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【真説】天国と地獄

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「私は、人の生き死にに理由が必要だというのがよく分かりません。この世界では、そんなわだかまりは考えない方がいいのではないかと思いますよ」
 少し沈黙があり、担当者が口を開いた。
「ここの世界は、高山さんがどうだ、あるいは、三雲さんがどうだという発想ではないんです。むしろ、個人の存在はそれほど重要ではないんです。名前を呼ぶよりも、番号で呼ぶ方がしっくり来るくらいで、人によっては、生前受刑者だった人が、受刑時代を思い出すと言っていましたが、私たちが、番号で呼ぶのは、個人主義ではないからだと説明すれば、納得してくれました。彼にとっては、個人主義の生前でその苦しみを嫌というほど味わったので、個人の存在を重要視しないこの世界を気に入ってくれましたね」
「受刑者というのは、そうかも知れませんね。人と人のわだかまりのために罪を犯した。そして、そのため、その人やその家族のために、自分個人を殺して生きなければいけないんですからね。彼が受刑しなければならない裁きを下すのも、人間ですからね」
「生前、苦しみを感じずに生きてきた人は、ここにくれば、苦痛に思うかも知れません。でも、人は元来一人ではない。それは生きている間に嫌というほど教えられていますよね」
「ええ、一人では生きていけないから、他人を大切にしないといけないとかいう教育を受けてきましたからね」
「でも、人間にはエゴがあるので、それでもいつの間にか殺し合いになってしまったり、戦争が起こってしまったりする。戦争が起こる原因の大部分は、宗教が絡んでいるというのも、実に皮肉なものではないですか。戦争を引き起こすのも独裁者なら、戦争をしないようにするのも独裁者。中途半端な国家元首では、個人主義の世の中を守りきれるはずなどないんですよ」
 担当者は、自分たちの生前の世界をよく知っている。
 その世界を生きてきた自分たちよりもよく分かっている。ここに来てから他人事という言葉に何度もぶつかるが、やはり、その言葉とは避けて通ることのできない世界なのであろう。
 担当者は言葉を続けた。
「そんなことをきっと高山さんは理解していたんでしょうね。だから高山さんは、天国と地獄の夢を見た。そしてその印象が深く心の中に残り、小説として残しておきたいと考えた」
「その時は、まさか、自分が死んでしまうなんて想像もしていなかったんでしょうね。そうじゃなければ、まわりから反対されていたにもかかわらず、天国と地獄の話を小説にしようなどと言い出すはずもないからですね」
 と三雲は言ったが、
「そんなことはないと思いますよ。高山さんは、分かっていて、敢えて天国と地獄の話を生前の世界に残したいと思ったのかも知れません」
「遺作のつもりだった?」
 それに対して、担当者の答えはなかった。
――この世界は、今自分が思っている世界とは違う。だけど、その世界に近づきつつあるような気がするな――
 三雲はそう思いながら、もうしばらくここにいることを考えていた……。

                個人の輪廻

 高山は一足先に地獄に向かっていた。
「ここは俺が創造したような世界のはずなんだ」
 と自分に言い聞かせながら地獄へと向かう高山。
 前に見えるのは、まるで京都の羅生門のようだった。羅生門がどんな門なのか知らないのに、そう信じて疑わなかったのは、羅生門の存在を、地獄への門だと位置づけていたからに違いない。
 高山は、天国と地獄の夢を見て、それを小説にしようと考えていた。実際にプロローグ部分を発表までしていたのだが、志半ばで死んでしまっていた。
 高山には自分が死ぬことになるであろうことは想像がついていた。
「人間誰でもいつかは死ぬんだから、死を覚悟している時に死ねるなら、それが一番楽なのかも知れないな」
 と思っていた。
 しかも、
「気が付いたら死んでいた」
 という感覚が一番理屈に合っている表現であろう。
 ただ、高山は死んでから少しの間、自分の死に三雲も巻き込まれていたことを知らなかった。担当の彼女から聞かされるまでは知らなかったのだが、聞かされた最初、
「どうして、すぐに教えてくれなかったんですか?」
 と聞いたほどだった。
「教えなかったのには、理由がありますが、それをお教えするわけにはいきません。死んでしまえば、生きていた頃の人間関係は、一度リセットする必要があるとだけ言っておきましょう」
 その言葉を聞いて、少し高山は考えていたが、
「分かりました。今はその理由が何なのか分かりませんが、きっと理解できる時が来ると思っています」
「さすが高山さんですね。あなたが導き出す結論に間違いはないと私は思いますが、ただ、それは高山さんの理論であって、他の人に当て嵌まるかどうか分かりませんよ」
「そうかも知れません。それがこの世界の秩序なんだと僕は思っています。秩序というものが、すべての人に共通だという考え方は、生きていた時だけのことなんでしょうね。そもそも、そんな考え方も、生きていた時の結論だとも思えませんけどね」
「高山さんも、この先、天国に行くか地獄に行くかの選択をしなければいけないんですが、もうすでに決まっているようですね」
「ええ、最初から行先は決めているつもりです。それでも、一定期間の間は、この世界にいなければいけないんでしょうね」
「ええ、そうです。ゆっくりしていればいいと思いますよ」
 と彼女がいうと、高山は少し物足りなさそうな気がして、
「僕は貧乏性なので、じっとしているのは性に合っていないんですよ」
 というと、
「貧乏性という言葉もおかしなものですよね。でも、それは今まで生きていた時への未練のようなものではないんですか?」
「そうかも知れませんね。小説を書き上げたいという思いが強くて、その思いを抱きながら頭の中ではいつも構想を練っていましたからね。プレッシャーだったんですけど、それが今思えば楽しみだったようにも思うんですよ。懐かしいというべきでしょうか」
「別に未練が悪いと言っているわけではないんですが、死んだ人のほとんどは、生きていた時のことを思い返して、なかなか死を受け入れようとはしないんです。もう二度と戻れないと思うと、あっちの世界に残してきた人への思いが未練になってしまうんですよ。生きている時は、自分の大切な人が死ぬと、『どうして自分を残して死んじゃったの?』って思い、自分が死んでしまうと、『残してきた人に対して悪い』と思ってしまうんですよね。それは、死後の世界を認めたくないという思いと、自分が死んだということを受け入れられない気持ちが強く働いて、まだまだ生きていた頃の自分から逃れることができない、一種の呪縛に掛かったようになっているんですよ」
「そうですね。人が死んで悲しいと思うのは、生きている人も、そのことをうっすらと感じているからなのかも知れないですね」
「あなたは、死を怖いとは思いませんでしたか?」
 と彼女に聞かれて、
作品名:【真説】天国と地獄 作家名:森本晃次