【真説】天国と地獄
しかも、自分の死ぬところを見られたくないという意識から、姿をくらますというくらいなので、本能が彼らにとってどれほど大切なものなのかということは分かるというものだ。
人間の場合も、寿命が近づくと分かるものだという。ただ、ほんの少しだが、気力で寿命を延ばすこともできるのかも知れない。病院で入院していた、もう助からないという人が、
「死ぬなら自分の家で」
という希望を持って退院し、その翌日、自分の家で静かに息を引き取ったという話を聞いたこともあった。
「最後の力を振り絞って、自分の運命に打ち勝ったんだ。すごい気力だよな」
という人もいたが、冷静に考えると、
「本当の寿命が、その日になっていただけで、ただの偶然だよ」
という思いが浮かんだが、さすがにそれを口にする勇気はなかった。
その人がそう信じているのならそれでいいし、ひょっとすると時間が経って冷静に考えると、もう少しシビアな考えになれるのかも知れない。
しかし、死期が近づいて、そのことを悟った人は、自分が死んでしまった時、そのことにすぐに気づくのだろうか?
死後の世界で最初に来る場所が、この研究所のような建物だとすると、死んだ人はまだ自分が死んでいないと思うかも知れない。中には、
「俺はここで生まれ変わったんじゃないだろうか?」
と思う人もいるだろう。
そして、死んでしまったことを知らされて、ショックを受ける。
しかし、あまりにも死後の世界が生前の世界と似ていると、このままこの世界で生まれ変われるのかも知れないと思う人もいたりして、この後自分が進むことになる天国か地獄、その二つの世界がどんなものかということは、生きている時に聞かされた、あくまでも架空の話でしかないのだ。
――それにしても生きている人が、どうして死後に天国と地獄という世界があることを知ったのだろう?
という疑問も抱く。
死後の世界の誰かは、生前の世界に行くことができる人もいて、その人が、
「人は死んだら、天国か地獄に行くんだ」
ということを大昔に教えたのかも知れない。
もちろん、その頃の人間が、そんなに簡単にその話を信じたのかどうか怪しいものだが、そこから宗教のようなものが生まれてきたと考えるのが一番妥当な気がする。人間は、自分が生きている世界、つまり自分たちの世界だけが本当の自分たちがいられる世界だと思っているが、実際には、死後の世界や、それ以外にもまだ想像もされていない世界がどこかに存在しているのかも知れない。
小説家や漫画家の中には、そんな誰も信じられないような世界を想像し、自分なりに表現しているが、夢で見たものを自分なりの表現で形にしていると考えると、夢を見せるのは、その人の潜在意識だけではないという考え方も生まれてくる。
自分にとって何が信じられるかということが、その中に真実が隠されているのかも知れない。
「あれから、どれほどの時間があったんだろう?」
この世界に来てから、次第に時間の感覚がなくなってくるのを感じていた。
さらに記憶力もどんどん低下している。
この世界には一定期間しかいることができず、いずれ、天国か地獄のどちらかを選ばなければいけないという話だけは覚えていた。
記憶が曖昧になってくることで、今まで考えたこともなかったような発想が浮かんでくるような気がして仕方がなかった。
「あの人は、一定期間と言ったが、ひょっとすると、この世界は時間というものは、規則的に動いているものではないのかも知れない」
と感じた。
生きている間は、規則的に時を刻むことが大前提で成り立っていた世界だった。しかし、この世界には、本当に時という概念があるのだろうか?
ひょっとすると、個人個人が納得できた時、それが達成されるまでの時間として確定し、その時間は他人に影響しないものだと考えるのは危険と言えるだろう。
しかし、時が柔軟に対応できれば、その人個人個人には、余計なプレッシャーが起きることもなく、冷静に考えることができて、正しい答えを生み出せるのだとすれば、それほど素晴らしいことはない。そうなれば、人と人が争うこともない。相手に気を遣う気持ちの余裕も出てくるだろう。
そう思うと、この世界の天国と地獄というものの発想が頭の中で徐々に組み立てられてくるのを感じた。
「俺たちが考えていた世界とはまったく違ったものではないか。考えを変えなければ、間違った選択をするかも知れないな」
その時に思い出したのは、高山が書いていた小説だった。まだプロローグだと言っていたが、彼の話を今思い出したというのは、何かの虫の知らせのようなものなのかも知れない。
確か、彼の発想では、男と女が現れて、二人は自分が天国に行くか地獄に行くかの手前のところだったはずだ。そして、確か、
「地獄に行ったけど、断られた」
というような話をしていたような気がするが、それも曖昧な記憶だった。
記憶が曖昧だというのは、それだけ彼の話を真剣に聞いていなかったのか?
いや、そうではない。まともにすべてを信じてしまうことは自分にとって誤った認識を持つのを嫌ったからなのかも知れないという考えも浮かんできた。
三雲は、高山が何を言いたかったのかを考えていた。
「彼はひょっとすると、本当はすべてを分かっていて、話の中で小出しにしていたのかも知れない」
小説で言えば、書き下ろしとしてではなく、連載として出し惜しみをしていたという感覚だ。
「高山さんの話もまた聞いてみたくなってきた」
と考えていると、その思いは、すぐに叶えられることになった。
自分の担当と言っていた人が、一人の女性を連れてきた。
「この人は、ある男性の担当なんだけど、その男性があなたのことを気にしているらしいんです」
という話をした。
すぐには、それが誰なのかということを教えてくれなかったが、この建物の中にいるということは、少なくとも自分と同じくらいの時に死んだ人だということだろう。ただ、すぐに疑問が浮かんだ。
「その人は、どうして僕がここにいることを知っているんですか? その人も死んだからここにいるんですよね? ということは、その人は自分よりも後に死んだということになりますよね。僕が死んだということを知っているのだから」
というと、その女性担当者は、
「ええ、その通りですね。でも正確には、その人はあなたと一緒に死んだんです。あなたは覚えていないかも知れませんが、あなたが遭った交通事故で、本当はあなただけが車に轢かれるはずだったんですが、その人はあなたを庇おうとしたんです。そして、結果として二人とも一緒に死んでしまった」
「そんな……」
それではまるで自分がその人を巻き込んでしまったかのようではないか。急に罪悪感が芽生えてきて、さっきまで死んでしまった自分への哀れみだけを感じていた自分が情けなく感じられた。