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短編集3(過去作品)

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 隆にとってベッドに入るまでのシャワーの時間は十分が一時間にも感じられたが、いざ本能の赴くままにお互いを貪り快感が高まっていく時間というのはあっという間の気がしていた。望は今も変わらず体の相性ピッタリで、吸い付いたら離れない肌の感触は、汗とともにそのまま体が解けてしまうのではないかと思えるほどである。
 昔同様、最初に隆の体の隅々まで愛し続ける間、目を瞑りその快感に身を任せているが、時々目を開けるとそこには必死で隆の体を貪りながら上目遣いにニヤッと微笑みかける望がいる。それは今まで出会った女のどんな表情よりも淫靡で、最高の興奮を与えてくれた。
 今回も快感に耐えながら目を開けるとそこには上目遣いで微笑みかける望がいたのだが、その表情は以前の彼女だった。八年という歳月が過ぎ、再会し抱き合っているはずなのに、ベッドの中の望は八年前の彼女そのままだった。
 もちろん快感のためそう見えるだけだと思っているが、そんなことを考えている余裕などない。しかし隆は思う、彼女の顔があの頃に見えたということは、この年になって彼女と別れたことを多少なりとも後悔し、今なら昔の彼女ともう一度付き合いたいという願望が心のどこかにあるのではないかと……。
 八年分の思いを体の一点に集中させ、それが一気に爆発すると、後にはどうしようもない睡魔が襲って来た。八年前であれば果てたことへの満足感とは別にいつまでこの快感が味わえるのかという一抹の不安があった。元々、性格が合わない二人だったので、ずっと続くなど思ってはいけないことだった。
 しかし八年後の今も同じことを感じる。襲ってくる睡魔の中で八年前の望が微笑みかけているのかも知れない。
 深い眠りに就いているにもかかわらず、決まって夢を見ることはなかった。あまりにも深い夢であるがゆえに見ていることすら忘れてしまうのかも知れないが、元々再会が夢のようなものであって、夢の中で夢を見ているとも考えられる。
 目覚めは決して心地よいものではなかった。頭が重く、できればこのままずっと寝ていたいと思ってしまうくらいだが、まだ体全体に望の吸盤と化した肌がまとわりついているような快感のおかげで起きることができる。
 時間は決まって深夜だ。横を見るといつも誰もおらず、一人で寝ている。快感だけを残して、望は隆の前から忽然と姿を消しているのだ。
 一人で朝までいても仕方がないことなので、石のように重たくなった体をシャワーで刺激し、軽くなったところで表に出た。
「?」
 表は薄暗く、西日が今にもビルの陰に隠れようとしている。こんなことがあってもいいのだろうか? 本当に夢ではないのかと自問自答してみたが、頭の重たいけだるさと体に残る望の肌の快感とは、紛れもないもののはずであった。
(キツネに化かされた)
 まるでそんな気持ちである。そういえばあの白い肌は白狐を思わせる。
 時計を見るとみゆきとの待ち合わせ時間に少し遅れるくらいだった。隆は自分の頭や体のことは放っておいて待ち合わせ場所へと急いだ。
 そこには屈託のない笑顔で隆を迎えるみゆきがいる。それを見ると頭の重さは次第に解消され、体に残った快感まで自然と薄れていく。そしてついさっきまでの夢のような快感は本当の夢であったかのように遠い過去のものとして頭の奥深くにしまい込まれて行くのだった。


 隆にとってそんな出会いは決まってみゆきと会う日に限られていた。仕事が忙しくなければみゆきの方では毎日でも会いたいのだろうが、仕事の関係上なかなかそうもいかず、会えない時の二、三日はみゆきにとって一ヶ月くらいに感じられるのではないだろうか。
 会える日隆はいつも同じルートを通って駅前の喫茶店を目指すのだが、その途中に必ず望が隆を待っている。望が現れる前、仕事をしている最中でも考えることといえばみゆきとのこれから始まる甘い生活だった。ずっと親元を離れ一人暮らしをしている隆にとってそれは夢のような生活であり、何といっても玄関を開けた時台所からの食事のおいしそうな香りと暖かい空気が「お帰りなさい」という甘い声に混じって飛び込んでくるのを考えるとそれだけで顔がほころんでくるのが分かる。
 考えてみれば玄関を開けた時の暗く冷たい空気を当然のように思っていた隆にとって、その思いは想像の域を出ず、それゆえに限りない思いを巡らせることができるのだ。
 しかしあの日望と出会ってから変わってしまった。みゆきとの甘い生活を夢見ていた自分と違う自分が顔を出すようになり隆の体を刺激するのだ。女子大生など彼氏がいるにも関わらず、密かに待ち望むアバンチュールとは質が違うかも知れない。しかし一気に八年という時を駆け上った隆にとって体を刺激する自分は二十代前半の若者なのだ。体から血が逆流するような快感が甘い結婚生活への思いを次第に打ち消していく。みゆきと会う約束をしているその日、頭の中にあるはずの思いはどこかへ行ってしまったようである。
 隆は会社から出ると、駅までのルートとしていつも裏通りを利用している。表通りを通ってもよいのだが、裏通りはマンションが立ち並ぶ谷間のようになっていて、結婚してから住むところを考えるようになってからここを通るようにしている。八階建てくらいの高級マンションから二階建てのコーポラスまで様々だが、甘い生活さえ出来れば最初はどんなところでもいいと思っている。どうせ共働きをするのだし、少し余裕ができてくればグレードを上げていけばよいだけのことなのだ。
 ちょうど中間くらいであろうか、マンションの谷間になったところに小さな児童公園がある。いつもみゆきのことで頭が一杯で足取りも軽く前だけを見て歩いているせいか存在は知っていてもいちいち気にして公園の中に視線を向けることはなかった。
 しかしこの日はどうしたことだろうか。やけに西日の眩しい日であった。駅が西の方向にあるので手の平でひさしを作って歩いていたが、時々目をそらさないと辛かった。ちょうど公園に差し掛かった時が一番ひどく、マンションの谷間に挟まれた公園であってもその影響を半分しか受けていないので、手前はマンションの陰になり暗いけど奥はオレンジ色に輝いている。
 そのギャップが激しいせいか、奥がとてもきれいに見える。隆はちょうど尿意を催して来たこともあって公園に入ると、奥にある簡易トイレへと駆け込んだ。
 汚いトイレである。下品な落書きも多数あり、さっさと済ませるとすぐに表に出た。するとどうだろう。今まで無人と思っていた公園のベンチに人が座っているではないか。トイレの正面にあるベンチなので、嫌でも目に付く。その人は正面から西日に照らされ光って見えた。
 それは女性である。降り注ぐ西日がシルエットになり、腰の括れ、胸の張りなどがはっきりと分かり、まずそのプロポーションの抜群さに目を惹かれた。しかし顔がはっきり分かるにしたがい見覚えのある顔であることが分かってくると、私は少しずつ彼女に近づいていった。
(望?)
 そう八年前別れたそのままの望が年も取らずに座っている。しかし近づくにつれ彼女の顔に変化が訪れる。それはまるで一歩一歩が八年という時の重さを感じさせる。
「久しぶりね」
作品名:短編集3(過去作品) 作家名:森本晃次