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短編集3(過去作品)

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黄金



                  黄金


 等高線が引かれ、かろうじて地図に記載されてはいるが、地元の人間ですら通称は知っていても正式名を知っている人がごくわずかという山が、果たして日本にどのくらいあるだろうか。地名として残っているならいざ知らず、山というほどの高さもなく、丘というには高すぎるところでは通称すら知られていなくても仕方がないだろう。
 田舎に行けば行くほど、その傾向が強く現れるもののようで、特に過疎化が進み若者がどんどん都会へ出て行くようなところでは顕著に現れる。そういう山に限って伝説や逸話が残っているもので、ここに出てくる苔坊主山もその一つである。
 なぜか針葉樹ばかりが残る通称苔坊主山は、その風貌から連想される通りの坊主頭そっくりに見えることからその名が付いた。きめ細かな針葉樹が遠くから見ると文字通り苔が生えているように見え、よく晴れた日などとても綺麗に見えるのだが、悲しいかなまわりを高い山に囲まれているため、どうしても目立たない。
 標高一千メートル近い山々が連なっているちょうどその麓に、有田村という小さな村がある。山を越える都会への主要道路が通っているのでかろうじて村として成り立っているのだが、有名な特産物が採れるわけでもなく、村人のほとんどが自給自足に近い生活をしている。今時こんなところが存在するのかと思えるほどで、若者のほとんどは中学を卒業する歳になると都会へ出て行ってしまう。出身地を聞かれても恥ずかしくて答えられないほどの劣等感が若者の中にはあった。
 もちろんここを出て行った連中の多くは苔坊主山のことは知っているはずである。しかしそこへ行ったことがある者はいないだろう。なぜなら昔からいわくありの山である苔坊主山は遠くから見ている分には華やかで綺麗なのだが、実際足を踏み入れると絶えず湿気ている地面に足を取られながら薄暗い道なき道を進まなければならないところなのだ。何が出てくるか分かったものではない。そのうちに子供は入ってはいけないところとされた。
 ここ有田村は人口にして五百人にも満たないだろうか。世帯数にして二百世帯と田舎の家庭にしては一軒の平均家族数が少なすぎる。若者がほとんどいないというのもその一つだが、なぜか男性が長生きしないのだ。
 村に残っているのはほとんどが子供か女性で、老人に至ってはほとんどが老婆ということになる。しかし中には長生きする男性がいなくもなく、聖光寺の住職もその一人である。
 聖光寺というのはひと目で村を見渡すことのできる小高い丘に建てられた寺で、境内へと続く石段がどこまでも続いているかのように見える。ちょうど村を挟む形で聖光寺と苔坊主山とが対峙していて、境内から見える苔坊主山の景観は村のどこから見るよりも一番綺麗に見えると定評があるほどだ。
 聖光寺の住職は、自称六十歳である。しかし見るからにその肌は若々しく、剃り落とした頭から見える額に皺などほとんどない。知らない人が見ると四十歳代に見えるほどで、その秘訣を聞きに誰彼ともなく訪れる。しかし住職の口は堅く、その血行のよさからは信じられないほどそのことについて訊ねられると、うまいことを言ってはぐらかしているようだ。
 ある日一人の男がこの聖光寺を訪れた。男は村の人間ではなく、スーツを身にまとい一見紳士風である。身なりからしていかにもこの村とはアンバランスで一瞬戸惑った様子を見せた住職だったが、さすが住職たる者、落ち着いたものである。
「ご住職は、こちらは長いんですか?」
「生まれてからずっとこの村におりますので、かれこれ六十年になりますか」
「それはなかなか大したものですね。この村にあって・・・・・・」
 この村の事情に明るい男のようである。どこかで調べてきたのか、男性の平均寿命が短いことを知っているのだ。
「あなたはどちらから来られたのですか?」
「これといって定住している場所を持っているわけではありません。色々なところへ出没する男ですよ」
 そう言って唇が微妙に歪んだ。あまり追求しても多くを語るとは思えない。
「ところで住職、あちらの山は何という山ですか?」
 男は正面に見える苔坊主山を指差した。この男が何を言いたいのか思案を重ねる住職であるが、それを表に出すこともなく、
「あれは村の者が苔坊主山と呼んでおる山じゃよ」
と、落ち着いて答えた。
 六十歳という年相応の答え方であるが、見た目からいかにも迫力がなさそうに見える。しかし相対しているこの男は見た目の四十歳代の住職ではなく明らかに生身の六十歳としての住職を相手にしていて、違和感のかけらもないようだ。
「実は私の友人が、苔坊主山という山のことを手紙に書いてよこしたのを最後に消息を断ちまして、私はその苔坊主山というのを探しておりました」
「ほう、何と書かれていたんですかな」
「それはちょっと申せません。しかし私がその手紙を見て非常に興味を覚えたのは事実です」
「それはいつ頃の話ですか?」
「五年ほど前のことです」
「そうですか」
 男がこれ以上のことを話すとは思えなかった。しばしの沈黙があったが、今度は住職が話し始める。
「実はあの苔坊主山には昔から伝説のような逸話が残っておりましてな」
「ほう、それは是非ともお聞かせ願いたい」
 男は興味を示したか、身を乗り出すようにすると、目を凝らし話に集中しようとしている。
「あれはいつ頃のことですか、ちょうど百年くらい前のことだったと聞いておりますが」
 百年前と一口で言っても、他の土地であればとても一口で片付けられないほどの歳月であったに違いないが、平穏がとりえのこの村ではあっという間のことだったかも知れない。男はそんなことを感じながら聞いている。
「村の若者が一人、苔坊主山に入ったことがあったのです。元々あの山は遠くから景観を楽しむ以外何もなく、山に入っても針葉樹ばかりなので、食料になるものもありません。普段であればまず誰も近づくことのない山なのです」
「ふと行ってみたくなったんですかね」
「いやそうじゃなくて、男の話では夢を見たというのです。この聖光寺の境内に上りまわりを見ているとふと目に入った苔坊主山がいつもと違う気がする。最初はそれが何だか分からなかったそうだが、いつもは深緑に包まれているだけのはずの山から時折キラリと光るものが見えたというのです。一旦気になってしまうと次第に疑いようのないほどはっきりと見えてきて、その場から目が離せなくなってしまったとのことです」
 住職は先ほどまでの年相応の喋り方と違い、今度は見た目の年齢に見合う喋り方になった。今はすっかり四十歳代となってしまった住職である。
「ところで苔坊主山というのは不思議な山でして、季節が秋から冬に変わろうとする時期でも、その風貌に一切変化がないんです。普通であれば秋が深まるにつれ紅葉へと変わっていくのですが、冬の最中でも苔坊主山では深緑のままでその上に雪が積もるという摩訶不思議な山なのです。したがって秋から冬というのは、夏の間まったく目立たないあの山が本当に目立つことができる時期でもあるのです。村の者があの山に近づこうとしない理由の一つがそんな不気味なところにあるといってもいいくらいではないでしょうか」
作品名:短編集3(過去作品) 作家名:森本晃次