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【真説】天国と地獄

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「ええ、怖いと思っていましたね。子供の頃は漠然と怖いと思っていました。その思いは、痛いのが嫌だというところから入っている思いであって、他の人への感情は二の次だったと思います。大人になるにつれて、親しい人や家族と離れ離れになるのは嫌だという思いが強かったですね。自分のまわりで死んでしまった人もいて、葬儀に出るたびに、静粛な雰囲気に呑まれてしまって、感極まって涙を流している人や、しくしくと涙を流す人、歯を食いしばって涙を堪える人と様々な中で、異様な雰囲気に包まれて、つつがなく進んでいく葬儀は、本当に難と表現していいか分かりません。一度味わってしまうと、二度と味わいたくないという思いと、もう一度この空気を味わいたいという思いとが複雑に絡まっているんですよ。そんな感覚、なかなかありませんからね」
 と高山が言うと、
「大人になって、経験や死に対して考えるようになると、考えたくないという思いも絡むことで、複雑な感覚になることはあると思います。それが不安であり、恐怖でもあるんですよ。普通は、なかなかそこまで深く考えることはないと思いますが、ふいに考えてしまうと、考えが深みに嵌って、抜けられなくなるこがあります。そんな時、天国や地獄の夢を見たりすることがあるようですよ」
 と、彼女が答えた。
「じゃあ、僕が天国と地獄の夢を見たのは、不安や恐怖が見せたものだっておっしゃりたいんですか?」
「高山さんの場合は何とも言えませんが、ないとは言い切れません。私は今までに何人もの人の担当をしてきましたが、中には天国と地獄の夢を見たと話してくれる人もいました。その人は、自分の中にハッキリと不安と恐怖を抱いていましたね。そして、その人は自分が死んだということを、すぐに納得されていました」
「そうなんだ。天国と地獄の夢を見たという人も他にいたんだ」
 と高山は自分が見た夢を思い出そうとしていたが、すでに死んでしまっているので、生きていた頃に見た夢を思い出すことはできなかった。
「高山さんは。死んでしまったから生きていた頃の夢を思い出すことができないんだと思っているようですね」
 まるで、自分の考えていることなどお見通しと言わんばかりの彼女を見て、少し癪に障った高山だったが、
「ええ、違うんですか?」
「高山さんの想像している通り、夢というのはその人が抱いている潜在意識が見せるものなんですよ」
「ええ」
「でも、死後の世界に潜在意識というものは存在しません。むしろ、生きていた頃の潜在意識と呼ばれていたものが、今あなたがいる死後の世界だと思ってもらって結構なんですよ」
「どういうことですか? それだったら、生きていた頃に持っていた潜在意識が、実は皆同じものだったというものなのか、それとも、死後というこの世界が、人それぞれで違っているものなのかのどちらかではないかと言っているように聞こえるんですが」
「そのどちらもですね。前者でいうところの、潜在意識が皆共通だったというのは、半分当たっています。共通する部分も存在するということですね」
「分かりやすく説明してください」
 さすがに高山も頭が混乱してきたのだろう。彼女の方も、今までにここまで考えている人の担当をしたことがなかったのか、
「私がここまで話をすることはなかなかないんですが、あなたは、天国と地獄の夢を見られましたよね。それにさっき同じ夢を見た人から話を聞いたとも言いました。でも、それはあなた方二人だけに言えることではなく、皆さんそうなんです」
 高山には、彼女が何を言いたいのか分かった上で、敢えて聞いてみた。
「どういうことですか?」
 彼女は、一拍置いて、話し始めた。
「それは、天国と地獄の夢を見るということは、レアなケースではないということです。むしろ、皆見ていて、そのほとんどの人が夢を見たことを覚えていないだけなんです。それはその人の性格というよりも、見た夢を誰が覚えているかということは、最初から決まっていたということなんですよ」
 さっきまでは、きっと今の言葉に驚愕していただろうが、あらためて聞くと、納得できる気がした。自分がここで納得できるのは、きっと死というものを簡単に受け入れることができたからなのだろうと思っていた。
「なるほど、それが潜在意識の中での皆がもっている共有部分なんですね?」
「そうです。それはあなたが今言ったように、共通部分というわけではなく、共有部分になるわけです」
「分かりました。では、後者は?」
「それは今から行く地獄であなたは分かることになると思います。今は少なくとも、あなた方が考えている生きていた頃に思い描いた天国と地獄ではありません」
「僕は、世間一般で言われていた天国と地獄とは違う世界をイメージしてきました。きっと、他の人も微妙に違っているのかも知れませんね」
「それは当たり前のことだと思いますよ。いくら定説があると言っても、実際に見たわけではないし、見た人から話を聞いたわけでもない。想像された話を聞いて、さらに自分で想像を加えているんだから、一人として同じ感覚に思っている人はいないと思いますよ」
「じゃあ、僕がここで待機している時間も大切な時間なのかも知れませんね」
「ええ、でも、想像はあくまでも想像でしかない。あなたは、生きている時に自分の中で結論を見つけた。だから死んだとしても、それ以上の発想を浮かべることはできません。ここで想像力を膨らませることができるのは、生きている頃に、想像することを怖がって、何も考えてこなかった人だけです。ここで嫌でも想像しなければいけなくなるわけですから、その人にとって、ここは苦しいだけの世界になっているのかも知れませんよ」
「しかも、苦しみの中から、天国に行くか、地獄に行くかを決めなければいけないんですよね」
「ええ、でも苦しみの中からその結論は生まれてくるので、それ以上の苦しみはありません。いわゆる『産みの苦しみ』とは、このことを言うんでしょうね」
「なるほど、その通りなんでしょうね。これから僕が行く地獄がどんなところなのか自分で想像しているつもりなんですが、間違いないと思っています」
「ええ、ただ、完全に間違いないとは言い切れないんですよ。間違いないという言葉には、完全という概念は確定しているわけではありません」
 ここまで言うと、この話題はそこで終わった。
「ところで、ここにいる期間というのは、人によって違いがあるんですか?」
 と高山はさっきまで聞いてみたいと思っていたことを、やっと切り出した。
「ええ、だから一定期間としか言っていません」
「でも、ここの世界で、時間や期間という感覚は、皆同じものなんですか? どうも人によって違っているような気がするんです。一つ気になっているのは、ここに来てから、担当者やこの建物の人間としか会っていないんですよね。同じ時期に死んだ人と出会うことはない。三雲さんの話だって、さっき聞くまで知らなかったくらいですからね」
作品名:【真説】天国と地獄 作家名:森本晃次