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【真説】天国と地獄

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 作家でも、ベテランになってくれば、出版関係のことは少しは分かってくるものだが、新人作家にとって出版の話はよく分からない。打ち合わせと言っても、まずは、大体の出版日を決めて、それに基づいて出版社の方から逆算し、いつまでにどこまでやればいいのかを決めてもらう。
 どうしても無理な時は、出版社の方で、調整を行うことになるが、そうでもない場合は出版社が決めたスケジュールどおりに進められる。出版社の人は作家を相手にしているだけではなく、印刷会社や広告会社との打ち合わせなどもあり、かなりの多忙である。それだけに、調整が難しく、どこか一つが狂うと、大変なことになるのだ。
 自分のことを担当してくれているのは、幻影社の三雲という男性で、年齢としては、三十歳くらいであろうか。まだ新人の高山にとっては、三雲の存在はなくてはならない絶対のものに思えていた。
 全幅の信頼を置いている三雲は、相手がいくら新人で、年下だと言っても、口調は敬語である。出版社と作家という立場をしっかりとわきまえたその態度は、全幅の信頼を置くに十分な存在だった。
「では、高山さん。今私が申しました意見を元に、少し推敲の方をよろしくお願いいたします。その間、私も印刷会社の方と、いろいろ話をつめておきますので、そちらの方で、またご相談することがあると思いますので、その時はよろしくです」
「ええ、分かりました。ご丁寧に、ありがとうございます」
 出版までにはいろいろな手順がある。
 一冊の本を作るためには、カバーに載せるデザインも必要で、写真を使う。イラストを使う。それぞれに写真家やイラストレーターの手をかけてもらうことになる。ページ最後の解説のコーナーでは、他の作家さんに解説をお願いする必要もある。つまりは、作家と出版社の人間だけで本ができるわけではなく、他にもたくさんの人の手がかかるということなのだ。
 その日は、高山が受賞後の第一作を書き上げてから最初の打ち合わせだった。
 幻影社は雑誌を発刊しているわけではなく、文庫本のみの会社なので、できた作品は、「書き下ろし」ということになる。雑誌掲載を経て文庫本かされるものがいいのか、それともいきなりの書下ろしがいいのかは分からないが、他のエンターテイメントのような小説では、連載で読者の興味を引くこともできるが、童話のようなものは、書き下ろしの方が却っていいのかも知れないと、高山は思っていた。
 高山と三雲が打ち合わせを終了しようとしたところで、
「おや、三雲君じゃないか。今日はどうしたんだい?」
 と言って、出版社の三雲に話しかける男性がいた。その人の横には和服を着た男性が立ていて、雰囲気からその人も作家ではないかと思えた。
「ああ、これは山内さん。今日は取材か何かですか?」
「ええ、進藤先生の取材だったんですよ」
 と、山内と呼ばれた男性がいうと、初めて三雲は和服の男性を見た。三雲はスックと立ち上がり和服姿の男性を見て、
「これはこれは進藤先生、ご無沙汰しております」
――この人が進藤勇作先生――
 作品はよく知っていたが、顔は知らなかった。
 進藤の作品には、作者の顔写真が載っているものはなく、進藤のインタビューの記事にも写真が載っているものはなかった。そういう意味で、業界の人間以外、進藤の顔を知っている人はいない。作品には陶酔している人がいるのに、なぜか作者に対しての人気度がそれほどないのは、顔写真がないため、親近感が沸いてこないからだろう。そのことが進藤にとってプラスなのかマイナスなのか、まだ若かった高山には分からなかった。
 進藤の表情を見ていると、
――思っていたよりも、気難しそうな人だ――
 と感じた。
 メルヘンチックな作品を手がけている人が、まさかこんなに気難しそうな人だとは思ってもみなかった。髭でも生やしていれば、まるで仙人のように見えてきそうで、不思議な感覚の人だった。
 しかし、考えてみると、メルヘンチックというのは、どこか幻想的な雰囲気である。幻想的な雰囲気は見る角度によって、まったく違った印象を与えるものに思えた。それは万華鏡であったり、お祭りなどで見られる「ミラーハウス」の中だったりするような、少し大げさではあるが、人の感覚や感性を麻痺させるものに思えたのだ。
 進藤は、三雲の顔を見ても表情一つ変えることなく、軽く会釈をしただけで、何も言わなかった。その行動が彼を気難しい雰囲気に見せていたのであって、あまり人と話をするのが嫌いな人ではないかと思えた。それでも取材だけは受けるのだから、自分の考えていることを表に出したいという気持ちは強く持っているのだと思った。
 進藤が何も言わないので、今度は山内と呼ばれた人が三雲に、
「こちらは?」
 と高山のことを聞いた。
「こちらは、高山先生です。この間、新人賞は逃したんですが入賞されたので、うちの出版社から、入賞後の第一作を出すことになったんです」
 というと、今まで何の反応も示さなかった進藤が、
「ん? あなたが高山錬太郎君ですか?」
 と、口を挟んだ。
 進藤が口を挟むのは珍しいことなんだろう。出版社の二人はお互いに目を合わせて驚いていた。その表情はまるでハトが豆鉄砲を食らったかのような様子である。
 急に反応されたことで一番驚いたのは、当の高山だった。進藤の作品に陶酔していただけではなく、自分の入賞作に進藤が興味を抱いているというのを人づてに聞いたからだった。
 その相手が今目の前にいるのである。それだけでも夢のようなのに、自分の名前を聞いて反応してくれたのが分かると、急に胸がドキドキしてくるのを感じた。
「あ、はい、私が高山錬太郎です」
「そうですか。どんな方なのかって想像していたんですが、私の想像していた通りの人ですね」
「どういうことでしょうか?」
「口で説明するのは難しいですが、一言でいうと、あなたはこれからどんどん変わっていくような気がするんですよ」
 その言葉を聞いて、急に三雲が口を挟んだ。
「進藤先生がお変わりになったようにですか?」
「ん? 君は?」
「私は幻影社の三雲というものです。山内君とは、大学時代の同期でしてね。これからもどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ。あなたが高山先生の担当なんですか?」
「ええ、そういうことになります。私は童話作家の担当は初めてなので、これからいろいろ勉強しようと思っているところなんですよ」
「それは、どうか頑張ってください。そうだ。この山内君にいろいろ聞くといい。お互いに知らない仲なんだったら、情報交換もできると思いますよ」
「ありがとうございます。そうさせていただきますね」
 三雲と進藤の会話を黙って聞いていた高山だったが、
「僕が変わっていくというのは、気になるところですね」
 と、山内に小声で聞くと、
「あまり気になされない方がいいと思いますよ。進藤先生は、時々いきなり想像もつかないようなことを口走ることがありますからね」
「そうなんですね」
 少し気が楽になった高山だったが、ふいに進藤が高山に向かって、
「あなたは、頭に浮かんだことというよりも夢に見たことを小説にするところがある。その思いは大切にした方がいい」
「ありがとうございます」
作品名:【真説】天国と地獄 作家名:森本晃次