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宿命

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「その通りだ。君は『生き直す』わけだから、当然今の意識や記憶を持ったまま、違う人に入りこむことになる」
 と話していた。
 その思いは望むところではあったが、それまであった自分の人生はどうなるというのだろう?
「僕の抜け殻はどうなるんだい?」
「心配いらない。他に生き直そうとしている人が君の中に入ることになるんだよ。まわりの人には中身が入れ替わったとしても、それを察知されることはない」
「それって、とても寂しい気がするんですけど」
 まわりの人が自分の何を見ているのかということを考えたことがあまりなかったことを思い知らされた気がした。
――それでもいいか?
 晃少年は、そう思った。そう思った瞬間、目の前の神父も急に優しそうな表情になった気がした。
――何だ、こいつ。みんな分かってるんじゃないか?
 と思うと、とても癪な気がした。
 このまま、この男の言いなりになるのは嫌だったが、しかし、この男が少なくとも自分の敵ではなく、味方であることに間違いないことは分かった。
 そう思い、ここまで自分のことを分かっていると思うと、
――ひょっとすると、この人は自分そのものなのかも知れない――
 と感じた。
 自分であれば、最初から逆らうことなんかできるはずもない。黙って従うだけだ。しかし、心のどこかに癪な部分が残っている。それはこの男に従うことに対して癪だというよりも、この男があまりにも知りすぎていることが癪なのだ。
――俺よりも知っているじゃないか――
 この男は自分の心が姿を変えているだけだ。しかも、この男が言っていることが本当だとするならば、超能力を持っていることになる。そう、自分よりも優れた自分がいることが癪に障るのだった。
 晃少年の心の動きとは関係なく、この男が現れた時点で、晃少年が「生き直す」ということは決定していた。晃少年は癪に障っても、生き直すことには異論はなかった。その中で問題は、
――一体、どこから生き直すというのだろう?
 ということだった。
 そこの誰だか分からない人の人生を生き直すのだから、最初に考えるのは、
――一体、誰の人生なんだろう?
 と考えるに違いなかった。
 それを考えないということは、
――誰であっても、関係ない――
 と思っているからで、その心は、
――自分の意識を持ったまま、違う人に入りこんで人生を生き直す――
 ということだからであった。
 ただ、人生を生き直すということは、今の自分よりもさらに若くなければ話の辻褄はあわない。八歳の晃少年は、それ以上若くなければならず、そうなると、ほぼ自分で何かを意識できる年齢ではない。つまりは、生まれた時から生き直しているようなものではないかと思うのだった。
 ただ、晃少年は、今の自分の身体から抜け出したいという気持ちはあった。
 それは、
――死んでしまうかも知れない――
 という思いよりも、今は新薬が開発されて、自分に使われるであろうことも分かっていた。
 どうして分かったのかということまでは分からないが、分かってしまったことは本当なら喜ぶべきことなのだろう。しかし、そこに絡んでいるのはお金であって、お金を出すことで、新薬を使う権利ができた。つまりは、権利をお金で買ったということである。
 生き残れる人がいれば、生き残れない人もいる。お金がなくて、新薬を使う権利がない人だ。
 その中に佳苗も含まれていた。それを晃少年は、
――佳苗は精神に異常をきたしているから、薬が効かないんだ――
 と思っていたが、本当は、お金の問題だった。
 お金がないことで薬も使えない。しかも精神に異常をきたしたまま、このまま死を待つだけだというのは、晃少年にとって、やりきれない気持ちになった。
 本人にとっては、
「このまま生き長らえるよりも、いっそのこと死んだ方がマシだ」
 という思いを自他ともに持っていた。
 だから、佳苗は死んで当然の女の子だった。誰も生き続けることを望んではいなかった。晃少年たった一人を除いては……。
 この思いは、晃少年にとって、
――自分が助かる――
 ということよりも、このやりきれない思いが、自己嫌悪を引き起こし、
――人生を生き直す――
 という発想を生んだのかも知れない。
 目の前に生き直すことを勧める神父が現れるのは、自分のことというよりも、他の人との絡みで、自己嫌悪に陥った人にしかありえないことなのかも知れない。晃少年に入りこんだ俊三にも同じことが言えるのだろうか?
 晃少年は、自分の身体を離れた瞬間から、生き直す相手は決まっていた。晃少年が生き直す相手、それは佳苗だったのだ。
 佳苗の魂はどこに行ってしまったのか?
 晃には分かっていた。最初からそんなものはなかったのだということを……。晃少年が見ていた佳苗は抜け殻だった。彼女は精神に異常をきたしていたわけではなく、魂を持たずに生まれてきた。誰かに入り直してもらわなければ、このまま死を待つだけだったのだ。晃少年が入りこんだとしても、すぐに身体に馴染めるわけではない。何もなかった記憶を晃少年の記憶と意識から、過去の記憶を作り上げて行こうというのだから、それはかなり難しいことであった。
 佳苗たちが異臭を発するのは、精神に異常をきたしているからではない。自分たちの仲で生き直してくれる相手を見憑けるためだった。もちろん、自分の中にそんな意識が存在しているわけではない。本能的に発している臭いだった。
――反応してくれる人がいるはずだ――
 と思っているからで、だとすれば、晃少年に乗り移った俊三に、どうして異臭を感じられるのか、疑問であった。
 確かに他の人には佳苗の異臭は、もう感じることはない。佳苗にかつて異臭が感じられたという記憶すらなくなっている。それは佳苗自身がまわりに忘れるよう、特殊能力をつかったわけではない。ごく自然に忘れていったものだ。人というのは、条件反射のように、その人を見ただけで、異臭を感じるようになっていたのなら、異臭がなくなってしまうと、今度は思い出すことができなくなる。異臭は自分の中で意識して記憶していたものではなく、条件反射の成せる業だったからだ。
――まるで諸刃の剣だ――
 と、理屈に気が付いた人なら感じることだろう。
 誰もが記憶と呼んでいるものには、条件反射は含まれない。条件反射というのは、
――疑似記憶――
 とでも言えるのだろうか。曖昧な意味で解釈すれば、条件反射も記憶の一種だが、あくまでも、そこには、
――疑似――
 という言葉が含まれて止まないものである。
 佳苗が収監されていた病棟からは、佳苗以外の人に異臭は感じられない。晃少年に入りこんだ俊三が病棟の前を通りかかった時、今でも異臭を感じるのは、彼自身が、
――異臭という疑似記憶を晃少年の中に感じている――
 ということに相違なかった。
 異臭を感じたまま晃少年が自分の身体から離れたことで、疑似記憶は「木置き」へと昇格したのだった。もし、俊三が佳苗に異臭を感じなくなる時が訪れるとすれば、その時初めて晃少年が佳苗の中で生き直していることに気付くことになるのだろう……。

               第三章 執事
作品名:宿命 作家名:森本晃次