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短編集3(過去作品)

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 男はそこが目指す場所であることを実感した。今まであれだけ黒々としていた土の色が赤みを帯びた、見たことのないような色に見えてくる。
 カバンを隅に置くと男は中腰の体勢になり、ゆっくりと下を眺めながら歩き始める。
 土がモコモコと盛り上がっているのが見えるが、中で何かが蠢いているようだ。よく見ると赤みを帯びた土の色が保護色にでもなっているのか、土の中から虫のようなものが覗いている。大きさからいうとカブトムシの幼虫くらいであろうか。親指ほどの太さの虫が蠢いているのだ。
 普通であればこれほど気持ちの悪いものはない。しかしこれぞ目指していたものとみえて男は会心の笑みを浮かべている。気が付けば先ほどまで限りなく透明な白色の日差しだったものが、今は夕焼けのように赤く燃えている。先ほどの明るさが最高潮であったとするならば、今はかなり控えめである。
 虫の動く様を男はじっと見つめている。その光景は異様なものであり、口元に浮かんだ白い歯さえ赤く染まって見えていることだろう。
 どれくらいの時間がたったのか、じっと虫を見ていた男の顔色は先ほどと違うものになっていた。すっかり脅えきっているその表情から笑みなど消えてしまっていた。まわりをキョロキョロと伺っていて落ち着きがない。斜め上を見るような眼差しは、まるでまわりから一気に人が襲ってくる錯覚に脅えているがごとくである。
 耳を塞ぐその仕草は、静寂以外の何ものでもないまわりの環境に、あまりにも不似合いだ。どのような幻聴や幻覚が彼を襲っているのか、まわりからそれを図り知るのは不可能である。
 男の目は何日も寝ていないかのごとく真っ赤に充血している。かなしばりにあって動けないのか、体からは脂汗が滲み出ており、その場から立ち去ることができない。首から上だけを動かすことが出来、あたりを見渡すが、かえって男にとってその方がずいぶんと辛いものになっているようである。
「ウワッ」
 叫んだその声が本当に発せられたものかは分からない。しかしその時山が光ったであろうことを、男は知る由もない。

 聖光寺の境内で、住職は掃除をしながら苔坊主山を気にしていた。
 時折、山が光る様を見つめながら微笑んでいる。住職は男が山に入ったことを知っている。それだけに苔坊主山から目を離さぬように見つめていたが、日中山に入ることがどういうことかを知っている住職としては、見るまでもなく何が起こっているかある程度の想像はつく。
 住職は五年前のあの日を思い出していた。
 聖光寺の境内から苔坊主山をじっと見詰めている男がいた。男は山が光るという話をどこかから聞きつけて来たのか、カメラを片手に山が光るまでいつまでも待っている様子だった。
「どうしたんですか」
 住職は気軽に訊ねると、あるところで聞きつけて来たとかで、山が光るのを見に来たという。どうやらルポライターのようで、伝説の山をスクープしたいらしい。
「どうもあの山は昔から白骨死体が見つかる山として伝わっているようですね。それが光ることと何か関係があるとすれば、これは大スクープですよ」
 仕事熱心というか信念からか、男の目が輝いている。男が抱えている大きなカバンには撮影の七つ道具やフィルムの類がぎっしり詰まっていることだろう。
「あの山には近づかん方がいい。昔からそう言われてきて、今は誰も近づいておりません」
 住職は忠告する。
「自殺者の集まる山というのを特集したことがありますが、たいていそういう山には近づいてはいかんと言われてきました。しかし何てことありませんでしたよ」
 男はサラリとかわした。
 次の日夜明けとともに山に登っている男の姿が今も瞼に焼き付いている。前日と打って変わって顔色が悪く、何かに取りつかれているようにただひたすら山へと向かうその姿は、何かに洗脳され操られているかのようだった。明らかに薄くなった影を見たその時、彼を見るのはこれで最後になるだろうと悟ったものだ。
 それから三十分後、境内から見つめていた住職の目の前で山が光った。それが最後で、光る山を昼間見ることはずっとなかったのだが、月日は繰り返すという。五年たった今、あの男の知り合いがまったく同じように山に入って行ったのは皮肉なことだ。しかし住職はこの事実を偶然だとは思っていないようで、来るべくしてやって来た五年後だと思っている。
 五年前のあの男が友人に手紙を出していようなど思いもしなかった。どういうつもりだったのだろう。ひょっとして自分の死について予感めいたものがあったのだろうか。
 自分の中で何か大きな変化が訪れた時、何かしら予感めいたものを感じることがあるという。そしてその時になって初めてそれが何だったか分かることが多いらしい。この男も「死」まで想像はつかなかっただろうが、人に何かを伝えることが予感に対する答えだったのかも知れない。
 予感めいたことが身に染みて分かっているのは他ならぬ住職である。ほとんどが夢で見ることなのだが、特に苔坊主山に関することの的中率は高い。五年前の男のこと、そして今回現れた男のこと、分かっていての対応だった。もちろん警告してもそれに応じるわけのないことや、山に入った二人に訪れる運命、そしてそれにより自分に何が齎されるかなど、すべて分かっているのである。
 昼は時折、境内から見える苔坊主山を穏やかな表情で眺めているだけの住職だったが、たまに光る山を見ながら穏やかに笑う。しかし光ると言ってもその光り方が一種類でないことも住職は十分に承知していた。
 日が傾き始め空が次第に黄昏てくると、真っ赤な血の色の様相を呈してきた。
「こんな夜は久しぶりだな」
「ああ、しかしこの時期にはよく見られるが、一体どういう現象なのだろう。他の土地でも同じようなことがあるのだろうか」
 村人は口々に呟きながら、真っ赤なシールドに包まれたような空を見つめる。雨が近いのかジメジメしていて、声にエコーが掛かっている
 しかしこんな日に雨が降ることは一度もなかった。誰も口に出して言うことはないが、それぞれ心の中で納得していることだった。もちろん住職にしても例外ではなく、同じことを感じていた。
 夜の闇が静かに訪れる。元々静かな村なので、夜になると却って虫やカエルの声でうるさくなるかも知れない。しかし村人は朝が早いせいか、午後九時ともなればほとんどの家の明かりは消えて、それ以降は深夜と化す。 
 空はちょうど満月であり、先ほどの真っ赤から真黄色へと変わるが、山が光る環境は整いつつあった。
 住職が見つめているのを知ってか知らずか、二、三度山が光った。最初は真っ赤な血の色であったが、次第に黄色を帯びた明るい色へを変化し始め、さながら黄金色である。。一度光ってからそこまでになるまで、一時間くらいのものであったろうか。その時すでに聖光寺の境内に住職の姿はなく、山が光るのを見ながらゆっくりと石段を下りていくところだった。
作品名:短編集3(過去作品) 作家名:森本晃次