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短編集3(過去作品)

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 最近の哲に時間という感覚が無くなって来たのも事実である。毎日の判で押したような生活、大学へ行けばそれなりに友人もいて、判で押したとまでは行かないまでも、学校から離れて考えると、それも大学生という枠の中だけの変化にしか過ぎず、一人になるとそこに大した変化はなかった。
 一日という単位で考え、長かったと思える時でも、数日経って考えれば、それがまるで昨日のことのようだったりする。逆にあっという間に過ぎた一日であっても、翌日にはかなり前だったような気がする時もある。今は前者かも知れない。気が付けば、あっという間に季節が変っていたりする。
 鬱状態から少しずつ回復しかけている時、いつも感じることだ。月日のあっという間の流れを感じ始めると、長かった時間のトンネルを抜け、赤いものは赤く、青いものはやはり青く見えてくるのだ。鬱になりかかることが感覚として分かってくるのと同様、そこから抜け出すときも肌が感じるのである。
 最近よく夢を見る。あまりイメージのよくない夢が多く、例えば次の日から入学試験だというのにそれを知らなかったために大慌てをするのだ。もちろん試験に合格し、入学できたからここにいるのであって、入試の時、そんなことがあったなどということはまったくない。しかしそんな夢を何度となく見つづけているのには、そこに何らかの蟠りがあったに違いない。
 自分に関係のあるショッキングな夢というのは、頭の中に意識として残っているものだ。しかしそれとは裏腹に、たぶん夢で見たのだろうか、頭の中に残っていたそれは意識としてのものではない。普段それを思い出すことはないが、どうかすると記憶の奥から湧き出してくる。
「あのノート、どこへ行ったのだろう」
 耳元で反芻するこの言葉、聞こえてくる声のようなものは哲の声ではない。しかも、いつもその声が違っている。男の時もあれば女の時もある。
 鬱状態の説きを思い出してみる。今まで夢など見ていなかったと思っていたが、本当にそうなのだろうか。意識としてはないけれど、ひょんなことから思い出しそうな気がする。そのキーワードが「あのノート」なのかも知れない。
「ハッ」
 一瞬、誰かに見られている気がした。視線を感じるのだが、それがどこからなのかわからない。閉め切った自室にいて、誰かの視線を感じるのであれば窓の外しか考えられないが、窓の外ではない。外には遠くの方のマンションからこちらが見えるくらいで、明らかにその視線はすぐそばからのものであった。
 しかしどうしたことだろう。感じるのは視線だけであって、人の気配はまったく感じない。まるで壁に目があって、そこから見つめられているような感覚だ。
 そういえば今までに何度もそんな感覚になったことがあった。誰かに見られているようなのだが、それは不可能なのだ。どこかに目だけが存在しているとしか思えない。いや逆の時もある。自分が目だけになったような感覚だ。じっと誰かの行動を見詰めていて、その人が私の視線に気付きキョロキョロしているが、やがてその視線の方向に気付く。こちらを凝視する目を反射的に避けようとするのだが、どうしても避けることができない。その時初めて自分に実体がなく、目だけであることに気付くのだが、相手も実体のないこちらを見つけることができないでいる。今の哲と同じような状況である。
 しばらく睨めっこが続いたであろうか。目だけとばった自分はいつしか相手の立場に立っている。自分が入り込んだことを知ってか知らずか、相手は視線のことも忘れて、こちらの意志と関係なく行動するのだ。そういうと時の相手は、必ず死を迎える。人から殺される場合もあれば、自ら命を絶つこともある。相手が断末魔となるまで哲にはどうすることもできず、しかも悪いことにその苦しみが哲にも伝わって来るようだ。どうすることもできないジレンマの中、意識がなくなってくるのだが、気がつくとベッドの中にいる。
「夢だったのか」
 ホッと安堵の息を呑むのだが、その瞬間に夢の内容を忘れてしまうようだった。もちろんあまりにもリアルだったため、震えのようなものが体に残っていて、内容を忘れてしまっただけに謂れのない恐怖だけが体に残り、その恐怖は喫茶「ナーバス」の扉を開くと共に解消されるのだ。
 哲は思う。最近の自分には、夢と現実の区別がつかなくなったのではないかと……。その傾向は、喫茶「ナーバス」に行き始めた頃から始まり、しおりと話をしている時が、そのことを一番感じる。明らかに哲としおりは別の世界に生きているような気がするのは、律子さんのように知っているはずの人を知らないと言われた時である。
 鬱状態の時というのは、夢がその影響というのを強く持っているようだ。誰か死を迎えるであろう人の気持ちに夢として侵入する。本人は夢と思っているが相手のとっては現実だ。
 鬱状態も完全に治り、自分に鬱状態の気があるなど信じられなくなった頃だった。哲にいつもの学生生活が戻ってくると今まで避けていた友人から話し掛けられるようになり、喫茶「ナーバス」の存在を忘れていた。まるで腫れ物に触るような感覚で避けていたと今更ながら笑う友人に、それほど鬱状態の時の自分は凄いのかを思い知らされた哲であった。
 哲が久しぶりに喫茶「ナーバス」に寄ってみようかと思ったのは、二週間もご無沙汰していたことに気付き、しおりの顔を思い出そうとしていたのになぜかその顔がどうしても思い出せないからだった。
そう思うと無性にしおりに会いたい気がしてくる。哲は喫茶「ナーバス」へと急いだ。
 その途中、気になる葬式に出くわした。気が付けばそこは今まで通ったことのない道であり、なぜかその葬式に言い知れぬ胸騒ぎを覚えた。
「故 篠原律子」
 確かにそう書かれている。言い知れぬ恐怖が震えとなって哲を襲う。しかし、頭の中ではなぜか「やはり」と思ってしまう自分がいるのも事実であった。
 律子さんの顔を必死で思い浮かべようとしていた。しかしなぜだろう、浮かんでくるのは喫茶「ナーバス」のしおりの顔だった。しかもその時のしおりは微笑んでいる。明らかに好意を持った目でこちらに微笑みかけているのだ。
 哲はしばらくそこに立ちすくんだが、急に踵を返し歩き始めた。哲の頭の中に何か閃くものがあったようだ。哲の歩みは速くなり、駆け足と言ってもいいくらいになった。
 目的地はまもなくだ。その角を曲がれば見えてくる。
「?」
 角を曲がると急に立ち止まった。そこにあるはずのものがないのだ。見慣れた白い壁の建物、そう喫茶「ナーバス」である。哲はあたりを見渡した。またしても誰かの視線を感じたからである。
「やはり、誰もいない」
 視線をまた正面に戻した。するとどうだろう。今何もなかったところに白壁の喫茶「ナーバス」があるではないか。表から店内を見渡す。カウンターの中にはしおりがいる。そしてテーブルには二人の客がいる。一人は男で、その人の顔に見覚えがあった。もう一人は、
「律子さん」
 思わず声が出てしまった。ではさっきの「故 篠原律子」というのは別人か? いや、哲にはどうしても別人とは思えない。
作品名:短編集3(過去作品) 作家名:森本晃次