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短編集3(過去作品)

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 最初お互いに人目惚れだった。本能で体の相性がピッタリだと分かったのか、体の関係になるまでにはほとんど時間が掛からなかった。会ったその日に体を重ね、何とはなしに付き合い始めた。そこに愛情というものが存在したかどうかは分からないが、少なくともその時は愛情ということばが煩わしかったのだ。
 しかしそんな彼女と終わりの時がやってきても私自身意外とあっさりしていた。十分に彼女を堪能した気になっていたからだ。体を重ねるごとに彼女は私好みに変身していくのだが、自分でもそれが当たり前のように感じ始めると、そこから先はマンネリ化してしまいはっきり言って飽きが来てしまっていた。
 それから次第に今まで気にならなかった彼女の私に対しての独占欲の強さが頭を擡げるようになってきた。彼女に対しての潮時を考えるようになったのはその頃からであろう。
 引導を渡したのは私からであった。彼女の独占欲に対し「縛られたくない」と言い放った。彼女は私に「他に女が出来たのか」とののしったが、こうなるともう泥仕合である。どちらが正当なのかなどそんなものはもう関係ない。お互い今までの不満をぶつけ合い冷静さを失うと結末は自ずと知れている。
 彼女との再会など想像したこともなかった。夢に出てくることはあったが、目が覚めると夢の中で感動らしきものがあったかどうかさえ定かではない。覚えていないくらいだからあったとしても大したことないのだろう。
 別れてから八年もたつとさぞかし変わっているだろうと思ったが、そうでもない。確かに付き合っていた頃の二十代前半と比べ、三十を越えた今は表情を細かく観察すればそれなりだ。しかし微笑んだ時の顔を見た時、あの時のままだと確信した。
 その女、岩下望から妖艶さは消えていなかった。それどころか八年の間にどんな男に開発されたのか想像しただけで、私の中の嫉妬心がくすぐられた。
 昔ほどの厚化粧ではない。一体どんな男の好みだったのだろう。だが確実に今の私の好みにふさわしい女の変身していた。この八年の間、私も女の好みが変わっていた。化粧の下の素顔を気にするようになっていた。
 それを教えてくれたのはみゆきであり、みゆきの存在によって私も変わって行った。私がかつて望を変えて行ったように、私はみゆきによって変わって行った。
 しかし目の前にいる望は昔の面影を十分に残しながら、今の私の好みにも合致している。衝撃的な出会いに違いなかった。
(魔が差した!)
と、言っていいのだろうか?
 私はその妖艶さに惹かれ、気が付いた時には体を重ねていた。そうなるまでの行動に一切の不自然さはなく、思った通り事が運んだ。それがゆえに後めたさも、罪の意識も感じることなく進んだので、まるで夢の中の出来事のようだった。
 体の相性はやはりピッタリだった。忘れていた何かを思い出したかのように胸が躍り、若返って行くのを感じた。
 私は目からウロコが落ちたような気がした。
 望は性格的には変わっていなかった。猜疑心が強く、嫉妬深い反面、好きになった相手にはトコトン尽くす女で、付き合い始めた時は快い優越感を感じることができる。みゆきとでは感じることのできない思いだ。
(深入りしてはいけない)
 心の中で自問自答を繰り返しながらではあったが、自分が聖人君子ではないことに今更ながら気が付いた。
 それからの私は望を抱きながらみゆきを、みゆきを抱きながら望を思い出すようになった。それぞれ違った快感に昇りつめながら、別の快感を思い出す。かん極まった時には、今目の前にいるのが誰か分からなくなるくらいになり、全身に電流が走り、すべての毛細血管から血が逆流するかのようだ。
 最初に出会った時の私は、その日みゆきと約束している時だった。しかし私にはもうそんなことはどうでもよかった。仕事が終ってからの半日は望のために使うこと意外に考えられない。
 体におとずれた脱力感から強烈な睡魔に襲われると、どうやらこれから深い眠りに入っていくだろうことを感じた……。


 みゆきに隠し事を持ったまま、それでもなぜか罪悪感の薄いそんな毎日を過ごし始めて一ヶ月が経とうとしていた。みゆきは確かに心身ともに隆を満足させるに十分な女だった。会えば会うほどそれを感じる。性格的にも従順で、「可愛らしい」という一言に尽きる。
 しかし可愛らしい相手というのは時には煩わしい時もある。仕事や生活がうまくいっている時はこの上ない存在なのだが、仕事や健康がギクシャクし精神が不安定になると「可愛らしさ」はわざとらしく見え、却ってストレスを溜める結果になりかねない。
 しかもそういう性格の人間に限って相手の精神状態を計り知れるものではないものらしく、そういう無神経とも取れるところがあるのが、みゆきの欠点だ。いくら体の相性がピッタリとは言え、それもストレスの原因がその女になければの話であって、そんな女を抱く気になれない時もある。疲れを原因に拒否しても、自分に欠点があるのなどしつこく聴かれたりするとうんざりしてしまう。
 この女と本当に結婚してもいいのだろうかと自問自答を繰り返し始めたそんな時だった。
隆の前にストレスを発散させてくれる女が現れたのは……。
 その日隆はみゆきとの約束をすっぽかすつもりでいた。いや、約束というもの自体最初から存在しない。どちらかが用事で会えない限りいつも同じ時間に同じ場所で待ち合わせるという暗黙の了解ができているだけなのだ。
 隆は忘れていた快感を思い出すまでにそれほど時間が掛からなかった。確かに別れてからの年数はかなりあるが、話している最中から会っていない期間が短く感じるようになり始め、ベッドの中ではまるで過去が昨日の続きのような気さえしてくる。別れてから今までの時間はどこかへ消え去り、みゆきとのことも遠い彼方に追いやられていたことは言うまでもない。
 たった数時間で八年という時間をさかのぼった気がしていたが、実はそうではない。八年という時を飛び越え現在に至ったのだ。
「ねえ、あなた今幸せそうね」
「どうしてだい?」
「だって、みゆきさんっていう人がいるじゃない」
 望がみゆきの存在を知っていることになぜか驚きはなかったが、そう言われて浮かんでくるはずのみゆきの顔が頭の中にはなかった。付き合っている頃はショートカットばかりでボーイッシュに見えたが、少し落ち着いてきているのか、ロングになった彼女も悪くない。元々ロングヘアーの人は髪を切ってみないと分からないが、ショートカットの似合う人はロングにしても違った魅力を醸し出すに違いないという持論を持っている隆だったので、目の前に現れた望が自分の希望に叶った女性になっていたことが嬉しかった。
 本当であればレストランかバーで食事をし、酒でも飲みながら話をするのだろうが、会話らしい会話もなくホテルへ直行する。体目的であることには間違いないがなぜかいやらしさはあまりなく、自然な行動であった。二人の目的や願望が同じであればまわりから見るほど本人たちに変な意識などない。
 そういえば付き合っている頃からの暗黙の了解として、会ってから即ホテルというパターンが多かった。あの時もそれほどいやらしい雰囲気がなかったような気がする。
作品名:短編集3(過去作品) 作家名:森本晃次