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短編集3(過去作品)

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 その話を聞いた男の表情に少し変化があった。しかし驚いているという様子ではなく、さらに眼光鋭く話に興味を示しているといった方が正解かも知れない。それにしても山のほとんどが針葉樹という特異な性格からのゆえんであろうが、今までそんな山が存在するなど考えたこともなかった。さしずめ不老不死の山といったところだろうか。
 住職はさらに続ける。
「夢を見た男はそれがあまりにもリアルだったことで、次の日さっそくこの聖光寺から苔坊主山を眺めたのです。するとどうでしょう。そこには夢で見たとおりキラリと光るものが見えたというではありませんか。それはまさしく夢と寸分の狂いもないほどで、まだ夢の続きを見ているみたいだというのです」
 住職はまるで見てきたようにリアルに話す。
「その人はそのまま山へ?」
「なぜかそれを見ることができるのは自分だけだと思ったらしいのです。話しただけでは誰にも信じてもらえないと思った男はさっそく寺の石段を駆け下り、そのまま急いで苔坊主山へ向かいました。その日はとても天気がよく、雲一つなかったというこということです」
「しかし苔坊主山というところはどんなに天気がよくても、地面は湿気ているんじゃありませんか?」
「よくご存知で」
「そのことは友人の手紙に書かれていました」
「そうですか確かにその通りです。その時苔坊主山へと向かうその男を村人数人が見たらしいのですが、結局それが彼を見た最後となってしまいました。村人の話では彼は思いつめたような、さらに何かに取りつかれているような顔をしていたことが話題となり、自殺したのではないかということになりました。それから何年か経って勇気ある若者が苔坊主山に入ったのですが、その時白骨死体が発見されたのです。もう何年も経っているので身元はハッキリしませんでしたが、結局その時の男だということで処理されました」
 男は黙っていたが何か考え事をしているようだった。しばらくして口を開いたが、その言葉はなにやら謎めいていて意外なものだった。
「白骨死体だったんですね」
 男は白骨という言葉にアクセントを置いた。それを悟った住職は明らかに動揺していた。
「どういう意味ですか?」
「友人の手紙の肝心なところはそこだったのです。友人の手紙にはこう書かれていました。『白骨死体』ではなく『黄金死体』だと・・・・・・」
 この男は一体何者なのだろう。住職の驚きは尋常ではない。
「その手紙には何と?」
「ただそう書かれているだけで、私の理解のおよぶところではありません。それで友人の捜索と一緒にこの謎を解いてみたくなったのです。ところで住職、この言葉の意味がお分かりですか?」
 住職の口から言葉は出てこない。何と言えばいいのか分からない様子である。少なくとも口を開いて何かを言えばどんな誤解につながらないとも限らない。迂闊なことは言えないのだ。
 しかし、しばらくして落ち着きを取り戻した住職が言う。
「あなた様がそのことを知っておいでだと思ってもみなかったのでそこまで話したのですが、実はその通りです。そして黄金であったかどうかは別として、今の話はそれ一回きりではないのです」
「というと、苔坊主山でそれ以外にも死体が発見されたことがあるんですか?」
「ええ、一度や二度のことではありません。無謀というか、勇敢というか、山に入った者はほとんどが帰らぬ人となってしまいました。しかし発見されたのは皆ただの白骨死体ということになっていて、話をすることすらタブーとされてきました。『黄金』というキーワードを知っているのはこの村ではもう私くらいのものだと思っております」
「私は今、胸騒ぎのようなものを感じました。ひょっとして住職もお気付きかも知れませんが」
 大きく頷き、一つ溜め息のようなものをついた住職は、
「お察しの通りです。ひょっとしてその白骨死体の中にあなた様の友人の方がおられるかも知れませんね」
 そう言った後、住職は真剣な眼差しを男に向け、
「そういうことならなおさらあの山には近づかんことです。命が惜しければ……」
 住職の表情には鬼気迫るものがあった。男はそう感じたが、果たしてそれが男の決意を鈍らせたかどうか住職にまでは分からなかった。この男なかなか肝が据わっているだけではなく、相手に自分の気持ちを悟られない術を身に付けているようだ。
「貴重な話を聞かせて頂いてどうもありがとうございました」
 男は頭を下げると、ゆっくりと石段を下り始めた。その様子を上から見ていた住職だったが、数段ほど下りたところで、その男が振り返り住職を見つめた。
「実は私にも見えるんですよ、山が光っているのが……」
 男は唇を歪め、不気味な笑顔を見せていた。
 その言葉を聞いた住職は黙って肯いたが、それに男が気が付いたかどうかは定かではない。
 一時期苔坊主山が夜になると光り出すという噂があった。一人の男がその話をすると他の者も挙って「俺も見た」と言い始めるかも知れない。
 山が光るなど信じられることではなく見間違いではないかということになったが、それ以来山が光っているところを見た者はいなかった。ただ一部で悪いことの起こる前兆ではと騒がれていたが、その翌年自給自足を営む為の収穫物が半分に落ち込み、深刻な食糧難に陥った。そのため聖光寺で盛大に御払いが行われたが、同時にあの山に近づいてはならぬという暗黙の了解のようなものが成立し、山は以後聖域となった。
 それがかれこれ五十年くらい前だったであろうか。住職は小学生だったがよく覚えている。しかしそれ以来山が光ったというものは誰一人現れていない。
 それにしてもあの男の目的とは一体何であろう。本当に友人の行方を捜しに来ただけなのだろうか。他に目的があるとすれば、男に対して出した手紙というのが問題になってくる。男が興味を示す内容のことが書かれていたのであろうが、少なくとも男は『黄金』というキーワードを知っていたのだ。一体どんな内容だったのだろう。
 男がこの五年もの間何をやっていたかであるが、定住している場所がないと言っていた。それだけでも不気味なかんじがする。その間苔坊主山を捜し歩いていたとも考えられるし、『黄金』についての秘密を知っていたとすれば、何らかの下準備をしていたとも考えられるのだ。苔坊主山の秘密にはそれだけの魅力があり、それゆえそれなりの危険を伴うかも知れない。そのことは住職が我が胸に抑えておけばいいと思っていることであり、何があろうと平和に暮らしている有田村の秩序を乱すようなことがあってはならない。
 その日の夜は満月だった。聖光寺の境内から苔坊主山のちょうど真後ろにお盆のような月が浮かんでいる。黄色というよりは、赤みを帯びた色をしていて、見方によっては血に染まったように見えなくもない。少なくとも住職の目には血の色に見えていることだろう。
 月をバックに苔坊主山が光っているのが見える。住職は知っていた。この聖光寺の境内からでしか苔坊主山が光っているのを見ることができないことを。しかもそれが満月の夜と限られていることも神秘的である。その色は赤みを帯びた月とは違い、真黄色に見え、まさしく黄金の輝きとはこのことである。
「山も分かっておるのかの」
作品名:短編集3(過去作品) 作家名:森本晃次