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宿命

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 超能力という意味では、人は生きているうちに、その中の力を一度は発揮できるのではないかと俊三は考えていた。その力がどれになるのか、それは人それぞれであり、その力が本人にどれだけの影響を与えるかというのも、その人それぞれであろう。
 強大な力を発揮できる人も中にはいるだろうが、ほとんどは目立たないもので、まわりにはその力が発揮されたことすら気付かないこともあるに違いない。それでもその人にとって大きな意味をなしていることも少なくなく、
「あの人、急に変わった」
 と、まわりから見れば豹変したように見える時というのは、その人の中でその能力が使われた時なのではないだろうか?
 俊三は晃の中に入りこんだ時、晃少年の存在を感じなかった。まるで抜け殻の身体の中に入りこんだと思ってもいいくらいだった。ただ、記憶だけは存在している。記憶を残したまま、生き直しているのだろうか?
 入院三日目の最初の一日が終わろうとしていた。
 子供だったら、それほど苦にもならない入院であろうが、大人の感覚を持った俊三とすれば、入院というのは、苦痛以外の何者でもなかった。仕事をしている時は、
――たまには病気になって入院くらいしてみたい――
 と思ったこともあったが、そんな時に限って病気になるわけでもない。胃が痛かったりして検査に行っても、
「別に異常はありませんね。薬を出しておきますから、それを飲んで気を楽にすれば、すぐに治りますよ。あなたの場合は精神的なものなので、気分が晴れれば自然によくなります」
 と言われて、精密検査を受けても、どこにも異常は見られないと言われるだけだった。
 暗示に掛かりやすい俊三は、医者の言う通り薬を飲んでしばらくすると、胃の痛みなどすぐになくなっていた。
――病は気から――
 と言われるが、まさしくその通りだった。
 だから、俊三自体は入院したことはない。
 学生時代から、化学や医学に興味があり、大学も理数系の学部に進み、何とか中小企業の医薬品を扱う会社に入社できたのだが、数か月ともたなかった。
 身体を壊したわけではないが、精神的にもたなかった。学生時代からの友達で、医薬品関係の会社に入社した連中のほとんどは、半年以内に辞めていた。俊三もその中に一人だった。
 元々、成績もパッとしなかったので、中小企業にしか就職できなかったが、辞めるとなると、却って気が楽だった。学生時代からいい会社に入社したくて、必死に勉学に励み、徹夜の実習なとも頑張ってこなしていて、やっとの思いで入った大企業。それを半年ももたずに辞めることになった連中の気持ちを思い図ることは俊三にはできなかった。
 それでも、会社を辞めた連中と卒業して半年で集合することになったが、彼らは思っていたより明るかった。
 呑み会ではそんな彼らが中心に盛り上がっていたし、暗さを微塵も見せないところは、最初、
――無理をしているだけなのでは?
 と思ったが、どうやらそうではないようだった。
 開き直りがあったのも、もちろんだろうが、それだけではない。
――元々、人間の器が違うんだ――
 そう思うと、自分が恥かしく感じられた瞬間があった。だが、その思いはことのほか短い間しか感じなかった。
――結局、何だかんだ言っても、皆辞めてしまったんだから、ここから先は同じスタートラインだ――
 と感じた。
 それを感じさせてくれたのは、大企業を辞めることになった連中の明るさだった。どちらにしても、彼らのおかげで、俊三は必要以上に落ち込むこともなく、それからの人生を歩むことができたのだ。
 ただ、俊三は、元々必要以上のことをしないタイプだった。
 自分が好きになったことは、一生懸命になるが、それ以外のことは、本当に必要以上のことをしたり考えたりはしないようにしていた。新しく入った会社でも、必要以上に仕事をしたりはしなかった。会社が求めている社員としては失格なのかも知れないが、頑張って達成しても、またそれ以上を求められる。達成感を身体中で味わっている暇を与えてくれないだろう。
 自分で掴み取った達成感は、なるべく長い間持続させたいと思っていた。だから、好きなことに対しては一生懸命になるのだ。その思いは決して他の人に負けないという自負があった。
 しかし、いかんせん、年齢を重ねるにつれて、本当に自分が好きなことが何なのか、分からなくなってきた。すでに三十歳以降、自分が一生懸命になれるものが何なのか、まったく分からなくなり、何となく人生も投げやりになってきた。
――その日、一日が平和に終わればそれでいい――
 そんなことしか感じなくなったのだ。
 ちょうどその頃からだったのではないだろうか、俊三は、自分の記憶力が極端に落ちてきたことが気になり始めた。
 何かをしていて、さっきまで何を考えていたのか、ふと分からなくなるということから始まったような気がする。
「お前だけじゃないさ。俺だって、そんなことは時々ある」
 気の合う仲間と呑みに行くこともあったが、そんな時、記憶力についての話題が時々昇っていたが、気の合う連中との会話では、誰もが似たり寄ったりの考えを持っているようで、ある意味参考にはならなかったが、
――自分がどうしてそんな状態にあるのか?
 ということくらいは、感じさせられるようになっていた。
――類は友を呼ぶというが、本当なんだな――
 と感じていた。
 だが、四十歳になって生き直すようになろうなどと思いもしなかったが、入りこんだ晃少年の意識にも同じものがあるのは意外な気がした。
 元々、晃少年には友達らしきものは存在しない。まわりには、メイドと執事が控えているだけで、病院に通院や入院した時に佳苗と一緒にいる時間だけ、大人でいうところの、
――癒し――
 を感じているのだと思うと、子供ながらにいじらしさを感じるのだった。
 佳苗には、
「しばらくいる」
 と答えたが、三日という日を晃少年は最初に長く感じたことで、
「しばらく」
 という言葉になったのだが、佳苗がどう捉えるか分からない。佳苗がこの病院の、しかも精神に異常をきたす病棟に入院したのがいつなのか分からないだけに、佳苗が何を考えているか、想像もつかなかった。
――人が何を考えているかなど、しょせん誰にも分かるわけはないんだ――
 と、常々考えている晃少年だったが、なぜか一番分かるはずなさそうな佳苗の気持ちだけは必死になって分かりたいと思っていた。
 必死になったからと言って分かるはずのないことは、晃少年が一番分かっていることではないか。
 佳苗の病棟に近づくにつれて漂ってくる異臭。急に意識を失いそうになるこの異臭は、晃少年に入りこんだ俊三には耐えられないものだったが、晃少年はどうだったのだろう?
 案外、平気だったような気がするのは、晃少年を俊三が買い被っている証拠なのかも知れない。
 俊三は、自分が三十歳代から自分の記憶が薄れてきたことを意識していたくせに、過去の記憶だけは意外にハッキリしていることを分かっていた。
――ある地点からの記憶がなかなか思い出せない――
 その頃から、記憶が薄れていくのを感じたのかも知れない。
作品名:宿命 作家名:森本晃次