない。
作品名:宿命 作家名:森本晃次