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宿命

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 佳苗は晃少年よりも年上だったが、精神的には、魂が持っている記憶は疑似であり、異臭を発することで、誰かに生き直してもらうのを待っているようなものだった。
 それは、臓器移植のドナーを待っているようなもので、彼女の中で生き直すことができる人は本当にいるのかどうか、疑問だった。
 そのことを分かっているのは、佳苗の中で生き直している晃少年はもちろんだが、その晃少年の中で生き直している俊三。そして、実は二人に密接な関係にある人がもう一人、このことを知っていた。
 それは、晃少年に仕えている執事だった。
 彼は、余計なことは一切口にすることはなく、どんなに洞察力の鋭い人でも、執事が何を考えているか、理解できる人はいないだろう。なぜなら、執事には自分のことを考える力が欠如していた。いや、最初からなかったのかも知れない。
――そんな人間って、本当にいるのだろうか?
 と、思えるほどだった。
 執事の経歴については、過去のことは何も分かっていない。どこで生まれて、どこでどのように育ったのかということを、彼は覚えていないのだ。
 晃少年の父親が最初に執事を見つけたのは、まだ父親が結婚前のことだった。父親は生まれ持っての金持ちの息子だった。当時で言えば、
「財閥の御曹司」
 とでもいうべきだろうか。平成の時代になれば、今は昔の物語になるのだろうが、晃少年として生き直している俊三の時代でも、すでにそんな言葉は過去のものになりつつあった。
 そんな父親は、まわりの友達からはチヤホヤされていたが、決して有頂天になって、舞い上がってしまうことはなかった。悪い気はしなかったので、まわりからは、有頂天になっているように見えていたようだが、それも仕方のないことだった。
 晃少年の父親は、感情を表に出すことが苦手だった。いつも自分はチヤホヤされているが、決してナンバーワンになれるものではないことを自覚していた。
――チヤホヤするんだったら、俺がナンバーワンなんじゃないか?
 という思いをいつも抱きながら、ナンバーワンに自分がなれるはずがないことを感じながら、ナンバーワンにならないことにホッとしていた。それならチヤホヤされて、それを喜ぶというのは少し感情が違っているのだろうが、喜んでいないと、自分の中にある自己嫌悪が露骨に自分を苛めるような気がしてならなかったのだ。
 もちろん、自分の意に反して、チヤホヤされることを喜んでいるのだから、自分の中でジレンマが湧きおこることは承知の上だった。それをやり過ごすには、表に自分の感情を出さないようにすることが肝心だった。自分の苦悩を曝け出すことで、自分の本性をまわりに知られることがその時の父親には、
――一番してはいけないことだ――
 という意識があった。
 だから、友達もほとんどおらず、話し相手は昔から自分を見てくれていた家にいる執事やメイドさんたちだけだった。
 そんな父親も、次第に寂しさが自分の中にあることに気付き始めた。
 学生時代までは、友達と呼んでもいいと思っている人が何人かいたが、しょせんは同じ世界に住める人ではないことに気が付くと、冷めた付き合いしかできなくなっていた。
 父親にとって、
――孤独こそが友達だ――
 と感じる時期があった。
 いろいろなことを考えながら、辿り着いた思いだったのだが、それが開き直りによるものだということに気が付くと、結局、自分がいくら考えても、
――それは堂々巡りを繰り返すことになるに過ぎないのだ――
 と、思うようになったいた。
 それでも、自分には孤独が似合うということに気がつくと、友達と一緒にいることはなくなっていた。それまで話し相手だった執事ともあまり話をすることがなくなっていた。そのことを執事の方では、
「お坊ちゃまが自分を必要としていないということは、お友達がたくさんできた証拠なのだろう。ここから先は私の役目ではない」
 と思っていた。
 その時の執事は実に忠実で、執事としては申し分のない男だったのだが、一つだけ文句を言わせてもらうとすれば、それは楽天的なところがあることだった。
 もちろん、仕事をしている上では、そんなことを表に出さないように心掛けていた。執事自身にも自分が楽天的だという意識はずっと持っていて、それが執事としての仕事にはあまりいい影響を及ぼさないことも分かっていた。
 それでも、
――欠点の一つくらいは誰にだってあるものだ――
 として、甘く考えていた。それこそが楽天的な考えなのだろうが、楽天的な性格であるがゆえに、甘い考えは決して起こさなかった。
 そういう意味では、執事の性格は、
「一長一短はあるが、執事としては十分だ」
 と、先代に言わせたほどだったのだ。
 ただ、そんな執事も、ある日交通事故に遭って、急に死んでしまった。
 あっという間のことで、現場を目撃した人も、ほとんどがあっけにとられたようで、
「その瞬間、時間が凍り付いたような気がしたくらいですよ」
 と、目撃者の証言は、それぞれに曖昧だった。
 そのせいもあってか、この事件が、
「交通事故ではなく、本当は自殺だったのではないか?」
 と、いう思いを警察も抱いたようだ。
「事故と自殺の両面から捜査する」
 ということで、最終的には事故として処理はされたが、自殺としてもかなりの信憑性を持って捜査していたようだ。
 もちろん、遺書も自殺の動機もなかったことから、環境的には自殺を匂わせるものは何もなかった。しかし、
「執事という仕事がどんなものか想像もつかないので、本人が何を考えていたかを思い図ることはできない」
 という、まるで未知の世界を覗き見ているかのようで、そこに神秘の影を感じた人は少なくなかった。
 父親も、
「本当は自殺だったんじゃないだろうか?」
 と思っていた。
 その思いが一番強かったのは、他ならぬ父親で、その理由の一つに、
――自分があまり執事を必要としなくなったからだ――
 と思っていたのだ。
 もし、執事が楽天的な性格であることを父親が知らなければ、執事が自殺をしたなどという妄想に捉われることはなかったに違いない。執事が楽天的な性格だからこそ、執事を必要としなくなったことを感じさせても、大きな問題にはならないとタカをくくっていたのだ。
――洞察力があるというのも、困ったものだ――
 自分には洞察力があることを自覚していた父親は、自己嫌悪に陥っていた。
 しかし、それでも執事が亡くなってから三か月もすれば、自己嫌悪はなくなっていた。その代わり、執事が亡くなってから忘れていた孤独感が、また父親の中に舞い戻っていた。
――やっぱり俺の本質は、「孤独」なんだ――
 と感じるようになった。
 執事のことは少しの間忘れることにした。
 家では新しい執事を探そうとしていたようだが、父親にはどうでもいいことのように思えていた。
「執事なんていないならいないでいいんだ」
 執事が自分のためだけではなく、他にも仕事があることを分かっていて、それでもそう思っていた。
――執事を雇うのなら、俺が直々に採用した人じゃないと認めない――
作品名:宿命 作家名:森本晃次