【真説】天国と地獄
「でも、あなたは悲観することはありません。二人は死ぬべくして死んだんです。彼には話していませんが、彼はあなたを庇わなくても、少しして、やはり交通事故に遭う運命だったんです。人が死ぬ時というのは、寿命、病気、事故……、いろいろありますが、事故の場合は、運命では決まっていても、どこで事故に遭って死ぬかというのは、この世界でも、少し前にならなければ分からないんです。そういう意味では、あなた方が考えているよりも、人の運命なんて、曖昧なものなんですよ」
三雲は、またしても考え込んだ。
――今聞いた話、唐突な感じもするが、想定内の発想だったような気がする――
つまりは、初めて浮かんだ考えではないという思いが強かった。
「三雲様は、難しく考えておられるようですが、自分の頭の中で浮かんだ考えは、素直に受け止めればいいと思いますよ」
と、その女性が言ったが、自分の担当の男性は少し考えが違うようだ。
「そんなことはないと思いますよ。三雲さんはだいぶ柔軟にモノを考えることができるようになってきています。彼の想像力は素晴らしいと思います。ただ、彼が生きてきた時代では、その発想は過激すぎて、誰も信じてくれないという思いからか、だいぶ内に籠めていたようですけどね」
というと、女性の方は、
「私が担当している人もそうですね。彼もかなり生きている間は奇抜な発想を持っていて、どちらかというと、この世界に近いものがあったかも知れません。でも、本当は彼のような人が、元の世界にいてほしいと思うのは私だけでしょうか?」
相手が誰なのか分からないのに、聞かれても分かるはずなどないというものだ。
だが、逆に、
「あなたなら分かってくれるはず」
という言い回しから考えると、かなり自分に近しい人であることは間違いない。
そう思うと、その人が誰なのか分かってきた。
「ひょっとして、その人は高山廉太郎?」
「ええ、その通りです」
――やっと分かったの?
と言わんばかりの彼女の表情を見ながら、なぜかしたり顔の三雲だった。
自分と高山は、まわりが思うよりもきつい絆で結ばれていると思っている。
三雲は、その絆を、
「硬い絆」
ではなく、
「きつい絆」
だと思っている。
硬いよりもきついの方がより密着感が感じられるので、三雲は勝手にそう思っていた。
腐れ縁という言葉があるが、それに近いものだと思っている。言葉は悪いが、絆の強さを示す言葉としては最適だ。
「高山さんが、僕を助けるために車に飛び込んだんですか?」
「ええ、でもそれは彼の意思というよりも、本能的なものが強かったのかも知れませんね」
そう彼女は言ったが、そう言われる方が、三雲としては傷つくことになるのだが、そのことを彼女は分かっているのだろうか?
――ここでは、感情などというものは関係のないことなのかも知れない。事実がすべてだと考える方が無難であり、自分を納得させられるものではないだろうか――
と考えていた。
そこまで思うと、自分が難しく考えすぎていると言った彼女の言葉の意味を裏付けているような気がした。
「僕は高山さんと会うことはできるんですか?」
「ええ、会いたいと思えば会うことはできます。ただ、それも相手が会いたいと望めばの話ですけどね」
と、彼女は言った。
「高山さんなら、会いたいと思ってくれると思うんですが……」
というと、少し寂しそうな顔を浮かべた彼女は、
「残念ながら、高山さんをあなたと会わせることはできません」
「じゃあ、あなたはなぜ私を訪ねてきたんですか? あの人は僕のことを気にしているんでしょう?」
「ええ、気にはされていますが、会いたいと思っているわけではないんです。会ったところで何かが変わるわけではないからですね」
「それは、僕にも言えることなんですか?」
彼女の言った、
「会ったところで何かが変わるわけではない」
という言葉が気になって仕方がなかった三雲は、どうしても、気になることを自分に結びつけて考えないわけにはいかなかった。
「ええ、あなたにももちろん言えることです。ここの目的は、死んだ人間を適切に天国か地獄に送ることなので、生前から持ち越している問題をクリアにして、次第にその意識を曖昧にすることで、自分たちが向かう『死後の世界』への道へと導いてあげることなんですよ」
と言った。
「そこには感情は含まれないんですか?」
「感情というのは、あなた方が生きてきた世界に存在していた悪しき感覚ですね。そんなものは存在しません。あなた方が生きてきた世界を否定しないと、これから向かう死後の世界では、耐えられないんですよ」
という彼女の顔が能面のような冷たいものに変わった。
「どうしてそんな冷徹な表情ができるんですか?」
と三雲がいうと、彼女は不思議そうな顔になり、
「冷徹……ですか?」
「ええ、あなたのいうように感情を失くせば、そんな表情になるということなんでしょうか?」
というと、
「そうかも知れません。でも、私は高山さんをちゃんと導いてあげなければならない。彼の心の中に残っているわだかまりを解いてあげないと、彼はここから抜け出すことはできないんです」
「抜け出す? その表現は、まるでここが悪いところのように聞こえるんですが?」
「そういう意味ではありません。ただ、ここは通過点であってゴールではない。そのことは最初に聞かれているはずです」
「これから僕がいくことになる天国か地獄という世界は、生前に考えられていた世界とはかなり違ったところのように思えるんですが、どうなんでしょう?」
「世界観は、さほど違いはないと思いますが、存在意義という意味ではかなり違っていますね。考え方はむしろ、皆さんの生前の考えに近いかも知れません。ただ、一つ一つの言葉の解釈が違っているので、世界観がそのまま形成されている世界ではないということになりますね」
「でも、何か根本的な違いを感じるんですが」
「そうですね、今あなたが考えている、いわゆる生前に考えられてきた一般的な死後の世界とは、根本的なところで違います。それがあるから、死後の世界は生きている人には見ることのできないものであり、知ることはタブーとされているんですよ」
「何か僕に隠していませんか?」
「隠している? というよりも、この世界では隠し事はないんですよ。あなたが気づいて行くことが新たに生まれる秩序になる。そういう意味では、あなたがいた世界とはかなり違っているんですよね」
「そういう意味では、あなた方のような担当者がいてくれないと、いきなり死んでからここに来た我々には分からないからですね」
「生まれる時だってそうじゃないですか。何も知らない無垢な赤ん坊が生まれてくる。そこには親がついているわけですからね」
「確かに同じ理屈ですよね」
「高山さんは今後悔しています」
「どういうことですか?」
「自分が天国と地獄の話を本にしたいなどと言わなければ、三雲さんが死ぬことはなかったと思っているからですね」
「交通事故というのは偶発的に起こることなので、誰が悪いというわけではないと思うんですが」